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(壷、つぼ)は、主として、食糧の貯蔵や水やなどの飲料の運搬という用途に用いられる器である。焼き物が多いが、ステンレス鋼製(医療用などに)やプラスチック製もある。

一般的に丸い袋状で、通常は、器体に頸の部分を伴う開口部(口縁部)や注口を持ち、人間が1人で運搬可能な大きさの器のことを壺と呼ぶ。

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日本では縄文時代の早い時期に壺が現れており、甕(深鉢)とともに主要な器のひとつである。

似た形状を持つ壺と(かめ)の区別について、東大理学部人類学教室の長谷部言人(はせべことんど)は、「頸部の径が口径あるいは腹径の2/3以上のものを甕と呼び、2/3未満のものを壺とする[疑問点 ]」という定義をした。

種類[編集]

すぼまった上端にそのまま開口部をつくる無頸壺(むけいこ。代表的なものとして、メソアメリカ先古典期前期、チアパス州を含む太平洋岸のバラ、オコス期の「テコマテ」が挙げられる)もある。中国では、広口壺に限って壺と呼び、短頸壺や無頸壺は、罐(かん)と呼ぶ。欧米各地では、取っ手がつく壺については、ギリシャアンフォラの名称を借りて呼称している。

常滑焼の壺

また、壺は食卓上に置いて水、酒などの飲料を他の容器に取り分けるために用いられる。この場合、片手で持てる細頸壺や取っ手をつけた水差型の器が用いられる。ジャグ: jug)、ピッチャー: pitcher)、フラゴン: flagon)と呼ばれるものがこれに相当する。

携帯用の水筒のような用途として用いられたと考えられる器種に、須恵器提瓶、中国の扁壺フラスコ(英語では、flask)などがある。

美術[編集]

壺は実用的な道具としてばかりでなく、装飾品とすることを目的として作られる場合も多く、陶磁器の発達した中国を中心とする東アジアで発達をした。一方、古代ギリシアにおいては、壺をむしろ絵を描くための素材(台)とみなした壺絵の文化が発達した。

また、生命力の象徴として壺自体が装飾のモチーフとされた[1]古代オリエントでは生命力を象徴する生命の樹と呼ばれる文様があったが、ヨーロッパに伝播する過程で「生命の泉」を表す壺の中から植物がのびた図像に変化し、装飾の図柄として好まれた。初期のキリスト教世界では、壺はキリストの復活と再生を象徴する洗礼盤を暗示し、キリスト教の信徒を象徴する鳥獣が壺の左右から水を飲む文様は、キリストと信徒の関係を示すモチーフとして重要な役割を持った[1]中世になると生命の象徴や宗教的な意味は失われたが、アラベスク染織の文様などで、とともにデザインの構成物として好まれ続けた。

用字[編集]

「壷」という表記もあるが、これは当用漢字で「亞」を「亜」と書くことにしたのを、当用漢字・常用漢字でない「壺」にまで適用させた拡張新字体である。[要出典]

脚注[編集]

  1. ^ a b 視覚デザイン研究所編『ヨーロッパの文様事典』視覚デザイン研究所、2000年、ISBN 4881081519 pp.170-177.