電波少年的懸賞生活

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電波少年シリーズ > 進ぬ!電波少年 > 電波少年的懸賞生活

電波少年的懸賞生活(でんぱしょうねんてきけんしょうせいかつ)は日本の放送局、日本テレビのTV番組『進ぬ!電波少年』の中で1998年1月25日 - 1999年4月18日まで放送された長期企画。お笑い芸人なすびが「人は懸賞だけで生きていけるか?」をテーマに目標金額を目指し挑んだ。日本での目標額は100万円、韓国での目標額は日本までの航空チケット片道分。

概要[編集]

1998年1月に『!電波少年』が『!電波少年』としてリニューアルした。新企画の一つとしてもちあがったのがこの電波少年的懸賞生活である。土屋敏男プロデューサーは若手芸人を集め、くじを引かせる。その中で「当たり」を引いたのが当時無名若手芸人の「なすび」であった。なすびは目的も知らされずアイマスク・ヘッドホンを着用させられ移動。ワンルームの部屋へ連れて行かれ、衣服を全て没収される。そして「人は懸賞だけで生きていけるか?」をテーマに懸賞雑誌とハガキだけを与えられ、100万円分当選するまで懸賞だけで生活する、という企画内容を知らされ愕然とするが、あまり深く考えず承諾し、懸賞生活が始まった。途中でが尽いてドッグフードを食べて凌いだり、食べ物系の当選がなかなか出なかったり、紙物系(ほとんどダイレクトメール)の当選が相次いでしまうなど相当辛い時期もあった。

それから約1年後、なすびは目標額の100万円を達成。挑戦中にゴールしたら何をしたいかという質問に「韓国で焼肉を食べたい」と発言していたことからご褒美として連れて行かれる。そしてそのまま「韓国での懸賞生活をやってくれ」と言われまた愕然とする。しかし、韓国での目標額は日本までの航空チケット片道分と聞き承諾、3ヶ月程度で達成し、無事ゴールした。

なお、韓国での企画開始当初は説明でエコノミークラス分がゴールと定められていたが、なすびには飛行機代としか告げていなかったことをいいことにビジネスクラス→ファーストクラスへと徐々にゴール金額が上昇していった。最終的には100万円近くするパリ経由にまでなったが、本人もうすうす気づいていたようでファーストクラス分達成後に連れ出され日本に帰っていった。

このコーナーは同番組で人気となり、当時の高視聴率に貢献した。また、なすびの書いた「懸賞日記」はベストセラーとなり一躍ブームとなった。

なお土屋は韓国での懸賞生活をなすびに宣告した時に「韓国での懸賞が終わったら、他の国へ行かす事はしない」となすびに告げている。

10年たった2008年、gooが『“あの人は今…”で思い浮かぶ有名人ランキング』 を行ったところ、2位になすびがランクインし、当時の影響の強さを物語っている(ちなみに1位は桜田淳子、3位以降は小沢健二KANつぶやきシロー[1]

電波少年的水戸黄門

1月から3月のなすびゴール特番『電波少年はだか祭り』まで一時番組を降板していた松本明子は、降板中になすびの役に立とうと何度か韓国のなすびの部屋へ向かっていた。

  • なすびの部屋に突然訪問し、日本の部屋から広末涼子のカレンダーを持ってきた。なすびは広末の大ファンであるが、当時食べ物に飢えていたため複雑な表情を浮かべる。その後ハガキを書く作業を手伝うも結局なすびの足手まといでしかなかったことで、強制的に退去させられる。
  • 宅配業者に扮して毛皮のパンツを届けるが、全裸生活に慣れてしまっていたなすびはすぐに脱いでしまう。
  • ベランダに保管していた唯一の食糧であるキムチの壺に、深夜こっそりベランダに忍び込んで補充した。

10年ぶりの復活[編集]

