天野之弥

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国際連合の旗 国際連合の政治家
天野 之弥
あまの ゆきや
Yukiya Amano.jpg
生年月日 1947年5月9日(67歳)
出生地 日本の旗 神奈川県足柄下郡湯河原町
出身校 東京大学法学部卒業
前職 在ウィーン国際機関日本政府代表部
大使
称号 法学士(東京大学・1972年
親族 天野万利
公式サイト IAEA Director General´s Corner

国際原子力機関の旗 第5代 国際原子力機関 (IAEA) 事務局長
任期 2009年12月1日 - 現職
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天野 之弥(あまの ゆきや、1947年5月9日 - )は、日本外交官国際原子力機関 (IAEA) 事務局長(第5代)。


来歴[編集]

生い立ち[編集]

神奈川県湯河原町出身[1]。私立栄光学園高等学校卒業。東京大学法学部卒業。

外交官として[編集]

1972年に外務省入省。フランス語研修(在フランス)、在ベルギー大使館、在米国大使館、国際連合局科学課長、マルセイユ総領事、総合外交政策局軍縮不拡散・科学部長などを経て、2005年から在ウィーン国際機関日本政府代表部大使を務めた。同年国際原子力機関 (IAEA) 理事会議長に選出され、2009年には日本人として初めて国際原子力機関 (IAEA) 事務局長に就任した。

IAEA事務局長選挙[編集]

2008年9月26日、日本政府から国際原子力機関 (IAEA) の次期事務局長選挙に擁立される[2]。この選挙は2009年11月末に退任した[3]エルバラダイ事務局長の後任を選ぶ選挙で、最終的に日本の天野と南アフリカアブドゥル・ミンティIAEA担当大使が立候補した[3][4]

天野は「日本が唯一の被爆国であり、原子力を平和利用してきたこと[5]」や「核兵器不拡散への決意[5]」などを訴え欧米主要国の支持を得ているに対し[3]、ミンティは「南アフリカが核兵器を所有後放棄した唯一の国であること[6]」や「発展途上国への原子力の必要性[5]」を訴えることで発展途上国を中心に支持を得ている[3]

3月26日、計3回の投票が行われ、その全てで天野が優勢だったが、両者とも特別理事会35カ国の3分の2以上(23カ国)の信任は得られなかった[7]。後日27日にもう一度投票が行われたが結果は変わらなかった[8][9]。この事態の責任を取るため、外務省の総合外交政策局軍縮不拡散・科学部部長佐野利男大臣官房総括審議官の松富重夫が頭を剃り丸坊主となった[10]

2009年7月2日に行われた第2回目の投票には天野の他に前回も出馬したアブドゥル・ミンティ、経済協力開発機構 (OECD) 原子力機関のエチャバリ事務局長が立候補した。最終的に前回と同じく天野とミンティが残り、天野は23票、ミンティは12票を獲得。続く信任投票でも必要な3分の2以上の23票を獲得し、当選が決まった[11][12]。その後、9月の年次総会で正式承認され、12月に就任した。任期は4年。

2013年3月6日、IAEA理事会で再任が決定する[13]。その後、9月の年次総会で正式承認され[14]、12月より2期目の任期が始まる。任期は4年。

同期入省[編集]

政策・発言[編集]

2010年12月、内部告発サイト「ウィキリークス」から公開された情報として、天野は米国のIAEA担当大使に対し、「高官人事からイランの核兵器開発疑惑まで、あらゆる戦略的な重要決定について、断固として米側に立つ」と表明したとされる[15][16]

2011年3月24日、福島第一原子力発電所事故に関する各国の「脱原発」への路線変更に対し、「原発が安定したクリーンなエネルギーだという事実は変わらない」と指摘[17]

家族[編集]

ジュネーブ軍縮会議日本政府代表部特命全権大使を務める天野万利は、之弥の実弟にあたる。

経歴[編集]

出典[編集]

