中本茂樹

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中本 茂樹
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 徳島県美馬郡美馬町(現:美馬市
生年月日 (1957-06-11) 1957年6月11日(64歳)
身長
体重
180 cm
80 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1982年 ドラフト外
初出場 1983年9月13日
最終出場 1992年9月9日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
コーチ歴

中本 茂樹(なかもと しげき、1957年6月11日 - )は、徳島県美馬市出身の元プロ野球選手投手)・コーチ

来歴・人物[編集]

徳島商業でエースとして活躍し、高校卒業後の1976年同志社大学へ進学。関西六大学リーグでは3年次の1978年秋季、4年次の1979年秋季に優勝に貢献。1978年の明治神宮野球大会では決勝で松沼雅之のいた東洋大を降して初優勝を果たし、1979年の第8回日米大学野球選手権大会日本代表に選出される。リーグ通算54試合登板、31勝9敗、211奪三振、防御率1.49を記録。記者クラブ賞2回、ベストナイン2回も受賞。大学同期に島田芳明がいた。

大学卒業後は1980年日本生命へ入社し、同年の日本選手権では準々決勝で松下電器長谷部優と投げ合うが、9回裏逆転サヨナラ負けを喫する。同年の世界アマチュア野球選手権日本代表にも選出され、優勝のかかったキューバ戦で先発に起用されて長谷部、竹本由紀夫と無失点で繋ぐが、竹本が本塁打を浴び0-1で惜敗、3位に終わった。1981年都市対抗では、1回戦でリッカー中西清起と投げ合うが敗退[1]

1982年オフにドラフト外ヤクルトスワローズへ入団。

1984年には中継ぎ、抑えとして38試合に登板。その後もリリーフとして活躍する。

1988年には5月から先発として起用される。6月7日巨人戦(郡山)でプロ初完投勝利を記録。

1989年も先発として活躍する。

1990年には再び救援中心に戻った。

1992年限りで現役を引退。

引退後は台湾に渡り、統一1993年 - 1994年, 1996年 - 2003年)、俊国1995年)、誠泰2004年)で投手コーチを歴任。

2006年巨人アジア地域担当スカウトに就任。

2008年からは育成担当コーチ兼任となった。

2011年まで務めた。

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
1983 ヤクルト 12 0 0 0 0 1 0 2 -- 1.000 93 22.2 17 3 10 1 0 11 0 0 7 6 2.38 1.19
1984 38 0 0 0 0 2 5 6 -- .286 291 64.1 71 10 33 5 1 41 0 0 43 39 5.46 1.62
1985 44 1 0 0 0 2 4 1 -- .333 267 63.0 58 5 29 1 2 29 1 0 32 28 4.00 1.38
1986 45 0 0 0 0 3 3 6 -- .500 239 58.2 63 3 19 1 2 23 0 0 27 26 3.99 1.40
1987 40 0 0 0 0 0 0 3 -- ---- 189 47.1 47 7 13 3 1 21 0 0 20 18 3.42 1.27
1988 42 20 2 0 0 5 7 0 -- .417 616 147.2 141 9 47 5 2 43 5 0 64 59 3.60 1.27
1989 22 15 2 0 0 5 6 1 -- .455 406 94.0 116 15 22 0 3 31 1 0 50 46 4.40 1.47
1990 12 1 0 0 0 0 0 0 -- ---- 104 22.1 34 3 5 1 1 8 0 0 19 15 6.04 1.75
1991 22 2 0 0 0 1 0 1 -- 1.000 160 39.0 38 1 11 1 1 19 2 0 10 8 1.85 1.26
1992 32 0 0 0 0 2 1 3 -- .667 195 44.2 52 8 15 2 1 23 2 0 24 19 3.83 1.50
通算:10年 309 39 4 0 0 21 26 23 -- .447 2560 603.2 637 64 204 20 14 249 11 0 296 264 3.94 1.39

記録[編集]

背番号[編集]

  • 20 (1983年 - 1992年)
  • 73 (1993年 - 1994年、1996年 - 2002年)
  • 71 (1995年)
  • 83 (2003年)
  • 75 (2004年)
  • 115 (2008年 - 2010年)
  • 104 (2011年 )

脚注[編集]

  1. ^ 「都市対抗野球大会60年史」日本野球連盟 毎日新聞社 1990年

関連項目[編集]

外部リンク[編集]