日本生命硬式野球部

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日本生命野球部
チーム名(通称) 日生、日本生命
加盟団体 日本野球連盟
加盟区分 企業チーム
創部 1929年
チーム名の遍歴 日本生命(1929年~ )
本拠地自治体 大阪府大阪市
練習グラウンド 日本生命千里山グラウンド(大阪府吹田市
チームカラー 赤色
監督 十河章浩
都市対抗野球大会
出場回数 57回
最近の出場 2016年
最高成績 優勝
社会人野球日本選手権大会
出場回数 32回
最近の出場 2015年
最高成績 優勝
全日本クラブ野球選手権大会
出場回数 ※出場資格なし

日本生命硬式野球部(にほんせいめいこうしきやきゅうぶ)は、大阪府大阪市に本拠地を置き、日本野球連盟に所属する社会人野球チームである。練習グラウンドをはじめとする拠点は大阪府吹田市に置いているが、大阪府貝塚市への移転を予定している[1]。獲得した全国タイトルは、全国社会人チームでJX-ENEOS・東芝・住友金属に次ぎ、史上第4位の計8回(都市対抗優勝4回・日本選手権優勝3回・産業対抗優勝1回)である。

概要[編集]

歴史は古く、創部は戦前1929年までさかのぼる。戦後、大阪のみならず西日本を代表する名門チームとして、プロ野球選手を多数輩出。また、ミスターアマ野球こと杉浦正則(前監督)のように、日本代表選手も多数送り出している。

都市対抗野球は歴代チーム中最多の55回、日本選手権も30回(パナソニックの34回に次ぐ記録)の出場を誇る。近年では社業に就く上での資格取得の関係上、選手の採用は原則として学卒であることを条件としているが、プロ入り前提で高卒の選手が加入することもある[2]

1961年4月20日に日本生命所属の柳川福三中日ドラゴンズと契約し、プロ・アマ断絶のきっかけとなる柳川事件が起きている[3]

設立・沿革[編集]

主要大会の出場歴・最高成績[編集]

主な出身プロ野球選手[編集]

太字は現役選手(2016年シーズン現在)

元プロ野球選手の競技者登録[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ コーポレートスポーツ拠点の移転について日本生命保険相互会社、2015年8月4日閲覧。
  2. ^ 【ヤクルト】山田トリプル当確!「走れ」コールに楽々二盗成功”. スポーツ報知. 2015年9月7日閲覧。
  3. ^ 中日新聞社刊「中日ドラゴンズ70年史」64ページ
  4. ^ 日本生命 逆転サヨナラ2冠!都市対抗に続き栄冠、史上3チーム目 - 『スポーツニッポン』2015年11月10日。2015年11月15日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]