国際連合と日本

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国際連合と日本(こくさいれんごうとにほん)では、国際連合日本との関係について記述する。

歴史[編集]

日本は、サンフランシスコ講和条約が発効して主権が回復した1952年に国際連合に加盟申請をした。しかし、冷戦の最中であり、ソ連など社会主義諸国の反対によってなかなか実現しなかった。1956年10月の日ソ共同宣言とソ連との国交回復によってこの障害がなくなったため、同年12月12日の安保理決議121での承認勧告の後、12月18日の総会における全会一致の承認でもって80番目の加盟国として国際連合に加盟した[1]

以降、経済社会理事会の理事国を1960年以来14期(1982年以降は連続して再選)務めたほか、安全保障理事会の非常任理事国に最多の10回選出される(10回目の任期は2009年1月から2年間)など、積極的に貢献している。

日本の外交の中軸は「日米安全保障条約」(いわゆる「日米同盟」)と「国際連合中心主義」の二本立てであり、国際連合を中心として多国間外交を行ってきている。日本の国際的な安全保障は、国際連合の集団安全保障体制に依存している。日本国憲法第9条に、国際連合憲章の集団安全保障と同じ概念が盛り込まれているのかについては、論議が長く続いている。

日本は国際連合の中で一定の信頼を得ている。これには、大国が自国の都合で国際連合を軽視する事例がある中、協調の姿勢で国際連合を重視し、国際的な機構に多く参加して来たことや、国際連合を財政面から支えている国の一つとなっていることなどがその背景にある。

現在、国際連合の通常予算のうち約16.6%が日本の負担である。この他の国際連合の機関にも日本は資金を提供している。この多額の分担金に対して、日本国内に費用(分担金)と効果(国益)の具体的な検証が必要であるという主張が根強くある。なお、国連予算の分担金には、国際連合の行動の中立性を保つため、特定の国が突出しないように上限が設けられている。

日本国内の一部には、日本の財政的な負担に比べて日本人の国連職員の割合が少ないという声がある。しかし、分担金は加盟国の経済力(GNPや国民所得など)を基に算出されるため日本人職員数とは比例しない。職員数は国連の求人に応募した人数と関係が深い。日本人職員数の少なさに関しては、国際連合職員と日本国内の公務員などとの給与の格差、日本人の語学力不足などが原因としてあげられている。 一方で、国際連合の幹部職員として活躍する日本人も少なくない。以下がその例である。

日本出身の国連事務次長歴任者[編集]

カッコ内は、歴任した主な役職。

  • 赤谷源一(国際連合広報担当事務次長:1978年1月-1979年)
  • 明石康(国際連合広報担当事務次長・同軍縮担当事務次長・同人道問題担当事務次長:1979-1997年)※日本人初の国連職員でもある。
  • 法眼健作(国際連合広報担当事務次長:1999-2000年)
  • 大島賢三(国際連合人道問題担当事務次長:2001-2003年)
  • 阿部信泰(国際連合軍縮問題担当事務次長:2003-2006年)
  • 田中信明(国際連合軍縮問題担当事務次長:2006年4月6日-2007年2月9日)
  • 赤阪清隆(国際連合広報担当事務次長:2007年2月-2012年3月)
  • 高須幸雄(国際連合財務担当事務次長:2012年-)

主な日本人職員[編集]

カッコ内は、歴任した主な役職。

現在[編集]

日本は、2004年から2006年にかけて、安全保障理事会の常任理事国となることを目指して国際社会に強く働きかけたが、今後も実現の見込みは極めて難しい。

日本はかねてから常任理事国となることを望んでいた。その理由として、国際社会での発言力の強化がよく言われる。大国の一つである日本は、世界の安全保障に無関心・無責任ではいられない。それに、多くの国と経済関係を持ち、食料や原料などを輸入に頼り、工業製品などを輸出する大貿易国である日本にとって、世界の平和と安定は国民の生活や経済に直結する重要事である。また、非常任理事国は投票で決めるため、選挙の度に運動費や支持の見返りの援助などで多額の資金が必要となり、財政的に大きな負担となっている現実もある。

