スズキ・フロンテ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

これはこのページの過去の版です。Anakabot (会話 | 投稿記録) による 2022年11月17日 (木) 01:36個人設定で未設定ならUTC)時点の版 (セクションリンク修正)であり、現在の版とは大きく異なる場合があります。

フロンテ (Fronte) は、鈴木自動車工業(現・スズキ)が生産していた軽自動車である。なお、本項目ではフロンテシリーズの基本形となるセダンを中心に記述し、フロンテハッチを含む商用モデルライトバン)についても記述する。

スズキ・フロンテ
6代目
概要
別名 スズキ・スズライトフロンテ(初代)
スズキ・フロンテ360(2代目)
スズキ・フロンテ71/72(3代目)
スズキ・フロンテ7-S(4代目)
スズキ・アルト(5代目以降)
製造国 日本の旗 日本
販売期間 1962年-1989年
ボディ
ボディタイプ 2/4ドアセダン
3/5ドアハッチバック
駆動方式 FF/RR
系譜
後継 アルトに統合
テンプレートを表示

車名の由来

フロンティア精神」の「フロンティア」(業界の先駆者)から[注釈 1]。初代モデルが採用した駆動方式のFFにも通ずる車名だが、それとは裏腹に2代目から4代目にかけてはRR(リアエンジン・リアドライブ)を採用。5代目以降は結果的にFFに原点復帰した。

概要

1979年(昭和54年)に派生車アルトが登場し大ヒットとなるまでは、長年にわたりスズキを代表する軽乗用車だった。フロンテが乗用モデル(5ナンバー)であったのに対し(後記のフロンテバン、フロンテハッチを除く)、当初のアルトはフロンテとプラットフォームを共用した商用モデル(4ナンバー)として発売された。

1989年平成元年)にフロンテはアルトに統合され、かつてのフロンテに相当する乗用車仕様は5ナンバーの「アルト(セダン)」、商用車仕様は4ナンバーの「アルトバン」となっている。

東京モーターショー2005では、フロンテ360をモデルにしたスズキLCが出品された[2]

歴史

初代 TLA/FEA/FEA-II型(1962年 - 1967年)

スズキ・スズライトフロンテ(初代)
TLA/FEA型
スズキ スズライトフロンテ
FEA-II型 1967年
概要
販売期間 1962年3月 - 1967年3月[3]
ボディ
乗車定員 4人
ボディタイプ 2ドアセミノッチバックセダン
駆動方式 FF
パワートレイン
エンジン 0.360 L 空冷2サイクル
直列2気筒横置き
燃料供給:キャブレター
最高出力 21 ps/5,500 rpm
最大トルク 3.2 kgm/3,700 rpm
前/後:ウィッシュボーン
+横置半楕円リーフスプリング
前/後:ウィッシュボーン
+横置半楕円リーフスプリング
車両寸法
ホイールベース 2,050 mm
全長 2,995 mm
全幅 1,295 mm
全高 1,380 mm
車両重量 500 kg
その他
データモデル 3速MT 1962年式
テンプレートを表示
  • 1962年(昭和37年)3月 - スズライトバンTL型(1959年9月登場)の乗用車版『スズライト・フロンテ』として登場。駆動方式はFF。エンジンは空冷2ストローク直列2気筒360 cc。
  • 1963年(昭和38年)3月 - FEA型になる。ガソリン2ストロークオイル自動混合(分離給油)方式「セルミックス」を採用。
  • 1965年(昭和40年)4月 - マイナーチェンジ。吸気管内へのオイル注入のみを行っていた「セルミックス」分離給油方式を改良し、クランクベアリング直接潤滑機構を追加した「特殊セルミックス」方式を採用。高回転時の耐焼き付き性能が向上した。
  • 1965年(昭和40年)10月 - FEA-II型になる。下り坂でのエンジンブレーキ使用時など、高回転時に長くスロットルを閉じた状態での焼き付きを防ぐ目的で、「特殊セルミックス」のクランクベアリング直接潤滑に加えて、シリンダー内壁へのオイル供給経路を備えたエンジンオイル直接噴射方式「CCI (Cylinder Crank Injection) 」を採用。CCIは以後のスズキ2ストロークエンジンの標準的な分離給油機構として定着した。