2009年、ジョージアがスポンサーとなり、小島よしおが挑戦する「電波少年的懸賞生活2009」が、10月8日から10日まで、第2日本テレビでライブ配信された。なお、土屋は懸賞生活終了後なすびに「会いたい」と何度もオファーを出しており、この時も電話出演などを要請していたが全て断られているという。

エピソード[編集]

  • この企画が生み出された背景には、これまで「ヒッチハイクの旅」など、旅系統が相次ぎ「電波少年」が旅番組になってしまっているという指摘が視聴者から来たことも影響した。そこでいわば「逆転の発想」として生み出されたのが「内なる旅」、「懸賞生活」だった。この辺は2003年3月8日の特番で話されている。
  • ナレーションは木村匡也。日記の発言は大神いずみが読んだ。
  • 挑戦者を決めるオーディションには当時無名だったまちゃまちゃ号泣、後に同番組の別の企画に登場するRマニア伊藤高史らも参加していた。
  • カメラが中央に一台、台所に一台置かれ、24時間全裸の状態をカメラに監視された。放送では股間はナスのマークで隠されていた。
    • この企画で全裸での生活に慣れてしまったなすびは懸賞で当てた衣類を着てもすぐ脱いでしまい企画終了までそのまま全裸で生活していたほかゴール後にTプロデューサーから返して貰った服を着ても慣れないからといってすぐ脱いでしまった。
  • 1998年12月の枕の当選が当たるまで、座布団を枕代わりにしていた。なお、韓国編での枕の当選は最後までなかった。
  • 最初は「テレビで放送しない」、「どこかの研究所が研究している」などとなすび本人に話されていたが、いずれ放送していた事実を言わないことからどうすればいいか問題になっていたという。
  • 1998年10月からはインターネットで24時間生中継されアクセス数が当時最高を記録した。その時もスタッフが監視し、手動でナスのマークを動かしていた。ちなみに、有料サービスで行ったこの生中継で得た収益は70万円を超えており、罪悪感を抱いたスタッフはその収益金を愛の小鳩事業団(現:日本テレビ小鳩文化事業団)に全額寄付した。
  • 日本では2度引越しをした(一度目はマスコミに住所がばれたこと、二度目は当選運が悪く(食べ物系がなかなか出ない事と紙物系が相次ぐ)、風水の良いアパートに移るため)。ちなみに部屋のうちのひとつは四ツ谷にあった。引越しの際、それまでに応募した懸賞で当選した際の確実な賞品の受け取りの為に、なすびが住んでいた部屋にはスタッフがしばらく滞在していたという。これは先述のマスコミが住所の情報を得た際、宅配便を装って部屋を訪ねた時に判明した。
  • 伸びた髪が鬱陶しいことから秋頃に当選した裁縫セットの中にあったパンツのゴムで頭頂部を結い、ちょんまげスタイルにした。この時なすびはビデオカメラのレンズに映った自分の姿を見て「これじゃぁバカ殿だよな、アイーン。」と、「怒っちゃヤーヨ」のポーズを取ってつぶやいた。当時志村けんはポーズを取る際に声は出していなかったため、ポーズに「アイーン」という声をつけたのはこの時のなすびが最初である。なお、なすびは後に志村が出演している『志村けんのバカ殿様』の1999年秋のスペシャルで志村と共演を果たした(なすびは約200年前、志村演じるバカ殿様の城の地下奥深くで1999年秋までに暮らしていた原始人として登場〈なお、髪と髭は処理していないまま〉)。
  • 最初の懸賞商品が当たるまでは食糧として乾パンが支給されていた。
  • 6月に米が当たるまでの約1ヶ月をドッグフードと水で食いつないだ。司会の松本明子(なすびの表現による)が訪問した時、米とドッグフードを横取りとして少し食べられた(この影響で当選運が悪くなり、食べ物系の当選が出ない・紙物系の当選が相次ぐ・当選が何も当たらない原因となってしまう)。のちの韓国編においても、松本にキムチを横取りとして食べられようとしていたが、なすび本人に止められた。
  • 上記の食料の問題と関連して、スタッフが栄養不足を心配して健康診断を受けさせたところ、健康に関しては特に問題がなかったとの事。ただ、企画による食料の入手の問題から用便(大の方)の回数が一般生活時よりも少なかったという。
