権藤貫一

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

権藤 貫一(ごんどう かんいち、弘化元年12月1845年[1] - 大正4年(1915年1月10日)は、日本の政治家

経歴[編集]

筑前国早良郡(現福岡県福岡市)生まれ。糟屋郡など複数の郡長を歴任後、政治結社「福岡玄洋社」に属し、第1回第4回衆議院議員総選挙に当選。第2次松方内閣1897年長野県知事に登用された。長野県上水内郡芹田村(現・長野市)に農事試験場を開設し、県内19箇所に蚕種検査所を設置して蚕病の取締に着手、小県郡に蚕種同業組合を設立した。森林法による地方森林会や、農工銀行などの創設にあたった。

脚注[編集]

  1. ^ 『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』265頁。

参考文献[編集]

  • 『長野県政史』
  • 赤羽篤外編 『長野県歴史人物大事典』郷土出版社、1989年。
  • 衆議院・参議院『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。