2代目 LC10型(1967年 - 1970年)

スズキ・フロンテ360(2代目)
LC10型
フロンテ360 SS
フロンテ360 スーパーデラックス
アウトストラーダ走行テスト車両
概要
製造国 日本の旗 日本
販売期間 1967年4月 - 1970年10月[4]
ボディ
乗車定員 4人
ボディタイプ 2ドアノッチバックセダン
駆動方式 RR
パワートレイン
エンジン 0.356 L 空冷2サイクル直列3気筒横置き
燃料供給:キャブレター
最高出力 25 ps/5,000 rpm
最大トルク 3.7 kgm/4,000 rpm
前:ダブルウィッシュボーン
+コイルスプリング
後:セミトレーリングアーム式サスペンション
+コイルスプリング
前:ダブルウィッシュボーン
+コイルスプリング
後:セミトレーリングアーム式サスペンション
+コイルスプリング
車両寸法
ホイールベース 1,960 mm
全長 2,995 mm
全幅 1,295 mm
全高 1,330 mm
車両重量 425 kg
その他
データモデル デラックス 4速MT 1967年式
テンプレートを表示

3代目 LC10 II型(1970年 - 1976年)

スズキ・フロンテ71/72(3代目)
LC10 II型
フロンテ GL/W
フロンテ71W GT/W
概要
販売期間 1970年11月 - 1973年7月[6](セダン) 1971年9月-1976年6月(クーペ)
ボディ
乗車定員 4人
ボディタイプ 2ドアカムバックセダン/クーペ
駆動方式 RR
パワートレイン
エンジン 0.356 L 水冷2サイクル直列3気筒横置き
燃料供給:キャブレターx3
最高出力 34 ps/6,000 rpm
最大トルク 4.2 kgm/4,500 rpm
前:ダブルウィッシュボーン
+コイルスプリング
後:セミトレーリングアーム式サスペンション
+コイルスプリング
前:ダブルウィッシュボーン
+コイルスプリング
後:セミトレーリングアーム式サスペンション
+コイルスプリング
車両寸法
ホイールベース 2,010 mm
全長 2,995 mm
全幅 1,295 mm
全高 1,295 mm
車両重量 475 kg
その他
データモデル GL-W 4速MT 1971年式
テンプレートを表示
  • 1970年(昭和45年)11月 - 3代目フロンテ(フロンテ 71〈セブンティーワン〉)発売。型式名はLC10-II型。グレード構成は、スタンダード、デラックス、ハイデラックス、スーパーデラックス、ハイスーパー、S、SSS、SSS-R。SSS-Rの「R」は、ラジアルタイヤ(135SR10サイズ)標準装備の意味。エンジンは基本的には従来の空冷3気筒2ストロークエンジンを使用。カタログのキャッチコピーでは「2サイクル3気筒は4サイクル6気筒に匹敵する」としていた[7]。スタンダード、デラックス、スーパーデラックスは31馬力。ハイスーパー、Sは34馬力。SSS系は36馬力。ボディスタイルは全く新しいものとされ、直線基調の2ボックス(カムバック)スタイルとされた。車高は1,260 mm(スポーツ系)とかなり低く設定され、た一方、フロントのトランクは拡大された。通称「スティングレイ・ルック」と呼ばれた。また、軽自動車としては初めて吊り下げ式クーラーが設定された。
  • 1971年(昭和46年)5月 - フロンテ71W追加発売(空冷車と併売)。フロンテ71のボディはそのままに、新しい水冷エンジンを搭載したモデル。型式はLC10W型。グレードは当初GL-W、GT-W、GT-RWの3機種。「W」は水冷(Water cooled)、「R」はラジアルタイヤ(135SR10サイズ)標準装備を表す。エンジンは新開発の水冷2ストローク3気筒を搭載。冷却には独自の「デュアル・ラジエター方式」を採用。GL-Wは34馬力、GT-W系は37馬力となる。水冷エンジンでは、比較的低回転域でのハイパワー化を実現した[8]
  • 1971年(昭和46年)7月 - 水冷GS-W、GO-Wを追加。GS-WはGT-W同様のシャシに34馬力エンジンを搭載したムード・スポーツ。GO-WはGL-Wから装備を簡略化した廉価モデル。
  • 1971年(昭和46年)9月 - 3代目フロンテをベースにした、軽自動車枠のスポーツカー、「フロンテ・クーペ」発売。セダン系とは別に、独自の車種構成を展開していく(詳細はフロンテ・クーペを参照)。
  • 1971年(昭和46年)11月 - マイナーチェンジで72(セブンティ・ツー)フロンテに名称変更。フロントグリルのデザイン変更、ダッシュボードやシート等、内装の変更が施される。スポーツ系のホイールキャップデザイン変更。空冷エンジン車のスポーツ系は廃止。空冷車は「ビジネス・シリーズ」、水冷車は「ゴージャス・シリーズ」、水冷スポーツ車は「スポーツ・シリーズ」と称される。
  • 1972年(昭和47年)3月 - 水冷シングルキャブ31馬力のGD-WとGU-Wが追加。GD-Wはデラックス、GU-Wはスタンダードに相当。
  • 1972年(昭和47年)10月 - マイナーチェンジで73年型としてニューフロンテシリーズを発売。外観はバンパーからフロントグリル、ボンネットに至る大変更を受ける。ヘッドランプは角型2灯式から丸型2灯式に変更。上級グレードはリアコンビランプ横にガーニッシュ(化粧板)を装備。三角窓廃止。空冷車はスタンダードとオートクラッチのみとなる。タンデムブレーキマスターシリンダーとフロントディスクブレーキ装備のGT-TYPE IIを新設定。

