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由利島

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由利島
Yuri-Jima Island Aerial photograph.jpg
由利島の空中写真。
国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成(1974年撮影)
所在地 日本の旗 日本愛媛県
所在海域 瀬戸内海
座標 北緯33度51分8秒 東経132度31分27秒 / 北緯33.85222度 東経132.52417度 / 33.85222; 132.52417座標: 北緯33度51分8秒 東経132度31分27秒 / 北緯33.85222度 東経132.52417度 / 33.85222; 132.52417
面積 0.61[1] km²
最高標高 174[2][3] m
由利島の位置(愛媛県内)
由利島
由利島 (愛媛県)
由利島の位置(日本内)
由利島
由利島 (日本)
Project.svgプロジェクト 地形
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由利島(ゆりじま)は、伊予灘に位置し、愛媛県松山市に属する松山港の沖合の無人島である。面積0.61平方キロメートルの小島である。

概要

大小2つの島が潮流によって接合された陸繋島[2]砂州でつながった形をしており、それぞれ大由利、小由利(標高102.9メートル)と呼ばれている[2]。両島とも安山岩でできており[2]、標高174メートル。

歴史

松山市の遺跡埋蔵文化財包蔵地)分布地図によると、島内には由利島遺跡(弥生時代遺物散布地)・由利島大谷遺跡(中世の遺物散布地)・由利島長者屋敷遺跡(中世城館)という3遺跡が登載されている[4]。小由利島の由利島遺跡からは、弥生時代中期の弥生土器として・高坏(たかつき)が多数出土しており、1世紀ごろに島が東九州安芸周防の中継地として栄え、この頃から人が住んでいたものと思われる[1][5]。古代には周防国安芸国九州との中継地となっていたと見られている。大由利島山腹の夜叉ヶ宿や大谷からは土師器系と考えられる平安時代鎌倉時代かわらけ片、貝塚が出土している[1][5]

『風早郡地誌』には「由利島、東西十五町、周囲一里十町、樹木なく(まぐさ)あり。間に田畑を見る、島民居成すもの僅かに二戸、男女皆農を業とす」の記載があり[3]、古くは採草地として利用されていた[2]。かつては由利千軒と呼ばれるくらい沢山の人家があったと伝えられているが、13世紀後半の弘安年間(1278年-1288年)に地震津波とする説もあり)により水没したといわれ、海中に井戸らしき石積みも散見されている[1]

付近の海域は古くからなどの好漁場として知られ、高浜港二神島との漁民の間で漁場をめぐる争いが絶えなかった[1]近世には紀州塩津村から漁期のみ人が住み着き、今日でいう入漁料を払って漁労を行っていた。後年、忽那諸島の二神島や長師(中島)だけでなく、安芸の瀬戸村岩城島(越智諸島)などからも出漁する者が出て争いが絶えず、寛文9年(1669年)に議定書が交わされ、長師村杉野五右衛門、二神村源三郎、瀬戸の加藤太衛門の三人が干鰯の値段を合議することになった[2]

次第に二神島から漁民が移り住むようになり、特に昭和初期には好漁が続き、夏の漁期には数百人が暮らし、全盛期には浜に10基を超す鰯網の窯場が設けられた[2][1]太平洋戦争時には日本海軍により、大由利山頂に監視哨や高射砲陣地、探照灯が設置されていた[1][6]

以前は砂洲付近(通称明神)と北側の浜(砂浜)に集落があった[1]。大由利には長者屋敷、寺床の地名が残り、最南端には1951年昭和26年)に設置された灯台が立っており、島内には海食洞も見られる[1]。砂洲の西側には池塘を掘削して出来た人工入江があり、由利漁港として市管轄の第一種漁港の指定を受けている[1]。やがて不漁となったため、住民数は1955年(昭和30年)に75人、1960年(昭和35年)には21人と減少し、1965年(昭和40年)には最後の6人が島を離れ、無人島となった[1]。砂州にはかつての集落跡、漁港跡があり、魚干し場や井戸の跡も残っている。

その他

  • かつて無人島にも関わらず赤電話が引かれ、船舶の避難用、出作の人や漁民などの連絡用として用いられていた。家屋型の電話ボックスもあり、椎名誠はこの島を訪ねた際に赤電話を使用したことなどをエッセイで紹介している[7]。無人島時代にも年1、2回ほど使用料金の回収があり、2000~3000円ほどの公衆電話使用料があったという[8]。使用頻度が少ないために1986年(昭和61年)には一度撤去されるものの「海底ケーブルが故障するまで」との約束で二神島の住民が費用を負担することで再設置、存続されたがケーブルの切断により1993年平成5年)2月には不通となり、電話機も撤去された[1]
  • 進ぬ!電波少年」の無人島脱出企画の舞台である[9][10]。当時島は無人であったが、島内の山中に作業小屋が存在しRマニアが寝泊まりに使用した[11]
  • 日本テレビ系列で放送中のバラエティー番組「ザ!鉄腕!DASH!!」で放映されている無人島「DASH島」の開拓企画の舞台としてロケなどを行っている無人島は公式には明らかにされていないものの[12]、徳間書店「アサジョ」によると、由利島であるとされている[13]

関連書籍

  • 『愛媛県の地名』平凡社、1980年
  • 『角川地名大辞典』角川書店、1988年
  • 『愛媛県百科事典・下』愛媛新聞社、1985年
  • 椎名誠『あやしい探検隊不思議島へ行く』光文社、1985年
  • 『SIMADASU(シマダス)』日本離島センター、2019年

脚注

  1. ^ a b c d e f g h i j k l シマダス、p.667
  2. ^ a b c d e f g 愛媛県百科事典、p.662
  3. ^ a b 角川地名大辞典、p.674
  4. ^ 埋蔵文化財包蔵地図及び一覧表(中島地区)松山市公式サイト
  5. ^ a b 平凡社、p.346
  6. ^ 椎名誠、p.61
  7. ^ 椎名誠、pp.51-66
  8. ^ 椎名誠、p.62
  9. ^ 「徹子の部屋」収録見るには…テレビ業界の大疑問 NIKKEI STYLE 2015年5月18日 2018年4月2日閲覧
  10. ^ 電波少年 Rマニア電波少年的無人島脱出&スワンの旅(3) 日テレオンデマンド(Paid subscription required要購読契約) 2018年4月15日閲覧
  11. ^ 電波少年 Rマニア電波少年的無人島脱出&スワンの旅(1) 日テレオンデマンド(Paid subscription required要購読契約) 2018年6月21日閲覧
  12. ^ シマダス、p.667。シマダスでは「平成24年ごろからテレビ番組のロケ地として利用されており、小由利と大由利を繋ぐトロッコレールの建設、拠点となる建物の整備、有志による矢立大名神社の再建」の記あり。
  13. ^ TOKIO国分太一、パパになることで懸念されるグループ内での「さらなる孤立」徳間書店 アサジョ 2016年6月21日配信)2020年7月23日確認

関連項目