壊れた扉から

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壊れた扉から
THROUGH THE BROKEN DOOR
尾崎豊スタジオ・アルバム
リリース
録音 ソニー信濃町スタジオ
ジャンル ロック
時間
レーベル CBSソニー
プロデュース 須藤晃
Heart Of Klaxon
チャート最高順位
尾崎豊 年表
回帰線
(1985年)
壊れた扉から
(1985年)
LAST TEENAGE APPEARANCE
1987年
壊れた扉から収録のシングル
  1. DRIVING ALL NIGHT
    リリース: 1985年10月21日
  2. Forget-me-not
    リリース: 2001年4月25日
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壊れた扉から』(こわれたとびらから)は、日本のミュージシャンシンガーソングライターである尾崎豊の3作目のアルバム。英題は『THROUGH THE BROKEN DOOR』(スルー・ザ・ブロークン・ドア)。

背景[編集]

前作『回帰線』がオリコンチャート1位を獲得、続くコンサートツアー「TROPIC OF GRADUATION TOUR」も前回のツアーの2倍もの規模になっていた。ツアー最終日である8月25日に実施された大阪球場では2万人を動員する[1]

そのツアーの途中から、本作のレコーディングは開始する。尾崎豊本人が1985年11月29日の誕生日で20歳を迎えるため、10代である内に3枚目のアルバムを出そうというスタッフの思惑から強行スケジュールでレコーディングされた[1]。そして、誕生日前日にぎりぎり間に合い発売された[注釈 1]

このアルバムは尾崎のバックバンドである「Heart Of Klaxon」と尾崎とで作るアルバムとして企画され、制作された[2][3]。しかし、須藤らの意向もあり、完全にHeart Of Klaxonがアルバムを監修することはできなかった[注釈 2]


録音[編集]

レコーディングはソニー信濃町スタジオで行われた。プロデューサーは前作に続き須藤晃が担当している。

3曲目の「Forget-me-not」、6曲目の「Freeze Moon」や7曲目の「Driving All Night」などは一発録りでレコーディングされたテイクを使用している[4]。誕生日前日のティーンエイジャー最後の日に発表することは、須藤と尾崎の間でプライベート・コントラクトとして確認されていた[5]

前作に続き全ての作詞、作曲を尾崎が行っており、編曲に関しては基本的に西本明町支寛二が仕切り、一部の曲で尾崎自身がバックバンドとともにアレンジを行っている[6]

前述の通り、アルバムリリースから先行する形で開始した「LAST TEENAGE APPEARANCE TOUR」の合間を縫うようにしてレコーディングが進められていたが、最後の1曲である「Forget-me-not」の歌詞製作が頓挫し、スタッフは全員泊まり込み状態となり、着替えを用意して何日もかかりっきりの状態となった。その日の内に歌入れをすませて完成させなければ11月28日にリリースできなくなるという状況下で、真夜中に尾崎は廊下に寝そべって歌詞を考えていた。その後、尾崎は一度帰宅したいと要望し、須藤は朝日が昇るまでにスタジオに戻るよう条件を付けて帰宅させる。しかし、陽は昇り、諦めかけたスタッフの前に、ワイン2本と折詰の寿司、「Forget-me-not」の詞を書いた大学ノートを抱えた尾崎がスタジオの顔を出し、すぐに録音したものが本作に収められているテイクとなった[7]

音楽性[編集]

本作に関して尾崎は「3枚目のアルバムで、20歳になるという意味合いをこめて、何もかもゼロに戻して考え直してみたいと思った。そういう気持ちから『路上のルール』っていう曲ができた。たぶん10代を過ぎたら、僕は新しい意識に目覚めて生活していかなくちゃいけないだろうし、そういった歌を歌わなくちゃいけないと思ってた。学生じゃない、大人としての自分を見つけなきゃいけないと考え始めて、つまり扉を開けて一歩踏み出さなきゃって思い始めたんです。で、いまになってみると自分はすでにその扉を開いていた、一歩を踏み出していたということに気づいたんです。それで振り返ってその扉を見ると、それはもう壊れて街の中に埋もれてくる、そういうイメージがあったんです。手にしたと思うともうそれは失われていて、というか。次の扉を見つけなくちゃいけない、あるいは作らなくちゃいけない、そういう気持ちですね」と語っている[8]