  • 当時、多くの雑誌に取り上げられ、ぴあの表紙も飾った。BBCでも取り上げられ、国際配信された。またタイム (雑誌)でも「都会のロビンソン・クルーソー」として載りあげられた。しかし、「世界まる見え!テレビ特捜部」にて「懸賞生活」を外国人に視聴させる企画を行ったところ、外国人の反応は概ね批判的だった。
  • なすびは当時広末涼子のファンで、ポスター2枚とカレンダー1部を当選したときは狂喜乱舞した。しかし、当てた物全てがノベルティグッズだったため金額としては0円とされている。
  • この企画が始まってから、「なすび」名義で懸賞葉書を送る者が現れるようになった。なお、松本はなすびは本名[2]で投稿している旨を説明している。
  • この企画を元にしたパソコン用懸賞ソフト「電波少年的懸賞生活ソフト~なすびの部屋」がハドソンより発売された。
  • 「夏休み」として、番組で同時に行っていた企画「電波少年的無人島脱出」にてRマニアが脱出した無人島である由利島(なすび本人はこの島の事は初めて)に連れられた事があった。しかし、その間なすびの家には誰もおらず、その間の当選品を受け取れないことを知ったなすびはスタッフの「いつまでもこの島にいてもいいよ。」というセリフにもかかわらず2日で部屋に帰ることになった。この時、島で生活できるようにと当選品の中から「高級ライター」、「みかん酒の缶」、「高級食器セットのスプーン・フォーク・ナイフ」「バーベキューセット」、「浮き輪」、「2度目の米」、「浄水器を通した水」が持ち込まれていた。
  • 韓国では葉書の他にもテレビ、ラジオ、日韓・韓日辞書、そしてキムチも用意されていた。なすびはラジオから流れる韓国語に最初は愕然としていたが、韓国語を勉強した結果、徐々に韓国語を習得していった。なお、韓国の番組は当初は言葉がよくわからない為に馴染みにくかったようであるが、韓国の放送局で日本のアニメが放送されていた際には驚きと知っている作品であった為か安心感があったようである。また、主食のキムチが底を尽いた頃に松本明子が夜中にキムチを補充した出来事の際に、なすびは翌朝に昨日までは空だったキムチがぎっしり詰まっていた事に驚くも、それ以上は深くは考えなかった。
  • 韓国での目標額達成時には、ヘッドホン・アイマスクを着用され帰国、スタジオ内に設けられた懸賞生活での部屋を模したボックスの中に入れられた後、周囲の壁が倒れ、観客全員の「なすび、ゴールおめでとう!」という歓声によりゴールを告げられた。企画が番組で放送されていた事は本人には知らされておらず、知らない間に有名人になっていた。なお、土屋敏男プロデューサーはこの瞬間を「電波少年史上最も印象的な場面」と後に語っている。
  • 韓国から日本のゴールの会場へ向かう際、飛行機ではなく釜山から下関までフェリーで移動した。空港を利用すると入国審査の際にアイマスクを外す必要があり、また目立ってしまい第3者に気付かれてしまうとの懸念から、スタッフが熟慮の末講じた措置である。
  • 企画終了後に行われた記者会見で、「また同じような企画があったらやってみたいですか?」の質問には、「もう金輪際二度とやりたくありません!」とはっきりと答えている。
  • 企画終了後に本人が明かしたところによれば、この企画が本当に辛くなって全裸である事を覚悟の上でアパートから最寄りの交番に逃げる事も考えていた時期があったとのこと。
  • 企画最後のテロップは「なすび、おしまい!」だった。ただし、その後一度だけなすびが番組に登場している。とはいえ次企画であった「電波少年的超能力生活」の候補生として韓国で行われた超能力テストの模様が公開されただけである。結果は不合格であった。
  • 一か月辺りに約6000通(一日辺り約200通)もの葉書を書いており、これだけで月30万円、むろん他にもアパートの賃貸料や光熱費もかかっているが、これらの費用は日本テレビ側で全額負担していた。
  • 前記の土屋は「何が適正かわからなかった」、「一日辺り葉書を50枚程度書いてあとは雑誌やテレビを見てゴロゴロしているだけだと思っていたらとんでもなかった」と話している。
  • 当初は懸賞生活を書籍化する予定はなかったようだが、あまりの大人気で急遽書籍化することとなり、それがかなりの売れ行きを示した。印税は終了後にすべて彼に支払われた。『はなまるマーケット』の「はなまるカフェ」出演時の話によれば懸賞生活をしていた頃、姉が地元の書店で仕事をしていて、弟の姿が出ている本を売ることとなるとちょっと恥ずかしかったらしい。

