聖徳記念絵画館

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
Japanese Map symbol (Museum) w.svg 聖徳記念絵画館
Meiji Memorial Picture Gallery
Seitokukinen kaigakan01s1024.jpg
施設情報
専門分野 明治天皇の業績を描いた絵画
事業主体 明治神宮
開館 1926年大正15年)10月22日
所在地
東京都新宿区霞ヶ丘町1-1
明治神宮外苑
位置 北緯35度40分43.6秒 東経139度43分3.5秒 / 北緯35.678778度 東経139.717639度 / 35.678778; 139.717639座標: 北緯35度40分43.6秒 東経139度43分3.5秒 / 北緯35.678778度 東経139.717639度 / 35.678778; 139.717639
プロジェクト:GLAM
テンプレートを表示
ライトアップされた夜の絵画館

聖徳記念絵画館(せいとくきねんかいがかん)は、東京都新宿区明治神宮外苑にある美術館

神宮外苑の中心的な建物で、幕末から明治時代までの明治天皇の生涯の事績を描いた歴史的・文化的にも貴重な絵画を展示している。維持管理は宗教法人明治神宮の予算で賄われており、他からの援助は一切受けていない。警察官により常に厳重に警備されている。

歴史[編集]

明治天皇崩御後に建築計画が持ち上がり、1926年大正15年)に旧青山練兵場の跡地に建設された。そもそも明治神宮外苑の造営の主たる目的でもある建物である。現在でも、建築当初のままのドーム状の荘厳な建物を見ることができる。

1968年昭和43年)には、明治維新100年目を記念して絵画館学園が同建物内に開校され、絵画や陶芸などを学ぶ施設も備わった。また、1990年平成2年)からは同建物の夜間のライトアップが実施されるようになり、絵画館が神秘的な雰囲気を伴って東京の夜の景色を飾るようになった。2011年(平成23年)、「直線的意匠と先駆的技術を採用した、わが国初期の美術館建築」と評価され、明治神宮宝物館と共に国の重要文化財に指定された。

建物の概要[編集]

設計は公募による設計競技で1等となった大蔵省臨時建築部技手・小林正紹(まさつぐ)の案がもとになっている。実施設計は佐野利器(としかた)の指導のもと、明治神宮造営局の小林政一(まさいち)、高橋貞太郎(ていたろう)によって行われた。

外観は花崗岩貼り、中央に径15メートルのドームを戴く左右対称の構成とし、当時流行のセセッション風の重厚な意匠でまとめている。内部中央の大広間の装飾は、床に大理石とモザイクタイル、壁面に色変わりの大理石と石膏彫刻、天井に石膏彫刻を用いている。同時期に建設された明治神宮宝物殿が鉄筋コンクリート造ながら外観は伝統的木造建築のそれを忠実に再現しているのとは対照的に、この絵画館には当時最新式の西洋の技術と意匠が用いられている。これら両建築の様式の違いは、日本の近代化の象徴であるとともに伝統文化の継承者でもあるという明治天皇の二面性を象徴するものだといわれている[2]

建物は2011年(平成23年)に重要文化財に指定。絵画館のほか、以下の物件が重要文化財の附(つけたり)として指定されている。

  • 葬場殿趾円壇 - 絵画館の裏手にある
  • 角池(壁面蛇口付、外周路地を含む) - 絵画館正面にあり、1959年(昭和34年)から3年間「かっぱ天国」という名で子供用プールとして使用された。
  • 丸池(噴水付、腰掛4台を含む) - 神宮外苑のいちょう並木の終点付近にある 

イチョウ並木[編集]

神宮外苑銀杏並木
絵画館

明治神宮外苑の入り口でもある青山通りからこの建物を見ると、イチョウ(銀杏)の並木が絵画館が中心になるように沿って植えられており、遠近法を用いて実際の距離より絵画館が遠方にあるように表現されているのも特徴的で、建物自体の美術的な価値を高めている。

これらのイチョウは、1926年(大正15年)の明治神宮外苑創建に先立って、1923年(大正12年)に植栽されたもので、並木の総本数は雄木44本、雌木102本の合計146本である[3]。設計者は、関東大震災後の復興事業で隅田公園錦糸公園山下公園などの建設も指揮した建築家、折下吉延[3]。造営の責任者は、当時道路工学の権威であった藤井真透が務めた[要出典]

このイチョウ並木は多くの映画やテレビドラマのロケ地ともなっているほか、紅葉の季節には多くの観光客が訪れる。

景観破壊問題[編集]

