万里の河

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CHAGE and ASKA > 万里の河
万里の河
チャゲ&飛鳥シングル
初出アルバム『熱風
B面 幻夜
リリース
規格 EP
デジタル・ダウンロード
ジャンル フォークポップ
レーベル ワーナー・パイオニア
作詞・作曲 飛鳥涼 (#1)
チャゲ (#2)
プロデュース チャゲ&飛鳥・山里剛
チャート最高順位
  • 週間6位(オリコン
  • 1981年1月度・2月度月間8位(オリコン)
  • 1981年度年間26位(オリコン)
  • 週間4位(ザ・ベストテン
  • 1981年上半期13位(ザ・ベストテン)
  • 1981年年間38位(ザ・ベストテン)
チャゲ&飛鳥 シングル 年表
流恋情歌
(1980年)
万里の河
(1980年)
放浪人 (TABIBITO)
1981年
テンプレートを表示

万里の河」(ばんりのかわ)は、チャゲ&飛鳥(現:CHAGE and ASKA)の3枚目のシングル1980年9月25日に発売された。発売元はワーナー・パイオニア

解説[編集]

前作「流恋情歌」がヒットしなかった事もあり、飛鳥(現:ASKA)はヒットを狙い、楽曲の良し悪しよりもインパクトにこだわったと言う。レコーディングは、チャゲ&飛鳥初のコンサートツアー『旅立ちコンサート』の最中に行われた。

シングル曲として「万里の河」を提出した時、所属レコード会社のワーナー・パイオニアからは難色を示されたというが、シングル発売2ヶ月後からじわりじわりと売れ始め、1980年12月にベスト10入りすると、翌年にかけておよそ3ヶ月間ベスト10をキープし続け、ヒット・シングルとなった。

チャート成績[編集]

自身にとってオリコン週間ランキングで初めてトップ10入りしたヒット曲であり、最高位6位を記録し、累計売上枚数は53.7万枚(オリコン調べ)を記録した[1]

しかし本作のヒット以降、チャゲ&飛鳥はレコードの売り上げが伸び悩む時期が続いた。本作の売り上げを更新するのは、10年後の1991年7月に発売したシングル「SAY YES」となる。尚『ザ・ベストテン』では、5年後の1986年3月に第9位にランクインの「モーニングムーン」まで待つ事となった[2]

収録曲[編集]

  1. 万里の河
    (作詞・作曲:飛鳥涼 編曲:瀬尾一三
    タイトルは万里の長城から採った。中国長江をイメージし、河の遥か彼方へ行ってしまった恋人を想い続ける女性を描いた物語風の楽曲である。
    同曲によって、1980年11月27日のTBS系『ザ・ベストテン』に「今週のスポットライト」コーナーで初出演を果たす。その後、同番組で12月18日には第8位で初ランクイン。一旦10位圏外にランクダウンするも、翌1981年1月8日は第4位まで再上昇。同年2月26日まで通算9週ランクインした。また同年1月15日の生中継放映時(第6位)では、まだ当時開通前だった東北新幹線小山駅栃木県小山市)構内のレール上で、停車中の新幹線をバックに歌を披露した事もある。さらに、フジテレビ系『夜のヒットスタジオ』でも大胆な演出で出演した。
    シングル・ミックスは「ROLL OVER 20TH」にて初めて収録された。
  2. 幻夜
    (作詞・作曲:チャゲ 編曲:平野孝幸
    メインボーカルは飛鳥がとっている。LP盤未収録であったが、アルバム『熱風』がCD化される際に、ボーナス・トラックとして収録された。
    ライブ音源が2009年に初CD化され、完全収録盤となった『ライブ・イン田園コロシアム 〜The 夏祭り'81』に収録されている。

収録アルバム[編集]

国内盤
海外盤

「万里の河」カバー作品[編集]

  • ホアン・チョンクン(黄仲昆・黄仲崑) 「黄河的水」というタイトルでカバーしている。

参考文献[編集]

  • PRIDE I 〜10年の複雑〜 (八曜社、1989年7月20日発行) ISBN 4827000956

脚注[編集]

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  1. ^ CHAGE and ASKAが無期限活動休止 オリコンスタイル 2015年4月12日閲覧。
  2. ^ 但し、チャゲは石川優子とのデュエット曲で、3年後の1984年4月に発売した「ふたりの愛ランド」がオリコンで週間最高3位、『ザ・ベストテン』でも最高2位にランク。飛鳥はソロ曲として1991年3月発売の「はじまりはいつも雨」がオリコン週間最高2位にランクされた

外部リンク[編集]