主な経過、当選[編集]

1998年[編集]

  • 1月
    • オーディションで当選し某アパートに連れて行かれ、素っ裸にされ懸賞生活スタート。
    • 当初は少量の乾パンのみ支給された。
  • 2月
    • 当選第1号はファイバーゼリー
    • 懸賞生活開始から3週間、髪と髭が伸び始める。
    • 第2号は米5kg。しかし、鍋がなかったためどう調理しようか悩む。最終的に最初に当てたファイバーゼリーの容器→みかん酒の缶→片手鍋と変化していった。
    • ソープセットが手に入り、体を洗えるようになる。
  • 3月
    • 懸賞生活35日目。この日から5日間、当選が全くなかったまま40日目を迎える。
    • みかん酒6本。一日2本飲むが、すぐ酔ってしまう(なすび本人は酒に弱い)。なお、空き缶は後にごはんを炊く為に使用している。
    • 初の大物系である折りたたみ自転車(41800円)の当選。
    • 納豆・漬物スナック・鮭の中骨スナックといった念願のおかずが充実する。なお、なすびは納豆の美味さで「失敬しちゃいそう」「もう死んでも構わない」と日記にコメントした。
    • アシカのぬいぐるみが当たり、「びーなす」と名付け相棒ができる。付属にタオルがついており、重宝する。
    • 大麦牛ステーキ1kg。この時は焼くのに使える物がなかった為、ボールペンに肉を刺し炙るという手段がとられた。その後、当たったバーベキューコンロの焼き網を使うことでこの点は改善されている。なお、なすびはあまりの肉の美味さで「本当に死んでもいい」と日記にコメントした。
  • 4月 
    • 伊勢海老。人生初の伊勢海老をコンロで炙って食す。
    • 掃除機。3ヶ月ぶりに掃除が出来る様になる。
    • 懸賞生活86日目。この日に当選が当たったが、なすびはシャワー中の為に逃してしまい、当選無し扱いになると同時に次の日から一週間当選無し。 
    • トマト。初の野菜系の当選。
    • テレビ。しかし、アンテナおよびケーブルがないため映らなかった。
    • 歯磨きセット。3ヶ月ぶりの歯磨きができるようになったが、歯を磨きすぎて出血する。
  • 5月
    • 米が尽きる。
    • 1万円相当の無料英会話チケット。いつも通りに当選の舞をするが、なすび本人は「チケットよりも食べ物が欲しい」とコメントし、先月のトマト以来当選が無い食べ物系が欲しくなる(その際、VTRを見ている松本は「そうだよな」と言った)。
    • ドッグフードが2種当たり(生は不味く、ドライは美味かった)、米が当たるまでそれでしのぐ。なお、キャットフードの当選もしていたが、当たる事はなかった。
    • ダイエット健康茶。
    • 納豆2度目の当選だが、米がなかった為、一日で完食。
    • 浄水器。それ以降その水を飲んだり、米を炊く時に使う事になる。
    • 高級食器セット。以降はボールペンを箸代わりにせず、これを使い食べ物を食べるようになる。
    • 米2度目の当選(10kg)。やっと久々に米が当たったなすびはあまりの嬉しさに感動泣きし、再び米生活に戻れる様になる。
  • 6月
    • 合鴨肉(750g)。肉系2度目の当選。11月のサーロインステーキが当たるまで、しばらく肉系の当選は無し。
    • カップのアイスクリーム(24個入り)の当選だが、冷蔵庫がなかった為(なお、2月のファイバーゼリー当選後に冷蔵庫の応募をしていたが、最後まで当たらなかった)、一日で完食する。
    • 高級海苔。最初はそのまま食べ、後におにぎりにして食べるが、海苔が炙りすぎて破れてしまう。8月の水茄子漬けが当たるまで、おかず系の当選はしばらく無し(同時に8月の3度目の米が当たるまで、食べ物系の当選も無し)。なお、おにぎりを作っている途中に5ヶ月間切っていない爪が伸びていた。
    • ポット
    • 広末涼子の最初のグッズ系のポスター。広末のファンであるなすびは感激する。
    • 栄養ドリンク「グロンサン・プラス」10本。一日2本飲み、広末のポスターを見て興奮する。
    • 一部マスコミに住所がばれたため、引越しを開始。
    • コクヨの机と椅子(9万9800円で、当選品最高金額)。最初の引越しの当選。
    • 自動翻訳機。操作している途中に5ヶ月半間伸ばしぱっなしの爪が邪魔になり、爪が切りたくなる。
    • マニキュア。