東京都による眺望保全対象建築物にも指定されている聖徳記念絵画館であるが、その後方に建設が計画されている大型超高層ビルによって、イチョウ並木から絵画館を望む現在の美観が損なわれることが懸念されている[4]

問題となっているのは住友不動産が区内大久保3丁目で計画を進めている地上45階建て、高さ160メートルのタワーマンションなど三棟の大型建築物。これら超高層ビル三棟は2013年(平成25年)の完成が予定されており、これらが完成すると、ビルはイチョウ並木から望む絵画館の円形ドームの上部と左後方に大きくはみ出す形で出現することになる[5]

東京都では歴史的建築物の眺望を保護するため2007年(平成19年)に施行した景観計画で、絵画館を含む東京都心4カ所について、後方2kmまでの景観誘導区域では対象建築物より高く見える建物を建てないよう制限しているものの[6]、今回の計画地までは2km以上の距離があるため、これによる規制対象にはならないという[5]

住友不動産によるこの大型ビルによっては、日暮里富士見坂(荒川区西日暮里)からの富士山の眺望が損なわれることも判明しており、計画通りに大型ビルを建設することに対しては反対運動が起こっている[7]

展示絵画[編集]

当代一流の画家らが、史実に基づく明治天皇と昭憲皇后の遺徳を描いた絵画を年代順に展示。縦3メートル、横2.5メートルの日本画(40点)・洋画(40点)、あわせて80点が常設展示されている。日本史の教科書にも載っているおなじみの絵画が何点もある。整理番号が振ってあり、1番から40番が日本画、41番から80番までが洋画である。

絵画は、次の表に示すように、当時の華族のほか、国の機関、地方公共団体、民間企業などから奉納されたものである。奉納者は画題と縁故のあるものが多く、例を挙げれば、5番「大政奉還」の奉納者は大政奉還をした将軍徳川慶喜の孫であり、横浜市が奉納した21番「岩倉大使欧米派遣」には、横浜港で乗船する岩倉使節団が描かれている。

日本画[編集]

番号 画題(日本画) 画家 奉納者
1 御降誕 高橋秋華 侯爵 中山輔親
2 御深曾木 北野恒富 男爵 鴻池善右衛門
3 立親王宣下 橋本永邦 三菱合資会社
4 践祚 川崎小虎 侯爵 池田宣政
5 大政奉還 邨田丹陵 公爵 徳川慶光
6 王政復古 島田墨仙 侯爵 松平康荘
7 伏見鳥羽戦 松林桂月 公爵 毛利元昭
8 御元服 伊東紅雲 公爵 近衛文麿
9 二条城太政宮代行幸 小堀鞆音 男爵 三井八郎右衛門
10 大総督熾仁親王京都進発 高取稚成 侯爵 蜂須賀正詔
11 各国公使召見 広島晃甫 侯爵 伊達宗彰
12 五箇條御誓文 乾南陽 侯爵 山内豊景
13 江戸開城談判 結城素明 侯爵 西郷吉之助ほか
14 大阪行幸諸藩軍艦御覧 岡田三郎助 侯爵 鍋島直映
15 即位礼 猪飼嘯谷 京都市
16 農民収穫御覧 森村宜稲 侯爵 徳川義親
17 東京御着輦 小堀鞆音 東京市
18 皇后冊立 菅楯彦 大阪市
19 神宮親謁 松岡映丘 侯爵 池田仲博
20 廃藩置県 小堀鞆音 伯爵 酒井忠正
21 岩倉大使欧米派遣 山口蓬春 横浜市
22 大嘗祭 前田青邨 侯爵 亀井茲常
23 中国西国巡幸長崎御入港 山本森之助 長崎市
24 中国西国巡幸鹿児島着御 山内多門 鹿児島市
25 京浜鉄道開業式行幸 小村大雲 鉄道省
26 琉球藩設置 山田真山 首里市
27 習志野之原演習行幸 小山栄達 侯爵 西郷従徳
28 富岡製糸場行啓 荒井寛方 大日本蚕糸会
29 御練兵 町田曲江 十五銀行
30 侍講進講 堂本印象 台湾銀行
31 徳川邸行幸 木村武山 侯爵 徳川圀順
32 皇后宮田植御覧 近藤樵仙 公爵 一条実孝
33 地方官会議臨御 磯田長秋 侯爵 木戸幸一
34 女子師範学校行啓 矢沢弦月 桜蔭会
35 奥羽巡幸馬匹御覧 根上富治 日本勧業銀行
36 畝傍陵親謁 吉田秋光 男爵 住友吉左衛門
37 西南役熊本籠城 近藤樵仙 侯爵 細川護立
38 内国勧業博覧会行幸啓 結城素明 侯爵 大久保利和
39 能楽御覧 木島桜谷 男爵 藤田平太郎
40 初雁の御歌 鏑木清方 明治神宮奉賛会

