立木兼善

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

立木 兼善(たちき かねよし、天保5年8月1834年) - 明治42年(1909年12月24日)は、日本の政治家。旧姓杉浦。正四位。

経歴[編集]

淡路国津名郡(現・兵庫県淡路市)生まれの徳島藩士族。明治2年(1869年)明治政府に出仕し、福島県権知事兼若松県権知事となる。明治3年(1870年岩倉具視の内命により庚午事変調停のため、岩鼻県権知事小室彰と共に徳島に滞在するが、不調に終わり帰京する。明治4年(1871年2月20日中野騒動鎮圧後の中野県に権知事として赴任し、長野町善光寺取締所を設置。県庁の長野移転を政府に上申し、同年6月22日太政官布告を受け、7月25日に移転。同年長野県権令となる。明治6年(1873年福岡県令に異動。西南の役に従軍。のち横浜裁判所長、元老院議官を歴任し、退官後は、石上神宮松尾神社の宮司を務めた。

栄典[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 『官報』第2094号「叙任及辞令」1890年6月24日。
  2. ^ 『官報』第3266号「叙任及辞令」1894年5月22日。

参考文献[編集]