なお、自動翻訳機とマニキュアの当選の舞はコクヨの机と椅子が邪魔で舞う事は出来ず、朝起きた時のギャグは80日目から112目までやる事はなかった。 ここまで約45万円、ビデオ其の1は終了。

  • 7月
    • 食べれない物ばかりの当選で、7月の食べ物系の当選全く無し。食べ物系が全く当たらなかったなすびは、食べれない当選品のドライヤーと2度目の掃除機を食べ物に扮して食べようとしていた。
    • 裁縫セット。6ヶ月間伸ばしぱっなしの爪を中に入っていたハサミで切る。ゴムひもは11月以降のちょんまげスタイルに使う事になる。
    • 大女優が乱入。その影響で米とドッグフードを横取りとして食べられたと同時に当選運も悪くなってしまう。
    • なすびの部屋インターネット放送され1600万人がアクセスしインターネット記録を更新する。
  • 8月
    • 歯磨きセット2度目の当選。6月以来当選が無い食べ物系がなかなか当たらずに苦戦するなすびは、やけくそで歯を磨く(しかし、また磨きすぎてしまい、出血も2度目になる)。
    • 米3度目の当選(2kg)。6月の海苔以来の食べ物系で、米の量が増えた。
    • 夏休み。
    • クーラーが3日間故障する(その中で懸賞生活201日目の朝、クーラーが動かないあまりの暑さで「あちーーい!!!!」と苦しんでいた)。
    • 西瓜。当選したタオルと掃除機を使って西瓜割りをしたが、誤って葉書の山にぶつけたために中止し、後に1日で完食。しかし、なすびは日記で「オカズが欲しい」とコメントし、6月以来当選が全く無いおかず系が欲しくなる。
    • 高級ライター。なすびはライターが入った箱を食べ物と思われたが、期待外れだった為、「ライターじゃお腹いっぱいにならねんだよ、食えないんだよ」とやけになる。しかし、ライターの火を付けて「オカズが当たりますように」と願う。
    • 水茄子漬け(8袋入り)。昨日当たったライターの火の願いのおかげで、6月の海苔以来おかず系の当選となった。
    • 懸賞生活211日目。この日にウイダーinゼリー3袋が当選されるが、いつもの当選の舞を忘れてしまい(この時、ナレーターは「なすびの元に懸賞の神様は静かに去っていった」と言っていた)、翌日から2週間当選無し(同時に10月のポテトチップス(うすしお味)と野菜ジュースが当たるまで、食べ物系と飲み物系の当選もしばらく無し)。
    • 当選の舞を忘れた崇りで、紙物系の当選が相次ぎ(その際、ダイレクトメールのカーナビパンフレットが当選された時には「お前らなんか当選じゃねえんだ」と言い、その後は泣き出してしまう)、翌月から紙物系が相次いでしまう。
  • 9月
    • 7月に引き続き、9月の食べ物系の当選全く無し。
    • 8月末に引き続き、紙物系の当選が相次ぐ。ただし、2度目の1万円相当の無料英会話チケットが当選している。
    • 2度目の広末のカレンダーの当選。その際、8月の水茄子漬け以来の当選の舞を披露する。
    • 百科事典CD-ROM。8月のダイレクトメールのカーナビパンフレットに引き続き、またしてもなすびは泣き出す。なお、2度目の無料英会話チケットに引き続き、金額は1万円。
    • 懸賞生活237日目。食べ物系が全く当たらず、紙物系を含んだ食べられない物ばかりの当選に苦戦するなすびは「いい一日にしてください」とコメントし、ナレーターも「今日こそいい一日になるのか?」とコメントするが、この日から3日間の当選は紙物系のダイレクトメールばかりだった。
  • 10月