ツアー[編集]

本作リリース前より、十代最後のツアーとして「LAST TEENAGE APPEARANCE TOUR」が、1985年11月1日の四日市市民文化会館を皮切りに26都市27公演行われている。

11月14日、15日には代々木オリンピックプール第一体育館にてライブを行い、2日間で3万人を動員している。

このツアーの模様は、後にライブ・アルバム『LAST TEENAGE APPEARANCE』(1987年)や、『MISSING BOY』(1997年)、ライブ・ビデオ『LAST TEENAGE APPEARANCE』(1997年)やDVD『625 DAYS』(2005年)に収録されている。

また、本作発売日のほぼ1ヶ月後の1986年1月1日の福岡国際センターでのライブ後に、尾崎は無期限活動休止宣言を発表、1986年の6月に渡米し、マスメディアから完全に姿を消してしまう。

批評[編集]

専門評論家によるレビュー
レビュー・スコア
出典 評価
文藝別冊 尾崎豊
(松井巧)
肯定的[6]
文藝別冊 尾崎豊
和合亮一
肯定的[9]
文藝別冊 尾崎豊
(北小路隆志)
肯定的[10]
音楽誌が書かないJポップ批評 尾崎豊 肯定的[11]

音楽評論家の松井巧は「スピードとエッジを利かせた『路上のルール』や『Freeze Moon』、『Driving All Night』などのロックンロール、感傷的な情景描写のバラード・ナンバー『米軍キャンプ』など、楽曲、サウンドともにファースト・アルバムから劇的な飛躍を遂げているわけではなく、次作『街路樹』での変化と比較するとこのアルバムには10代である自らを総括する意図があったのではないか」と述べている[6]

詩人の和合亮一は「情感の行方をよりはっきりと伝えている一方で、完成されてゆく音楽の調和そのものをどこかで恐れている尾崎の姿がある」と述べている[9]

評論家の北小路隆志は「コーラス・アレンジの優れた『失くした1/2』、ブラック・ミュージックのテイストが入った『彼』、シンセサイザーを前面に押し出した『米軍キャンプ』や『誰かのクラクション』など、前作で前面に出た対社会的なメッセージ色は薄められ、ソングライターとしての成熟を目指す作りになっており、アレンジ上の工夫についても意欲的になっている」と述べている[10]

フリーライターの河田拓也は、「前2作に顕著だったストレートな主張や反抗のトーンはほとんど感じられない。(中略)ツアーバンド『ハート オブ クラクション』と尾崎自身によるアレンジの曲が大半。バンドっぽい一体感が強調された演奏とミックスは、分厚くなったコーラスアレンジとも相俟って、80年代半ばの50'sリバイバルの空気とも共振している。ツアーの合間を縫っての慌ただしいレコーディングを思わせるように、ボーカルはややラフだけれど、長いツアーや大会場ライブで得た自信を反映して勢いがある。前2作のひりひりとした切なさや孤独のトーンは後退して、むしろ街の息吹や時代の風俗のざわめきを、尾崎の作品中もっとも感じさせるものになっている」と評している[11]

収録曲[編集]

A面
全作詞・作曲: 尾崎豊。
# タイトル 作詞 作曲・編曲 編曲 時間
1. 路上のルール(RULES ON THE STREET) 尾崎豊 尾崎豊 西本明
2. 失くした1/2(ALTERNATIVE) 尾崎豊 尾崎豊 西本明
3. Forget-me-not 尾崎豊 尾崎豊 西本明
4. (GRIEF) 尾崎豊 尾崎豊 Yutaka Ozaki & Heart Of Klaxon
5. 米軍キャンプ(BASE CAMP) 尾崎豊 尾崎豊 西本明
B面
# タイトル 作詞 作曲・編曲 編曲 時間
6. Freeze Moon     Yutaka Ozaki & Heart Of Klaxon
7. Driving All Night     Yutaka Ozaki & Heart Of Klaxon
8. ドーナツ・ショップ(DONUTS SHOP)     Yutaka Ozaki & Heart Of Klaxon
9. 誰かのクラクション(SOMEBODY BEEPS A KLAXON)     西本明
合計時間:

