大阪書籍

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大阪書籍本社

大阪書籍株式会社(おおさかしょせき かぶしきかいしゃ)は、かつて大阪市東成区にあった出版社。主に中学校向けの教科書や教材を取り扱っていた。略称は大書発行者番号3。このほかに商業印刷事業にも対応した印刷工場を保有していたが、2008年平成20年)2月に商業印刷事業を大阪書籍印刷へ会社分割した。2008年度の全国における教科書採択数は約285万部。

概要[編集]

1909年明治42年)創業。当時の文部省(現・文部科学省)から国定教科書の翻刻を発行許可された。1923年大正12年)、関東大震災の影響で出版事業が麻痺した関東方面の教科書の配給に際しては委託印刷を行っている。

その後、芦原にあった工場が手狭になったことから津守に工場を移転するも、空襲1950年昭和25年)のジェーン台風の影響による被災を経験する。戦後に入ってからは教科書だけでなく一般用の書籍も扱うようになった。

経営破綻直前時の本社建物(写真)は、大阪市の都市計画に沿って1977年(昭和52年)に移転・新築された。

なお、同社のメインバンクは幸福銀行1999年平成11年)に経営破綻するまでこれに当たり、大一商店とも資本関係があった。幸福銀行の破綻後は、商工中金中小企業金融公庫等の公的融資にて対応した模様である。

2008年4月10日、大西一義社長(当時)が副業として行っていた不動産事業によって多額の資金が流出したため大阪地方裁判所民事再生法の適用を申請した[1]。負債総額は66億円。この民事再生法の申請に当たり、同社は大西社長を解任し、背任行為に当たるとして刑事告訴を検討した[2]。その後、同年9月10日には出版社アムアソシエイツが出資する新会社に商号と教科書事業を約3億2000万円で譲渡するなどの再建計画を進めていたが、譲渡額の支払いなどをめぐりアムアソシエイツとの交渉が行き詰まり、また従業員に対する給与の未払いが発生するなどしたため再建計画は破綻した。同年12月15日日本文教出版に教科書の版権を譲渡することを決定し[3]2009年(平成21年)1月21日付けで同社が正式に大阪書籍の教科書の版権譲渡と継続発行を発表した[4]

なお、教科書・指導書・学参書を除く一般図書は、吹田市に本社を置く合同会社メディアイランドが継承している。

出典[編集]

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外部リンク[編集]