洋画[編集]

番号 画題(洋画) 画家 奉納者
41 グラント将軍と御対話 大久保作次郎 子爵 渋沢栄一
42 北海道巡幸屯田兵御覧 高村真夫 北海道庁
43 山形秋田巡幸鉱山御覧 五味清吉 男爵 古河虎之助
44 兌換制度御治定 松岡寿 日本銀行
45 軍人勅諭下賜 寺崎武男 公爵 山縣伊三郎
46 条約改正会議 上野広一 侯爵 井上勝之助
47 岩倉邸行幸 北蓮蔵 商業会議所連合会
48 華族女学校行啓 跡見泰 常磐会
49 東京慈恵医院行啓 満谷国四郎 東京慈恵会
50 枢密院憲法会議 五姓田芳柳 侯爵 伊藤博邦
51 憲法発布式 和田英作 侯爵 島津忠重
52 憲法発布観兵式行幸啓 片多徳郎 日本興業銀行
53 歌御会始 山下新太郎 宮内省
54 陸海軍大演習御統監 長原孝太郎 名古屋市
55 教育勅語下賜 安宅安五郎 茗渓会
56 帝国議会開院式臨御 小杉未醒 貴族院衆議院
57 大婚二十五年祝典 長谷川昇 華族会館
58 日清役平壌戦 金山平三 神戸市
59 日清役黄海海戦 太田喜二郎 大阪商船株式会社
60 広島大本営軍務親裁 南薫造 侯爵 浅野長勲
61 広島予備病院行啓 石井柏亭 日本医学会日本医師会
62 下関講和談判 永地秀太 下関市
63 台湾鎮定 石川寅治 台湾総督府
64 靖国神社行幸 清水良雄 第一銀行
65 振天府 川村清雄 侯爵 徳川家達
66 日英同盟 山本鼎 朝鮮銀行
67 赤十字社総会行啓 湯浅一郎 日本赤十字社
68 対露宣戦布告御前会議 吉田苞 侯爵 松方巌
69 日露役旅順開城 荒井陸男 関東庁
70 日露役奉天戦 鹿子木孟郎 南満州鉄道株式会社
71 日露役日本海海戦 中村不折 日本郵船株式会社
72 ポーツマス講和談判 白滝幾之助 横浜正金銀行
73 凱旋観艦式 東城鉦太郎 海軍省
74 凱旋観兵式 小林万吾 陸軍省
75 樺太国境画定 安田稔 日本石油株式会社
76 観菊会 中沢弘光 侯爵 徳川頼貞
77 日韓合邦 辻永 朝鮮
78 東京帝国大学行幸 藤島武二 侯爵 前田利為
79 不豫 田辺至 東京府
80 大葬 和田三造 明治神宮奉賛会

開館時間、入館料、アクセス[編集]

  • 開館時間:9:00 - 17:00(最終入館16:30)、なお年末年始(12月30日1月2日)は10:00~17:00(最終入館16:30)、年中無休
  • 入館料(施設維持協力金):大人500円、大学生・高校生300円、小・中学生200円、その他団体割引あり(いずれも、2006年(平成18年)5月現在)
アクセス

脚注[編集]

  1. ^ a b c 聖徳記念絵画館 『土木建築工事画報』 第2巻 第15号 工事画報社 1926年大正15年)12月発行
  2. ^ 藤岡洋保「明治神宮の建築」『月刊文化財』574号(第一法規、2011年平成23年))、pp.4 - 5
  3. ^ a b アイランズ 『東京の戦前 昔恋しい散歩地図』 草思社 2004年(平成16年)1月30日発行第1刷
  4. ^ 情報プレゼンター とくダネ!フジテレビ 2011年(平成23年)12月22日放送
  5. ^ a b 「日暮里富士見坂」損なうビル計画 神宮外苑絵画館 景観にも影響 東京新聞 2011年(平成23年)12月22日朝刊掲載
  6. ^ 東京都景観計画 2011年(平成23年)4月変更部分 東京都都市整備局
  7. ^ 風景遺産の継承を 日暮里富士見坂のリーフレット 日暮里富士見坂を守る会 2011年(平成23年)11月10日

参考資料[編集]

  • 明治神宮外苑編集・発行 『明治神宮 聖徳記念絵画館壁画』
  • 「新指定の文化財」『月刊文化財』574号、第一法規、2011年(平成23年)

外部リンク[編集]