吉野誠
| オリックス・バファローズ #48 | |
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2011年8月6日、QVCマリンフィールドにて
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| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 埼玉県大宮市(現:さいたま市見沼区) |
| 生年月日 | 1977年11月19日(34歳) |
| 身長 体重 |
182cm 86kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 左投左打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 1999年 ドラフト2位 |
| 初出場 | 2000年3月31日 |
| 年俸 | 3,600万円(2012年) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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吉野 誠(よしの まこと、1977年11月19日 - )は、オリックス・バファローズに所属するプロ野球選手(投手)。
目次 |
[編集] 経歴
[編集] プロ入り前
大宮東高から東都の日大に進学。東都大学リーグでは3年生春からチームが1部に昇格する。通算38試合登板し14勝15敗、防御率2.24、192奪三振。
その後、1999年のドラフト会議で阪神タイガースに2位指名され、入団。
[編集] 阪神時代
入団時はオーバースローだったが、2002年にサイドスローに転向したことが契機となり、翌2003年には安藤優也、ジェフ・ウィリアムスとともに中継ぎでフル回転し、チーム最多の56試合に登板し、プロ初勝利を挙げるなど優勝に貢献する。この年の日本シリーズでは7試合中6試合に登板。全ての試合で無失点に抑える活躍を見せ、第3戦では勝利投手になった。日本シリーズでの好投を見て、星野仙一監督はインタビューで「何より吉野が素晴らしい!」と絶賛。
2004年以降は指の故障(左第3指屈筋腱炎)の影響もあって低迷し、再びオーバースローに戻すなど試行錯誤を続けている。
2006年は背番号を47に変更し、開幕一軍を果たすも登板なしのまま二軍落ち。8月末に3度目の一軍昇格を果たすと、8月26日の読売ジャイアンツ戦でようやく初登板。テレビ放送にゲスト解説で出演した星野仙一が「2003年の日本シリーズでの投球をもう一度思い出して欲しい」と激励した。この年、プロ初セーブを挙げる。
2007年オフ、濱中治と共に、阿部健太及び平野恵一との交換トレードでオリックス・バファローズに移籍。12月3日付でオリックスの支配下選手に登録された。阪神時代の同僚でオリックスでも再びチームメイトとなる北川博敏とは、高校からの学歴やドラフト2位での阪神入団といった経歴が共通している。
[編集] オリックス時代
2008年は43試合に登板し、リリーフ左腕として活躍。セ・パ交流戦初戦の5月20日、対阪神戦(京セラドーム大阪)で3点ビハインドの7回表からリリーフ登板すると、打者4人を完璧に抑えた。すると、7回裏に打線が一挙4得点を奪って逆転し、古巣から移籍後初勝利を挙げ、同時にプロ2勝目となった。
2009年は5月10日の対日本ハム戦(札幌ドーム)で、岸田護の戦線離脱に伴い、2001年5月29日の対広島戦以来8年ぶりに先発を務めた。しかし、味方守備に足を引っ張られたのもあり、1回1/3を6失点(自責点3)で敗戦投手となった。この年はわずか12試合の登板にとどまり、防御率7.50と不調に終わった。
2010年は4月24日の西武戦で1回自責点1、その後4月28日、4月29日の日本ハム戦では2試合連続ワンポイントリリーフで四球を出すという失態を犯し登録抹消。5月29日のヤクルト戦に再び登板するも0回1/3で自責点4点と打ち込まれ、二度目の登録抹消。その後は一軍昇格することなく前年度を下回る4試合登板に終わった。一方で二軍ではウエスタン・リーグ最多登板記録である44試合を上回る53試合に登板し、記録更新、防御率1.25と好成績を残した。
2011年はオープン戦から好調を維持し、そのまま開幕一軍入りを果たす。6月29日に一時登録抹消されたのを除いては、左のリリーフとして一年を通じて一軍で活躍した。開幕当初は敗戦処理だったが対左打者でのワンポイントリリーフなどをこなし、移籍後最多となる自身8年ぶりとなる50試合に登板して自己最多の12ホールド、防御率は1.19を記録した。また、50試合登板した中継ぎとしては与四球はわずか3つで与四球率0.89と、制球力が改善された。
[編集] プレースタイル
スライダーとシュートを武器にした左右への変化による揺さ振りを武器にここ一番での左打者対策としてワンポイントで起用されることが多い。特に読売ジャイアンツ在籍時の松井秀喜が苦手としていた投手である。
一方、サイドスローに転向して球威を増した反面コントロールが悪くなり、2003年7月26日の中日ドラゴンズ戦(ナゴヤドーム)で1イニング5連続与四球という不名誉な日本タイ記録を作ってしまう。星野監督も「どうせなら新記録を作れ。10回くらい続ければいいんや!」とあきれ返っていた。 当然ながら、コントロールが悪いと球数も増えるため、翌2004年4月7日の横浜ベイスターズ戦では、1イニング8失点の大乱調で、1イニング最多投球数のプロ野球記録となる64球を投じた。
[編集] 詳細情報
[編集] 年度別投手成績
| 年 度 |
球 団 |
登 板 |
先 発 |
完 投 |
完 封 |
無 四 球 |
勝 利 |
敗 戦 |
セ 丨 ブ |
ホ 丨 ル ド |
勝 率 |
打 者 |
投 球 回 |
被 安 打 |
被 本 塁 打 |
与 四 球 |
敬 遠 |
与 死 球 |
奪 三 振 |
暴 投 |
ボ 丨 ク |
