日本とグルジアの関係

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日ジョージア関係
GeorgiaとJapanの位置を示した地図

グルジア

日本

日本とジョージアの関係は、1991年にグルジア共和国(ジョージア)がソビエト連邦より独立した翌年に築かれた。日本国政府は1991年12月、かつてソ連を構成した12ヶ国の内、グルジアを除く11ヶ国を承認している。しかしグルジアは、CISへの未加盟、人権問題、大統領派と反大統領派の武力衝突を理由に、承認を見送っていた[1]。その後政治的混乱が収拾されたことで承認する方針へ切り替えられ、1992年4月3日に日本はグルジアを国家承認した[2][3]

1992年8月3日枝村純郎ロシア日本大使とブリドル外務次官が外交関係開設に関わる書簡を交換し、国交を樹立した[4]。翌1993年7月3日、枝村ロシア大使がグルジア大使を兼務する[5]

日本はジョージアへ、経済文化向上のための援助を拡大し続けている。両国間における貿易収支は、日本が自動車工業製品を輸出し、グルジアが農産物鉱物を輸出する形で、日本側の大幅貿易黒字である。

1999年、当時のグルジア大統領エドゥアルド・シェワルナゼが公式実務訪問として来日し[6]2007年にはミヘイル・サアカシュヴィリ大統領が実務訪問賓客として訪れた[6]。2014年12月にはマルグヴェラシヴィリ大統領が実務訪問賓客として来日[6]

2006年以来、グルジアは東京大使館を構えている。2008年2月、初代駐日大使としてイワネ・マチャワリアニが着任し、2月8日に信任状を捧呈した[7]

日本大使館は、グルジア独立以来、在ロシア大使館が兼轄し、後に在アゼルバイジャン大使館が兼轄してきた。2009年1月1日、日本は在グルジア大使館を開設し[3]、同年2月13日に蒲原正義がグルジア大使に任ぜられた[8]

2009年3月の外相会談で、日本語におけるグルジアはロシア語読みに基づいており(グルジア#国名も参照)、英語読みのジョージアに変更してほしいと申し出ている。これはグルジア側の反露感情によるものと考えられている。なお、安倍晋三内閣総理大臣は2014年10月24日、グルジアのマルグベラシビリ大統領との首脳会談の席上、「グルジアの国名表記に関し、マルグベシビリ大統領の要請に応じて英語表記に基づいた『ジョージア』に変更する方向で検討する」旨の応答を行った[9]。これを受けて2015年の第189通常国会にて日本政府が在外公館の名称及び位置並びに在外公館に勤務する外務公務員の給与に関する法律の改正案を提出し、4月14日に改正法が成立した[10]

脚注[編集]

  1. ^ 「10共和国を政府が承認 グルジアを除く」 『朝日新聞』 1991年12月29日
  2. ^ 「グルジアを承認の方針 政府、来月3日にも」 『朝日新聞』 1992年3月27日
  3. ^ a b 二国間関係 1政治関係」『ジョージア(Georgia)基礎データ』日本国外務省、2016年7月24日閲覧
  4. ^ 「政府、グルジアと国交 『朝日新聞』 1992年8月4日
  5. ^ 「外務省人事(3日付)」 『朝日新聞』 1993年7月3日
  6. ^ a b c 二国間関係 6要人往来」『ジョージア(Georgia)基礎データ』日本国外務省、2016年7月24日閲覧
  7. ^ 初代駐日グルジア大使の信任状捧呈について」 『報道発表』 外務省、2008年2月7日
  8. ^ 「外務省人事(13日付)」 『朝日新聞』 2009年2月14日
  9. ^ 日・グルジア首脳会談 日本国外務省 2014年10月26日付
  10. ^ 「グルジア」→「ジョージア」に 国名呼称変更の法案成立 産経新聞 2015年4月14日閲覧

外部リンク[編集]