尾上松緑 (4代目)
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| よだいめ おのえ しょうろく 四代目 尾上松緑 |
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| 屋号 | 音羽屋 |
|---|---|
| 定紋 | 四ツ輪に抱き柏 |
| 生年月日 | 1975年2月5日(37歳) |
| 本名 | 藤間嵐 |
| 襲名歴 | 1. 二代目尾上左近 2. 二代目尾上辰之助 3. 四代目尾上松緑 |
| 別名 | 六代目藤間勘右衛門(舞踊) |
| 出身地 | 東京都 |
| 父 | 初代尾上辰之助 |
| 妻 | 珠希かほ(元宝塚歌劇団) |
| 当たり役 | |
| 歌舞伎: 『倭仮名在業系図』(蘭平物狂)の伴蘭平 『義経千本桜』の佐藤忠信 テレビ: 大河ドラマ『葵 徳川三代』の徳川家光 |
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四代目 尾上松綠(よだいめ おのえ しょうろく、新字体:松緑、1975年(昭和50年)2月5日 - )は、俳優、歌舞伎役者。屋号は音羽屋。定紋は四ツ輪に抱き柏。歌舞伎名跡「尾上松緑」の当代。現代の歌舞伎を担う若手の花形で、健康的で清潔な芸風に魅力があり、荒事や世話物の男性的な役柄を得意とする。
また六代目藤間勘右衛門として舞踊の藤間流の家元もつとめる。定紋は藤輪に花菱。本名は藤間 嵐(ふじま あらし)。
目次 |
[編集] 年譜
- 1975年2月5日 初代尾上辰之助の長男として東京に生まれる。
- 1980年1月2日 国立劇場『八重桐廓噺』(嘔山姥)の怪童丸で初お目見得。
- 1981年2月1日 歌舞伎座『極付幡随長兵衛』の長松で二代目尾上左近を襲名し初舞台。
- 1989年6月25日 藤間流六世家元藤間勘右衛門を襲名。
- 1991年5月1日 歌舞伎座『寿曽我対面』の曽我五郎ほかで二代目尾上辰之助を襲名。
- 2000年 歌舞伎座『源氏物語』の頭中将で大人気となる。この頃から七代目市川新之助、五代目尾上菊之助と「平成の三之助」と呼ばれ、新たな歌舞伎ブームを起こす。またNHK大河ドラマ『葵徳川三代』で徳川家光を演じ、その名が全国のお茶の間に浸透した。
- 2001年 元宝塚歌劇団雪組の珠希かほと結婚。
- 2002年5月1日 歌舞伎座『勧進帳』の弁慶、『倭仮名在業系図』(蘭平物狂)の蘭平ほかで四代目尾上松緑を襲名。
[編集] 受賞歴
- 1985年 『牧の方』の源実朝で国立劇場特別賞
- 1987年 『船弁慶』の源義経で松竹社長賞優秀賞
- 1989年 『外郎売』の外郎売実ハ曾我五郎で国立劇場奨励賞
- 1991年 松竹社長賞
- 1993年 国立劇場奨励賞
- 1995年 『義経千本桜』の小金吾・狐忠信で歌舞伎座賞
- 1998年 『元禄忠臣蔵・大石最後の一日』の細川内記で眞山青果賞新人賞
- 1999年 松竹会長賞
[編集] 人物
少年時代に父・初代尾上辰之助(1987年死去)と祖父・二代目尾上松緑(1989年死去)を相次いで亡くす苦難を味わった。以後は父の旧友であり、音羽屋一門の宗家にあたる七代目尾上菊五郎に直に師事することになる。
学生時代には友人の影響でバンドを組んだことがある。主にヘヴィメタルのバンドだったといい、初めて買ったギターはアイバニーズ社のジョー・サトリアーニモデル。 学生時代にはヘヴィメタルを愛聴していたことがきっかけで、音楽評論家で元BURRN!編集長の酒井康と音楽雑誌『炎』誌上で対談している。酒井は金髪にウエスタンブーツという出で立ちのこの若き歌舞伎役者を見て仰天したことを回想している。
1995年には一度だけオールナイト・ニッポンのDJを勤めている。その時はBGMにアイアン・メイデンを流したり、初めて感動した本は漫画『北斗の拳』だったと明かしている。
[編集] 主な出演作
[編集] 歌舞伎
代表的な当たり役は以下の通り。
- 『義経千本桜』の狐忠信・新中納言知盛
- 『勧進帳』の弁慶・富樫左衛門
- 『倭仮名在業系図』(蘭平狂乱)の伴蘭平
- 『仮名手本忠臣蔵』の寺岡平右衛門
- 『三人吉三巴白浪』の和尚吉三
- 『新皿屋鋪月雨暈』の魚屋宗五郎
[編集] 現代劇
[編集] テレビドラマ
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