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  1. ^ “天野之弥氏の略歴”. 時事通信. (2009年3月26日). http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2009032600540 2009年3月28日閲覧。 
  2. ^ “日本が天野氏擁立表明 IAEA事務局長選”. 産経新聞. (2008年9月26日). http://sankei.jp.msn.com/world/europe/080926/erp0809260955004-n1.htm 2009年3月28日閲覧。 
  3. ^ a b c d “天野氏ら2候補が確定 IAEA事務局長選”. 共同通信. (2009年1月3日). http://www.47news.jp/CN/200901/CN2009010301000126.html 2009年3月28日閲覧。 
  4. ^ “IAEA次期事務局長、日本・南アフリカなど意欲”. AFP. (2008年9月21日). http://www.afpbb.com/article/politics/2519846/3360713 2009年3月28日閲覧。 
  5. ^ a b c “IAEA:次期事務局長選、一騎打ち 唯一の被爆国、懸命アピール”. 毎日新聞. (2009年3月22日). http://mainichi.jp/select/world/europe/archive/news/2009/03/22/20090322ddm002030098000c.html 2009年3月28日閲覧。 
  6. ^ “IAEA:26、27日に事務局長選”. 毎日新聞. (2009年3月6日). http://mainichi.jp/select/world/news/20090306k0000m030032000c.html 2009年3月28日閲覧。 
  7. ^ “IAEA事務局長選、持ち越しに 天野氏に苦境”. 共同通信. (2009年3月26日). http://www.47news.jp/CN/200903/CN2009032601001034.html 2009年3月28日閲覧。 
  8. ^ “天野氏ら2人とも落選 IAEA事務局長選”. 共同通信. (2009年3月27日). http://www.47news.jp/CN/200903/CN2009032701000690.html 2009年3月28日閲覧。 
  9. ^ “IAEA事務局長選、持ち越しに 天野氏当選厳しく?”. 産経新聞. (2009年3月27日). http://sankei.jp.msn.com/world/europe/090327/erp0903272049005-n1.htm 2009年3月28日閲覧。 
  10. ^ 「世界この先」取材班「21世紀型危機――複眼思考への試練」『日本経済新聞』44283号、14版、日本経済新聞社2009年5月4日、1面。
  11. ^ “IAEA事務局長に天野氏 「核の番人」のトップに”. 47NEWS (47NEWS). (2009年7月2日). http://www.47news.jp/CN/200907/CN2009070201000934.html 2009年7月2日閲覧。 
  12. ^ “IAEA事務局長に天野之弥氏…被爆国・日本から初選出”. YOMIURI ONLINE (読売新聞社). (2009年7月2日). http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20090702-OYT1T01061.htm 2009年7月2日閲覧。 
  13. ^ http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/danwa/25/dkf_0307.html
  14. ^ [1]
  15. ^ “IAEA事務局長、就任直前「米国側に立つ」 公電暴露”. asahi.com. (2010年12月3日). http://www.asahi.com/special/wikileaks/TKY201012020516.html 2011年2月4日閲覧。 
  16. ^ “同記事・ウェブ魚拓”. (2010年2月4日). http://megalodon.jp/2011-0204-1733-33/www.asahi.com/international/update/1202/TKY201012020516.html 2010年2月4日閲覧。 
  17. ^ “「チェルノブイリと比較は極端」天野IAEA事務局長”. asahi.com. (2011年3月24日). http://www.asahi.com/national/update/0325/TKY201103250108.html 2011年3月24日閲覧。 
  18. ^ “イラン核問題で特使検討 政府、油田確保に環境整備”. 共同通信. (2003年7月7日). http://www.47news.jp/CN/200307/CN2003070701000061.html 2009年3月28日閲覧。 
  19. ^ “日本が議長国に IAEA理事会”. 共同通信. (2005年9月17日). http://www.47news.jp/CN/200509/CN2005091701000109.html 2009年3月28日閲覧。 

外部リンク[編集]

公職
先代:
モハメド・エルバラダイ
国際原子力機関の旗 国際原子力機関事務局長
第5代:2009年 -
次代:
(現職)
先代:
イングリッド・ホール
国際原子力機関の旗 国際原子力機関理事会議長
第50代:2005年 - 2006年
次代:
アーネスト・ペトリチ
先代:
宮本雄二
日本の旗 外務省軍備管理・科学審議官、同軍縮不拡散・科学部長
2002年 - 2005年
次代:
中根猛
先代:
小林正雄
日本の旗 マルセイユ総領事
1997年 - 1999年
次代:
四宮信隆