4代目 LC20/LC31/SS10/SS20型(1973年 - 1979年)

スズキ・フロンテ
スズキ・フロンテ7-S(4代目)
LC20/31/SS10/20型
フロンテ LC20 FC
フロント
フロンテ7-S スーパーデラックス
フロント
フロンテ7-S
リア
概要
販売期間 1973年7月 - 1979年5月[9]
ボディ
乗車定員 4人
ボディタイプ 2ドア/4ドアカムバックセダン
(+リアガラスハッチ)
駆動方式 RR
パワートレイン
エンジン 0.356 L 水冷2サイクル直列3気筒横置き
燃料供給:キャブレターx3
最高出力 34 ps/6,000 rpm
最大トルク 4.2 kgm/4,500 rpm
前:ダブルウィッシュボーン
+コイルスプリング
後:セミトレーリングアーム式サスペンション
+コイルスプリング
前:ダブルウィッシュボーン
+コイルスプリング
後:セミトレーリングアーム式サスペンション
+コイルスプリング
車両寸法
ホイールベース 2,030 mm
全長 2,995 mm
全幅 1,295 mm
全高 1,300 mm
車両重量 545 kg
その他
データモデル 4ドアFC 4速MT 1973年式
テンプレートを表示
  • 1973年(昭和48年)7月 - 発売。先代の「スティング・レイ・ルック」のデザインから、「オーバル・シェル」の丸みあるスタイルへと変化した。空冷エンジンは消え、水冷エンジンのみのラインナップとなる。4ドアモデルを設定してファミリーユーズに対応すると共に、実用性の更なる拡大を図り、リアウィンドゥを閉開式のガラス・ハッチにしてエンジンルーム上部にラゲッジスペースを設けた。これによりフロントとリア両方にトランクを持つこととなる。従来のスポーツシリーズに相当するグレードは2ドア/4ドアセダンシリーズとは別にツーリスモシリーズとして設定。
  • 1974年(昭和49年) - 一部改良。小型車と同じ寸法の黄色ナンバープレートへの対応化、グレード名称の変更、昭和50年自動車排出ガス規制適合によるエンジン出力の変更(37 ps車は35 ps、34 ps車は32 ps)を実施。従来のツーリスモシリーズはGTtypeIIのみとなり、2ドアセダンに統合。
  • 1976年(昭和51年)5月 - マイナーチェンジ。前年に運輸省告示により軽自動車の規格が改訂されたことを受け、全長を195 mm、全幅を100 mm拡大し、排気量を443 cc(T4A)にアップし、内外装の変更を行っている。型式もSS10となり、これ以降の4代目モデルは「フロンテ7-S(セブン・エス)」と呼ばれていた。GTtypeIIが廃止され、全車全輪ドラムブレーキに戻る。
  • 1977年(昭和52年)6月 - 一部改良。2サイクルエンジンの昭和53年排出ガス規制適合と同時に、ダイハツ製550 cc直列2気筒4サイクルSOHCエンジン(AB型エンジン)を一部のグレードに搭載[注釈 4]。このダイハツ製エンジンはあくまでも「つなぎ」で、4代目の4サイクル仕様は1978年(昭和53年)10月の仕様変更で正式に自社製のF5A型に完全移行し、型式もLC31に変更された。
  • 1977年(昭和52年)10月 - マイナーチェンジ。2ストローク車のエンジンを539 ccのT5Aに変更。型式もSS20となる。
  • モデル初期のCMには田中邦衛水森亜土が登場していた。

