土井助三郎

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土井助三郎

土井 助三郎(どい すけさぶろう、慶応3年2月6日1867年3月11日) - 大正14年(1925年2月15日[1])は、日本化学者教育者

経歴[編集]

東京府出身。1887年明治20年)、東京帝国大学理科大学応用化学科を卒業。1889年(明治22年)より山口高等中学校教諭となり、1899年(明治32年)からは石川県工業学校校長を務めた。1903年(明治36年)より応用科学研究のためイギリスフランスドイツに留学した。帰国後の1905年(明治38年)からは名古屋高等工業学校校長に就任した。さらに1918年(大正7年)からは大阪工業高等学校校長に転じた。

脚注[編集]

  1. ^ 『官報』第3746号、大正14年2月19日。

参考文献[編集]

  • 人事興信所編『人事興信録 第5版』人事興信所、1918年。