    • 2回目の引越し。
    • カルビーのポテトチップス(うすしお味)の大入り12袋。8月の水茄子漬け以来の食べ物系並びに2回目の引越し最初の当選。なすびはこれを当選する以前に日記で「油ぎっているなものを食いてぇ」と言っていた為(本当は6月の以来当選が無い肉系が希望だったが、期待外れだった)、口を大きく開けてものすごく味わいながら、ポテチを食べるシーンが流れる(食べる途中、8月の水茄子漬け以来の食べ物の嬉しさに涙する)。なお、ポテトチップスの袋を11月に当選するステーキのお皿代わりに使用した。
    • あんみつ6個、毛ガニ2匹(4月の伊勢海老以来、2度目の海の幸系。解凍した後、一日で完食)、野菜ジュース30缶(8月のウイダーinゼリー以来の飲み物系)といった食べ物系が次々に当選。なお、野菜ジュースを飲むシーンが海外メディアで放送された。
    • ビデオデッキ。デッキ当選以前に、腋臭(わきが)のビデオと競輪のビデオが当選していたので、それを視聴する事になる(テレビも当選しており、ビデオは視聴可能だったので)。この際、腋臭のビデオに映っている女性を見て大興奮する(ずっと動く女性を見ていなかったため)。
  • 11月
    • 7月に当たった裁縫セットのゴムひもを使用し、ちょんまげスタイルをはじめる。
    • 牛皮のベルト。日記でなすびが「牛です」とコメントした直後にナレーターは「牛肉か!?」と言っていたが、後になすびは「牛は牛でも牛の皮…」とコメントした。
    • 松茸(3本)。人生初の松茸を食す。最初は焼き松茸にして食べ、後に松茸ごはんにして食べる。
    • 車のプラモデル。本物の車で一気にゴールと思いきや、また期待外れだった為、ナレーターは「なすびのゴールはまだ遠い」とコメントする。
    • 300日目を迎える。
    • プレイステーション。所持していた「電車でGO!」を3日間やり続けた結果、全く葉書を書かなかったので「禁プレステ」宣言をする。
    • マヨネーズ3本。その場で一本飲みする。
    • 米系4度目の当選(5月以来の10kg)。日記では「最愛のパートナー」とコメントし、米の量がまた増えて大喜びした。昨日当たったマヨネーズをかけて食べる。
    • 神戸牛サーロインステーキ(1kg)。6月の合鴨肉以来の3度目の肉系の当選。久々の肉の味に泣きながらの食事。
    • テント(78000円)。部屋の中でテントを組み立て、その中に卓袱台・葉書を入れて、生活しようと試みたが、翌月の広末のカレンダーの当選後の当選の舞がテントが邪魔でできない事が分かり、すぐに撤去。
  • 12月
    • 広末のカレンダー。広末のグッズ3度目の当選。
    • 枕。これまで座布団を枕代わりにしていた事にやっと枕で寝られるようになる。
    • タイヤ4本。日記で「ダイヤだったらとっくにゴールだったのに」とコメントしたので、調べてみるともう少しでゴールだった事が判明。ここからカウントダウン開始。
    • ゴルフボール6個。なすびは「食べ物でも当たってくれたら言う事ないんだけど」と食べ物系が欲しがっていたが、またもや期待外れだった。その後、ゴルフボールで食べ物に扮して食べようとしたり、掃除機をゴルフ棒の変わりに遊んだりしていた。
    • 米系5度目の当選(8月以来2kg)。1000164円となり、終了。
    • 服が返却され、本人たっての希望でラーメンを食べる。
    • 韓国に渡り、焼肉を食べて遊園地で遊び、キムチを購入。
    • 懸賞生活 in Koreaへ。

