鷲田清一

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
鷲田清一
生誕 (1949-09-02) 1949年9月2日(71歳)
日本の旗 京都府京都市
地域 日本の旗 日本
研究分野 臨床哲学倫理学
テンプレートを表示

鷲田 清一(わしだ きよかず、1949年9月2日 - )は、日本哲学者臨床哲学倫理学[1]大阪大学名誉教授京都市立芸術大学名誉教授、せんだいメディアテーク館長[2]関西大学文学部教授、大阪大学総長京都市立芸術大学理事長・学長などを歴任した[2]

来歴[編集]

1949年京都府京都市にて生まれた[1]京都大学大学院文学研究科に進み、博士課程を単位取得退学した[1]関西大学にて教鞭を執り、教授などを務めた。その後、大阪大学に移り、大学院文学研究科の研究科長や文学部長などを歴任した[1]。さらに、大阪大学の副学長、および、その設置者である「国立大学法人大阪大学」の理事を経て、大阪大学の総長に就任した[1]2011年、大阪大学総長を退任し、名誉教授となる[1]。同年9月に大谷大学に転じ、文学部哲学科の教授を務めている(現在は客員教授)[3]2015年4月より2019年3月まで京都市立芸術大学理事長・学長、同名誉教授。

活動[編集]

専攻は臨床哲学倫理学現象学身体論を専門としており、ファッションを研究している。また、サントリー学芸賞桑原武夫学芸賞読売文学賞評論・伝記賞[4]など各賞を受賞している。大佛次郎賞サントリー学芸賞(思想・歴史部門)、和辻哲郎文化賞(学術部門)、河合隼雄学芸賞選考委員[5]などを務める。また、教育出版の高等学校教科書倫理の著者であり、全128ページ中、82ページを現代社会の諸問題に割く教科書を作っている。

主張[編集]

「身体」を「からだ」と読む(捉える)鷲田は、「身体」は自分がどのように経験するかという視点から見たとき、「身体」は、「像(イメージ)」でしかありえないと指摘している。「身体」のなかで自分がじかに見たり触れたりして確認できるのは、手や足といったつねにその断片でしかなく、胃のような「身体」の内部はもちろんのこと、背中や後頭部さえじかに見ることはできない。そして自分の感情が露出してしまう顔もじかにみることはできない。「身体」を知覚するための情報は実に乏しく、自分の「身体」の全体像は、離れてみればこう見えるだろうという想像に頼るしかない。つまり、自分の「身体」は、「像(イメージ)」でしかありえないことになる[6]

受賞[編集]

栄典
社会的活動

人物[編集]

交友

詩人の佐々木幹郎は親友。三宅一生コシノヒロコ山本耀司などのファッションデザイナーとも親交深い。

家族・親族

長男の鷲田めるろメルロ=ポンティに因んで名づけられ、キュレーター。次男の安達もじり(母方の姓を名乗っている)はモディリアーニに因んで名づけられ、NHK大阪放送局の演出家。

年譜[編集]

著書[編集]

単著[編集]

編著[編集]

共著[編集]

共編[編集]

翻訳[編集]

共訳[編集]

注釈・出典[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ a b c d e f 鷲田清一『哲学の使い方』岩波書店、2014年9月、著者紹介(奥付)。ISBN 978-4-00-431500-1
  2. ^ a b c d e f 大学概要|京都市立芸術大学”. 京都市立芸術大学. 2017年5月28日閲覧。
  3. ^ 「経歴」『鷲田 清一 【哲学 倫理学】|教員一覧|大谷大学(2015年2月10日時点のアーカイブ)』
  4. ^ 「『語りきれないこと』鷲田清一著」『【新書】『語りきれないこと』鷲田清一著 - MSN産経ニュース(2012年3月18日時点のアーカイブ)』産経デジタル2012年3月18日
  5. ^ 河合隼雄学芸賞|一般財団法人 河合隼雄財団”. 一般財団法人 河合隼雄財団. 2017年5月28日閲覧。
  6. ^ 鷲田清一『ことばはちからダ!現代文キーワード』河合出版、pp.126-135「身体」。
  7. ^ 京大卒業後の略歴は、『阪大NOW』NO.97 2007 6月号、編集・発行、大阪大学総務部評価・広報課、2007年6月20日、3頁。
  8. ^ https://www.kyoto-np.co.jp/education/article/20181211000201

関連項目[編集]

外部リンク[編集]