佐藤宏志

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佐藤 宏志
基本情報
国籍 日本
出身地 広島県三原市
生年月日 1977年8月11日(31歳)
身長
体重
180cm
82kg
選手情報
投球・打席 左投左打
守備位置 投手
プロ入り 1999年 3位
初出場 2002年4月7日
経歴
Template  ウィキプロジェクト 野球選手

佐藤 宏志(さとう ひろし、1977年8月11日 - )は、読売ジャイアンツ東北楽天ゴールデンイーグルスなどに所属していたプロ野球選手

目次

[編集] 来歴

勢いのある直球とスライダーが持ち味の左腕投手。サイドスローに似た変則フォームが最大の特徴である。

瀬戸内高から亜細亜大学に進み、全日本代表選手にも選ばれた。東都大学リーグでは通算50試合登板し、23勝12敗、防御率2.27、206奪三振。最高殊勲選手に1回、最優秀投手に2回、ベストナインに1回選出された。

大学在学中に巨人のキャンプにゲスト参加。当時の長嶋茂雄監督に認められ、巨人に入団した。

[編集] プロ入り後

1999年ドラフト3位で読売ジャイアンツに入団。2001年には二軍で10勝を挙げ、2002年に一軍デビューを果たす。しかし、翌2003年は一軍登板がなかった。

2004年は新監督の堀内恒夫の目に留まり、自己最多の26試合に登板し一軍に定着。3勝1セーブを挙げた。

2005年は開幕から13試合連続無失点を記録。セットアッパーとしてひとり立ちしたかにみえたが、クローザーとして起用された横浜ベイスターズ戦で、先頭打者の種田仁に本塁打を打たれたのを皮切りに、相川亮二小池正晃にも本塁打を打たれるなど1イニングで3本塁打を喫し逆転される。以後、自身の不注意による怪我などで精彩を欠き、防御率6.87でシーズンを終えた。

2006年は急性胃腸炎で出遅れるも、交流戦中にワンポイント投手として活躍。防御率2点台をキープする。しかし、10月2日戦力外通告を受け、無償トレードで東北楽天ゴールデンイーグルスに移籍。「ゼロからの出発」ということで背番号0に決定(投手が0を着けるのは栗山聡以来。金剛弘樹荻野忠寛2007年から0を付けている)。

2007年の唯一の登板は、9月19日の日本ハム田中幸雄の東京ドームでの引退試合だったが、守備陣のミスもあり田中賢介にランニングホームランを許した。

2008年も1試合の登板に終わり、10月1日に再び戦力外通告を受けた。その後12球団合同トライアウトに参加する。

[編集] 逸話

  • 登板時はゴーグルをかけている。視力も良くないが、コンタクトを装着しているのでは入っていない。本人曰く「世界が明るく見える」とのこと。交代後ベンチに戻るとすぐにゴーグルを外すシーンがよく見られる。
  • 巨人には以前、同じ読みで同じ背番号40を付けた佐藤洋という捕手が在籍していた。
  • ヒロシの物真似「ヒロシです・・・」をするのが得意である。
  • 野球ゲームのプロ野球スピリッツでは横に飛ぶような投球フォームで、かなり極端に描かれている。

[編集] 年度別投手成績

年度 チーム

登板 完投 完封

勝利 敗戦 セーブ 勝率












暴投 ボーク 失点



2000年 巨人 40 1軍登板なし
2001年 1軍登板なし
2002年 1 0 0 0 0 0 0 .000 1.0 1 0 1 0 1 0 0 0 0 0.00
2003年 1軍登板なし
2004年 26 0 0 0 3 1 1 .750 60.2 64 17 20 2 48 2 0 44 40 5.93
2005年 20 0 0 0 0 1 0 .000 18.1 29 4 7 0 17 0 0 14 14 6.87
2006年 8 0 0 0 0 0 0 .000 9.1 7 0 2 1 10 1 0 3 3 2.89
2007年 楽天 0 1 0 0 0 0 0 0 .000 1.1 2 1 0 1 1 0 0 1 1 6.75
2008年 1 0 0 0 0 0 0 .000 0.1 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0.00
通算成績 57 0 0 0 3 2 1 .600 91.0 104 22 30 4 77 3 0 62 58 5.74

[編集] 関連項目

読売ジャイアンツ
1999年ドラフト指名選手
1位:高橋尚成 / 2位:谷浩弥 / 3位:佐藤宏志 / 4位:内薗直樹 / 5位:條辺剛 / 6位:十川孝富 / 7位:宮崎一彰