日本は2008年度で国連分担金の16.624%を負担しており、米国に次ぐ2位である。2000年度には20.573%に達していた。日本側は過大な負担と見ており、2001年度からは19.468%、2007年度から現行の割合になったが、それでも米国に次ぐ負担であることに変わりはない。日本は常任理事国入りが実現しなかったことを理由に2005年10月17日、小澤俊朗国連三席大使が国連総会第5委員会(行政・予算)「安全保障理事会の5常任理事国の4か国(英仏中露)を足しても、その地位を拒否された一加盟国より財政負担が少ない。こうした現状を続けることが許されるのか」と批判するなど不満を表明し、中国、ロシアなどの負担増を求めた。中国、ロシアや発展途上国などは反発したが、結局算定方法は変わらなかった。しかし、日本の経済力が落ちたためもあり、2007年度から大きく負担割合が下がった[2]

日本にも国連分担金の滞納は見られ、3~8か月遅れての完納になっている。これは財政難からではなく、為替を見て支払い時期調整を行っているためと言われる。2003年度は1年2か月後の翌年3月であった[3](ちなみに各国分担金のうち、米国は約30%、中国は約65%、韓国は約85%を滞納し続けている。各国とも支払い自体を拒否しているわけではないが、完納の目処は立っていない。)。

日本の課題として、憲法9条によって国外での武力行使ができないため、現在の常任理事国5国に比べ、国際紛争などへの影響力や強制力、介入の経験などが弱いという見方がある。また、戦後の日本の外交をアメリカへの追従とみなしている国もあり、「独自の態度を示せない日本が常任理事国になったところで、アメリカが常に2票持つことになるだけ」と批判する声もある。

その一方、日本も平和維持活動に限定的にであるが参加しており、資金面での援助もしている。また、核兵器の不保持を国是とし、他の大国の多くと違って武力を用いない独自の姿勢が、日本への信頼に繋がっているとする意見もある。特に、紛争後に文民を派遣して当事国の政治・経済の安定を図り、経済援助や技術協力などによって安全圏のインフラの整備をするといった武力を伴わない独自の復興支援は、他の国が後手に回すことを精力的に行ってるとして高く評価されている。一方で「危険を伴う軍事面・治安面での貢献を優先することは大国の義務であるのに、日本は金を出して血は流さない卑怯なやり方」あるいは「皆で決めたことなのに治安維持を他国軍に丸投げした上に日本だけが安全圏でのみ活動を行うことは、現地の反体制派(テロリストなど)の敵意を買いたくないがゆえの責任逃れ」だと批判的に見る見解もある。

2004〜06年の常任理事国加入運動では、日本と同様に常任理事国入りを強く望んできたドイツや、近年急速に経済力をつけてきたブラジル・インドと協力関係を築き、4国同時の加入を主張して各国へ働きかけた。しかし、これらの国の加入により自国の主張・利益を侵されることを恐れる国々は、加入阻止のロビー活動を始めた。日本には大韓民国・中国が、ドイツにはイタリアが、ブラジルにはアルゼンチンが、インドにはパキスタンが、それぞれ強力な反対運動を展開した。アメリカは、当初どの国の加入も認めないと主張していたが、後に日本のみ加入を認めると公言した(4か国の結束を崩すため、あるいはイラク戦争協力への見返りとする意見もある)。フランスはドイツの加入を応援していたが、結論が出る間際になって日本の加入も認めた(この頃はすでに4か国の加入の見込みがなくなっていたため、恩を売りにきたとの見方もある)。

しかし、現在は、国際連合改革の遅れによって4か国の加入問題は棚上げとなっている。

2004年コフィー・アナンが国際連合の事務総長として初めて日本を訪れた。アナンは国会で演説を行い、日本の自衛隊イラク派遣や支援策を高く評価するとともに、北朝鮮による日本人拉致問題にも言及した[4]。これは、イラク問題において国際連合を軽視して独走するアメリカへの牽制とみられている。

なお、2002年9月に東ティモールとスイスが加盟したことにより、日本国政府が承認している国の中で未加盟なのはバチカン市国のみだった(バチカン市国は国際連合にオブザーバーを派遣している)が、日本政府は2008年3月にコソボを、2011年にはクック諸島を国家承認したのに伴いこれらの国もこれに該当することとなった。

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]