5代目 SS30/40型(1979年 - 1984年)

スズキ・フロンテ(5代目)
SS30/40型
前期型
概要
販売期間 1979年5月 - 1984年9月[10]
ボディ
乗車定員 4人
ボディタイプ 4ドアカムバックセダン
(リアガラスハッチ)
駆動方式 FF
パワートレイン
エンジン F5A型 0.543L 4サイクル直列3気筒横置き
T5B型 0.543L 2サイクル直列3気筒横置き
最高出力 31ps/6,000rpm
最大トルク 4.2kgm/4,000rpm
前:マクファーソンストラット
+コイルスプリング
後:リジッドアクスル
+半楕円リーフスプリング
前:マクファーソンストラット
+コイルスプリング
後:リジッドアクスル
+半楕円リーフスプリング
車両寸法
ホイールベース 2,150mm
全長 3,195mm
全幅 1,395mm
全高 1,335mm
車両重量 570kg
その他
データモデル 4ドアFS-G F5A型 4速MT 1979年式
姉妹車 スズキ・アルト(初代)
テンプレートを表示

6代目 CB71/72型(1984年 - 1988年)

スズキ・フロンテ(6代目)
CB71/72型
前期型 FG
1984年9月 - 1986年7月
後期型 フロント
1986年7月 - 1988年10月
後期型 リア
概要
販売期間 1984年9月 - 1988年10月[11]
ボディ
乗車定員 4人
ボディタイプ 3 / 5ドアハッチバック
駆動方式 FF
パワートレイン
エンジン F5A型 553cc 水冷直列3気筒 SOHC
最高出力 31ps/6,000rpm
最大トルク 4.4kgm/4,000rpm
前:マクファーソンストラットコイル
後:半楕円リーフ
前:マクファーソンストラットコイル
後:半楕円リーフ
車両寸法
ホイールベース 2,175mm
全長 3,195mm
全幅 1,395mm
全高 1,410mm
車両重量 590kg
その他
データモデル 5ドアFGタイプ 5速MT 1984年式
姉妹車 スズキ・アルト(2代目)
テンプレートを表示
  • 1984年9月 - 発売。乗用シリーズのフロンテとしてはこの代よりカムバック風2ボックススタイルはそのままにハッチバック化されると共に、最終モデルとなる7代目が半年間しか販売されなかったためこのモデルが実質的な最終モデルでもある。一部のグレードにはアルトと同様に回転ドライバーズシートを装備。最上級グレードのFGに限り、5速MTとフロントディスクブレーキを装備し、それ以外のグレードは全て4速MT、総輪ドラムブレーキとなる。
  • 1985年10月 - エアコンと回転ドライバーズシートを装備した特別仕様車「ウィット」を追加。
  • 1986年1月 - インドで2代目マルチ・800として販売開始。ちなみに20年以上に渡りほぼモデルチェンジを実施することなく、2014年1月まで販売されていた。