1999年[編集]

  • 1月
    • korea編で最初に届いたのは紙物系である非売品のカタログだったが、ちゃんと届いていることがわかった為、なすびはいつものように舞を披露した。
    • 念願の当選品第1号が到着。箱を開ける前から喜んでいたが、中身が当面の食料であったキムチであったため一気にへこんでしまう。翌月のバナナが当たるまで食べ物系の当選はしばらく無し。
  • 2月
    • korea編当選品第2号は香水。
    • 部屋に間違って出前が届いてそれを食べてしまう。お金は所持していなかったが、部屋にあったラジオを代金代わりに持っていったため事なきを得た。
    • korea編でのテレビが当選(シリーズでは2度目の当選だが、今回はアンテナがあったため画面が写る)。
    • が当選。鍋はないもののキムチの入れ物の蓋を鍋代わりに調理しついにキムチだけの食生活が改善される。
    • バナナ10房。ここで目標金額を超えるがなすびが気づかなかったため、エコノミークラスからビジネスクラスへ(強制的に)ランクアップさせられる。
    • お茶2袋。なすびは安物とみていたが実は高級茶で2度目の目標金額を達成したが、またしてもなすびが気づかなかったと同時にビジネスクラスからファーストクラスへ(強制的に)ランクアップさせられる。
    • 味付け豚カルビ(korea編初並びに4度目の肉系)。あまりの美味さで日記に「頭の中でヨーデルの調べが」とコメントした為、編集でスイス風の歌を流す。
    • 竹刀。持っていた焼き網を使って剣道コントを開始。
    • 額縁
    • 活タコ(korea編初並びに3度目の海の幸系)。最初はそのまま口に含んで食べようとしたが、口の中で吸盤に吸われてしまい、やむなく網で焼いて食べる。
    • キツネの襟巻。日本で当選したアシカのぬいぐるみはびーなすだったが、ここは韓国という事で、「“びーかる”」と命名
      ただ、これ以外にも、松本が訪問した際に、赤い毛糸のパンツを市場で購入した。そのまま宅配員として潜入し、なすびに当選品として渡したが、「履き心地が悪い」という事で、即座にパンツは脱がされ、当選していた額縁に貼られる事になった。
  • 3月 
    • 電波少年的懸賞生活終了。
    • 日本へ帰国し、後楽園ホールで歓迎された。
  • 7月 

ゲーム作品[編集]

VHS[編集]

  • なすびの電波少年的懸賞生活のす​すめ 其の壱 (1998年)
  • なすびの電波少年的懸賞生活のす​すめ 完結篇 (1999年)

DVD[編集]

  • 電波少年 BEST OF BEST 雷波もね! (電波少年的懸賞生活、2010年)

書籍[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 2008年04月15日 00:00「あの人は今…」で思い浮かぶ有名人ランキングGoo
  2. ^ 本名は「浜津智明」。また、本名を一文字変えた「浜津智子」名で応募していたことも分かっている。当時、番組内においてはこのような模倣犯防止と企業によるタイアップ防止のためから本名非公表であった。

関連項目[編集]