失 点 |
自 責 点 |
防 御 率 |
W H I P |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2000 | 阪神 | 34 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 4 | 0 | -- | .000 | 178 | 38.1 | 43 | 2 | 20 | 0 | 3 | 29 | 4 | 2 | 20 | 17 | 3.99 | 1.64 |
| 2001 | 15 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | -- | .000 | 78 | 19.2 | 20 | 5 | 1 | 0 | 1 | 13 | 0 | 0 | 9 | 9 | 4.12 | 1.07 | |
| 2002 | 35 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | -- | ---- | 117 | 27.0 | 21 | 1 | 10 | 0 | 4 | 33 | 0 | 0 | 5 | 4 | 1.33 | 1.15 | |
| 2003 | 56 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 1 | 0 | -- | .500 | 169 | 41.1 | 26 | 2 | 14 | 2 | 6 | 31 | 0 | 0 | 16 | 15 | 3.27 | 0.97 | |
| 2004 | 23 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | -- | ---- | 67 | 9.2 | 30 | 4 | 5 | 0 | 3 | 5 | 0 | 0 | 20 | 18 | 16.76 | 3.62 | |
| 2005 | 12 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | ---- | 40 | 10.0 | 9 | 0 | 4 | 0 | 0 | 9 | 0 | 0 | 5 | 4 | 3.60 | 1.30 | |
| 2006 | 8 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 1 | ---- | 17 | 4.1 | 3 | 0 | 2 | 0 | 0 | 3 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0.00 | 1.15 | |
| 2007 | 7 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | 19 | 3.2 | 6 | 0 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | 3 | 7.36 | 2.18 | |
| 2008 | オリックス | 43 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 3 | 0 | 5 | .250 | 129 | 32.0 | 29 | 4 | 6 | 0 | 5 | 27 | 0 | 0 | 15 | 13 | 3.66 | 1.09 |
| 2009 | 12 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | .000 | 57 | 12.0 | 14 | 1 | 8 | 0 | 3 | 8 | 0 | 0 | 13 | 10 | 7.50 | 1.83 | |
| 2010 | 4 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | 12 | 1.2 | 5 | 0 | 2 | 0 | 1 | 1 | 0 | 0 | 5 | 5 | 27.00 | 4.38 | |
| 2011 | 50 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 12 | ---- | 126 | 30.1 | 33 | 0 | 3 | 0 | 0 | 26 | 0 | 1 | 5 | 4 | 1.19 | 1.19 | |
| 通算:12年 | 299 | 4 | 0 | 0 | 0 | 2 | 10 | 1 | 19 | .167 | 1009 | 230.0 | 239 | 19 | 77 | 2 | 26 | 185 | 4 | 3 | 116 | 102 | 3.99 | 1.37 | |
- 2011年度シーズン終了時
[編集] 記録
- 初登板:2000年3月31日、対横浜ベイスターズ1回戦(横浜スタジアム)、5回裏に3番手で救援登板、1回0/3無失点
- 初奪三振:同上、5回裏に佐伯貴弘から
- 初先発:2000年9月28日、対中日ドラゴンズ27回戦(ナゴヤドーム)、4回5失点で敗戦投手
- 初勝利:2003年4月13日、対読売ジャイアンツ3回戦(東京ドーム)、6回裏に2番手で救援登板、2回無失点
- 初ホールド:2005年4月3日、対ヤクルトスワローズ3回戦(大阪ドーム)、5回表無死に2番手で救援登板、1/3回無失点
- 初セーブ:2006年9月2日、対横浜ベイスターズ19回戦(横浜スタジアム)、9回裏に3番手で救援登板・完了、1回無失点
- 1球敗戦投手:2008年7月29日、対埼玉西武ライオンズ19回戦(西武ドーム)、6回裏にクレイグ・ブラゼルに左前適時打 ※史上21人目
[編集] 背番号
- 21 (2000年 - 2005年)
- 47 (2006年 - 2007年)
- 48 (2008年 - )
[編集] 関連項目
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