  • 1986年7月 - マイナーチェンジ。リアサスペンションを全車リーフリジッドからスズキ独自のアイソトレーテッド・トレーリング・リンク(I.T.L)式へ、ヘッドランプを角型(SAE規格)から異型へ、インパネなどをそれぞれ変更する。また、オートエアコンがオプション設定された。
  • 1986年11月 - オートエアコンとカラードバンパーを装備した特別仕様車「ウィットカスタム」を追加。
  • 1987年1月 - 一部改良。2代目アルトと共通の550cc3気筒DOHC12バルブエンジンを搭載した3ドアのスポーティー系グレードツインカム12 GRを追加。
  • 1987年9月 - 一部改良。特別仕様車「ウィヴ」と5ドアに4WDと550cc3気筒DOHC12バルブエンジンを搭載したスポーティー系グレードツインカム12 FRを追加。

7代目 CN11型(1988年 - 1989年)

スズキ・フロンテ(7代目)
CN11S型[12]
概要
販売期間 1988年9月 - 1989年3月[13]
ボディ
乗車定員 4人
ボディタイプ 5ドアハッチバック
駆動方式 FF
パワートレイン
エンジン F5B型 水冷直列3気筒 SOHC 12バルブ
最高出力 40ps/7,500rpm[14](ネット値)
最大トルク 4.3/6,000rpm[15](ネット値)
変速機 FP&wit:3速AT[16]
FL:5速MT[17]
We've:4速MT[18]
前:マクファーソンストラットコイル
後:セミトレーリングリンクコイル
前:マクファーソンストラットコイル
後:セミトレーリングリンクコイル
車両寸法
ホイールベース 2,335mm(3代目アルトと同じ)[19]
全長 3,195mm[20]
全幅 1,395mm[21]
全高 1,385mm[22]
車両重量 FL&We've:590kg[23]
FP:600kg[24]
Wit:610kg[25]
その他
新車時価格 FL:93万5000円[26]
FP:72万9000円[27]
We've:83万9000円[28]
Wit:80万9000円[29]
姉妹車 スズキ・アルト(3代目)
系譜
後継 消費税導入に伴い3代目アルトに統合
テンプレートを表示
  • 1988年9月 - 発売。全車に新開発の550cc・SOHC3気筒12バルブエンジン(F5B型)が搭載。外観は同時期のアルトの姉妹車そのものでグリル以外は特に変更された箇所もほとんど無く、特徴的なクォーターウインドウも同様のものが付いていた。アルトと違う方向性としてカタログなどでは当時としては珍しく5ドアを中心モデルとしていた。廉価グレードを除きフロントディスクブレーキと12インチラジアルタイヤが標準装備となる。特別仕様車のウィットとウィヴは引き続き設定。
  • 1989年3月 - 生産・販売終了。 同年4月1日に物品税が廃止され、代わりに消費税が導入されたことにより軽ボンネットバンのメリットが薄れたため、アルトと統合され、フロンテの商標は7代(実質的には6代)27年の歴史に幕を下ろした。ちなみに歴代フロンテの中で販売期間6か月は歴代最短である。

スズライトシリーズ・フロンテシリーズの総合販売台数は約170万台[30]

