森のゆうえんち

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森のゆうえんち(もりのゆうえんち)は、かつて京都市左京区八瀬にあった京福電気鉄道子会社の「比叡産業」経営の遊園地である。

歴史[編集]

当初は八瀬遊園として1964年昭和39年)にオープンした、家族向けの中規模遊園地で、開業当時は数少ない遊園地で年間20万人近くの入場者があったが、その後は他の遊園地との競争が激化したため、低迷。

1983年(昭和58年)7月21日には若者向けスポーツ遊園地スポーツバレー京都となったが好転せず、再び1999年平成11年)には、その名の通り森の中に位置していることから「森のゆうえんち」としてリニューアルを図るも、これもまた実らなかった。

そして、京福電鉄が福井県の越前本線(現・えちぜん鉄道勝山永平寺線)の列車衝突事故の影響で業績が悪化したことから、2001年(平成13年)11月30日に閉園した。跡地にはリゾートトラストの大規模な会員制ホテル「エクシブ八瀬離宮」が2006年(平成18年)11月28日に開業し、かつての面影はなくなっている。

開園当時、園内には海水魚を集めた水族館である「八瀬海水水族館」が設置されていたが、スポーツバレー京都へのリニューアル後の1984年3月限りで閉館となった[1][2]。その後2012年に京都水族館が開館するまで、京都市内に水族館を名乗る施設は存在しなかった。

アクセス[編集]

その他[編集]

  • 開業当時から一貫して京福電気鉄道の経営であるように一般には案内されているが、比叡産業が1980年(昭和55年)12月に設立。業務委託が行われ、スポーツバレー京都開園時、森のゆうえんち(時期不明)のパンフレットでは「比叡産業株式会社」の名が記されている。
  • 明石家さんま島田紳助の二人が駆け出しの頃、八瀬遊園地に揃って営業で来たことがある。その際紳助はさんまの適当な思いつきで「プールの中で縄抜け脱出」という無茶なことをやらされ、溺れたことがある。溺れている紳助をみてさんまは大爆笑しており、後の「行列のできる法律相談所」内であの時のあいつの顔、一生忘れへん!!!とコメントしている。(実際に恨んでいるわけではない)
  • 「スポーツバレー京都」時代には、「mamiのRADIかるコミュニケーション」のKBS京都でのスポンサーだった。
  • X JAPANはインディーズ時代にここでライブを行っている。またLUNA SEA1992年(平成4年)にここでライブを行っておりギタリストのSUGIZOはギターに火を放ち破壊するパフォーマンスを行っている。黒夢もインディーズ時代の1992年と1993年にライブ出演している。
  • 1985年8月11日、当時まだブレイク前のレベッカバービーボーイズが園内(スポーツパレー京都当時)にあった野外ステージでジョイントライブを行った場所である。

脚注[編集]

  1. ^ 復元・複製データ 八瀬かまぶろ温泉”. 資料作成工房 (2009年11月1日). 2013年5月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年7月8日閲覧。
  2. ^ 日本観光史 History of Tourist Industry