商用モデル

フロンテバン LS10/LS11/LS20

スズキ・フロンテバン
概要
販売期間 1969年 - 1973年
ボディ
乗車定員 4人
ボディタイプ 3ドアハッチバック
駆動方式 FR
パワートレイン
エンジン 0.356L 空冷2サイクル直列3気筒縦置き
最高出力 25ps/6,500rpm/105km/h
最大トルク 3.5kgm/5,000rpm
変速機 4速シンクロメッシュ
前:マクファーソンストラット
後:半楕円リーフ
前:マクファーソンストラット
後:半楕円リーフ
車両寸法
ホイールベース 1,995mm
全長 2,995mm
全幅 1,295mm
全高 1,380mm
車両重量 500kg
最大積載量 150kg
テンプレートを表示

1969年1月登場。スズライトTLではセダンとバンは共通設計で、駆動方式も共に横置きFFであったが、フロンテ360がRRとなったことで、商用車ライトバン)への流用に不都合が生じた。スバル360カスタムがリアエンジンのまま後部を荷室に変更したため積載性に難があったのに対して、スズキはフロンテの名で全く構成の異なるバンを新規に開発することで解決を図った。フロンテバン(LS10型)は荷室容積と登り勾配のトラクション確保が容易なFRが採用された。エンジンもフロンテ360のLC10型英語版をベースにしながら、縦置きに設計変更された。スタイルはコークボトルラインのフロンテ360に対して直線基調のプレーンなスタイルとされた。後にこのモデルでは後席の居住性を高めた乗用モデルのフロンテ・エステート(LS11型)が追加された。さらに1970年、エステートをベースにテールゲートを廃したカスタム/ハイカスタム(LS11型)も追加。1972年には、水冷版フロンテバン(LS20型)が登場した。外観はそのままであるが、エンジンは2気筒水冷のLC10W型に変更され、28psと馬力も上がった。後ライトのグリルやウィンカーランプの位置やテールランプなどが変更された。1973年4月、フロンテハッチ(LS30型)にフルモデルチェンジし生産を終了した[31]

フロンテハッチ LS30

フロンテハッチ LS30
  • 1973年(昭和48年)登場。名称が「フロンテ・ハッチ」(LS30型)となる。フロンテエステートなどの乗用モデルが廃止され、商用モデルのみとなった。当時のブームを反映して、レジャーユーズを強く訴求しており、リアのラゲッジスペースはハッチ・ルームと名付けられた[32]
    • なお、フロンテハッチは73年の登場時、運輸省には先代フロンテバン派生のハッチバックモデルという扱いで届け出られた為、届け出された「認定型式」は先代フロンテバンと同じLS20型とし、販売店向けに布告される「通称形式[33]」のみをLS30型とする事で区分が行われた。このような経緯を辿った為、フロンテハッチはLS30型が正式な型式名でありながらも、車台番号はフロンテバンと同じLS20から始まる番号が打刻されている為、後年の資料における型式分類に幾分の混乱を招く結果となっている[34]

ハッチ55 SH10

  • 1976年(昭和51年)、前年9月の道路運送車両法の改正を受け、新規格に合わせて、排気量(360 ccから550 ccへ)と車体寸法を拡大(全長+200 mm、全幅+100 mm)した「ハッチ55」(ハッチゴーゴー、SH10型)となる。エンジンは水冷3気筒のLJ50型である。フロンテハッチで特徴的だった釣り目気味でアクの強いヘッドライト回りの造形が、後年のアルトに似た直線基調のデザインに改められ、顔付き全体も穏やかな印象となった[35]。レジャーユーズを強く訴求していたフロンテハッチとは一転し、車体や排気量がより大きくなった事を踏まえて、走行性能が向上した多用途車としての宣伝が行われており、より商用車然とした位置付けの車種となっていった[34]
  • 1979年(昭和54年)、アルト(SS30V型)にモデルチェンジし、生産・販売を終了した。

上述のとおりフロンテの派生モデルとして登場したアルトであったが、最終的にはフロンテがアルトに統合されることになった。

脚注

注釈

  1. ^ スズキ公式サイト内では「造語」扱いである。[1]
  2. ^ 一般に直6エンジンの構成は、シリンダーのみでも相互にカウンターウェイトとして働いて振動がキャンセルされる、という特長があるとして優れたエンジンだと評されている。
  3. ^ この丸形レンズは商用車のキャリイトラックジムニーでも使われた。
  4. ^ 昭和53年排出ガス規制には対応しておらず、昭和51年排出ガス規制適合車として発売された。

出典

  1. ^ スズキ四輪車 車名の由来
  2. ^ 【東京モーターショー05】スズキ LC は軽より小さくてピッタリ - Response.(2005年09月30日(金) 07時23分版 / 2015年7月8日閲覧)
  3. ^ デアゴスティーニジャパン 週刊日本の名車 第16号23ページより。
  4. ^ デアゴスティーニジャパン 週刊日本の名車 第18号3ページより。
  5. ^ 360cc軽自動車のすべて―'50ー'70年代の軽自動車総集編!. 三栄書房. (2013). pp. 67. ISBN 9784779618963 
  6. ^ デアゴスティーニジャパン 週刊日本の名車 第12号23ページより。
  7. ^ 360cc軽自動車のすべて―'50ー'70年代の軽自動車総集編!. 三栄書房. (2013). pp. 91. ISBN 9784779618963 
  8. ^ 360cc軽自動車のすべて―'50ー'70年代の軽自動車総集編!. 三栄書房. (2013). pp. 91. ISBN 9784779618963 
  9. ^ デアゴスティーニジャパン 週刊日本の名車 第14号23ページより。
  10. ^ デアゴスティーニジャパン 週刊日本の名車 第42号21ページより。
  11. ^ デアゴスティーニジャパン 週刊日本の名車 第19号23ページより。
  12. ^ デアゴスティーニジャパン 週刊日本の名車 第20号26ページより。
  13. ^ デアゴスティーニジャパン 週刊日本の名車 第20号26ページより。
  14. ^ デアゴスティーニジャパン 週刊日本の名車 第20号26ページより。
  15. ^ デアゴスティーニジャパン 週刊日本の名車 第20号26ページより。
  16. ^ デアゴスティーニジャパン 週刊日本の名車 第20号26ページより。
  17. ^ デアゴスティーニジャパン 週刊日本の名車 第20号26ページより。
  18. ^ デアゴスティーニジャパン 週刊日本の名車 第20号26ページより。
  19. ^ デアゴスティーニジャパン 週刊日本の名車 第20号26ページより。
  20. ^ デアゴスティーニジャパン 週刊日本の名車 第20号26ページより。
  21. ^ デアゴスティーニジャパン 週刊日本の名車 第20号26ページより。
  22. ^ デアゴスティーニジャパン 週刊日本の名車 第20号26ページより。
  23. ^ デアゴスティーニジャパン 週刊日本の名車 第20号26ページより。
  24. ^ デアゴスティーニジャパン 週刊日本の名車 第20号26ページより。
  25. ^ デアゴスティーニジャパン 週刊日本の名車 第20号26ページより。
  26. ^ デアゴスティーニジャパン 週刊日本の名車 第20号26ページより。
  27. ^ デアゴスティーニジャパン 週刊日本の名車 第20号26ページより。
  28. ^ デアゴスティーニジャパン 週刊日本の名車 第20号26ページより。
  29. ^ デアゴスティーニジャパン 週刊日本の名車 第20号26ページより。
  30. ^ デアゴスティーニジャパン 週刊日本の名車第12号23ページより。
  31. ^ フロンテバンシリーズ - SUZUKI DIGITAL LIBRARY
  32. ^ フロンテハッチ-2 - (続)ボール紙の車庫(仮)
  33. ^ 車名の横の記号について~認定型式と通称型式~ - バイクの系譜
  34. ^ a b フロンテハッチ-4 - (続)ボール紙の車庫(仮)
  35. ^ フスズキ・フロンテハッチのページ - (続)ボール紙の車庫(仮)

派生車

関連項目

外部リンク