曲解説[編集]

A面[編集]

  1. 路上のルール - RULES ON THE STREET
    今アルバム発売前に開催された1985年11月14日の代々木オリンピックプール第一体育館でのライブにて初披露された。
  2. 失くした1/2 - ALTERNATIVE
    ライブでは1986年行った「LAST TEENAGE APPEARANCE TOUR」の最終日、1987年の「TREES LINING A STREET TOUR」のみで歌われており、キーが2つ下がっている。
  3. Forget-me-not
    詳細は「Forget-me-not」の項を参照。
  4. - GRIEF
    ライブツアー「LAST TEENAGE APPEARANCE TOUR」、「TREES LINING A STREET TOUR」では、「Heart Of Klaxon」のサクソフォンの阿部剛がコーラスを担当していた。
  5. 米軍キャンプ - BASE CAMP
    尾崎が練馬区で過ごした少年時代に「グラントハイツ」と呼ばれていたアメリカ空軍の家族宿舎を背景にした曲。1985年5月に開始した尾崎のライブツアー「TROPIC OF GRADUATION TOUR」から歌われていた。

B面[編集]

  1. Freeze Moon
    原題は「ドンデン」。その後「バーガー・ショップ」となったが「ドーナツ・ショップ」と区別するために「Freeze Moon」となった[4]。「Freeze Moon」は『月を凍らせろ』という意味[4]。今アルバム発売前からライブではたびたび演奏されていたが、一部の歌詞が異なっていた。この曲はほとんどのライブで演奏されており[注釈 3]、ライブではほとんど演奏中にMCが入ることが多く、また、ライブによって歌詞やMCは違うものとなっていることが多かった[注釈 4]。1992年に同名の写真集『FREEZE MOON』(角川書店 ISBN 4048511009)が発売されている。
  2. Driving All Night
    1985年10月21日に発売されたシングル版では『DRIVING ALL NIGHT』と大文字となっている。詳細は「Driving All Night」の項を参照
  3. ドーナツ・ショップ - DONUTS SHOP
    アウトロ部分に尾崎による語りが入っている。
  4. 誰かのクラクション - SOMEBODY BEEPS A KLAXON
    1985年に同名の著書『誰かのクラクション』(角川書店ISBN 4048831925)を上梓している。また1985年10月から1986年3月、1986年10月から1987年3月にかけて尾崎がパーソナリティーを務めた同名のラジオ番組が東海ラジオでオンエアされていた。

スタッフ・クレジット[編集]

参加ミュージシャン[編集]

スタッフ[編集]

  • 須藤晃 - プロデューサー
  • 助川健 - レコーディング、ミックス・エンジニア
  • 田島照久 - デザイン、アート・ディレクション、写真撮影
  • 渡邉茂実 - セカンド・エンジニア
  • 大野邦彦 - セカンド・エンジニア
  • 中村悦弘 - アシスタント・エンジニア
  • 鈴木浩二 - アシスタント・エンジニア
  • 田和一樹 - アシスタント・ディレクター
  • 笠井鉄平 - マスタリング・エンジニア
  • 浜野啓介 - ソニー・レコード・プロモーション・スタッフ

リリース履歴[編集]

No. 日付 レーベル 規格 規格品番 最高順位 備考
1 1985年11月28日 CBSソニー LPCT 28AH-1950 (LP)・28KH1651 (CT) 5位
2 1986年3月31日 CBSソニー CD 32DH291 - スリムケース仕様
3 1991年5月15日 ソニー・ミュージックレコーズ CD SRCL1912 7位 通常ケース
4 1992年11月1日 ソニー・ミュージックレコーズ MD SRYL7056 -
5 1995年4月25日 ソニー・ミュージックレコーズ CD SRCL3206 5位 CD-BOXTEENBEAT BOX』収録
6 2001年4月25日 ソニー・ミュージックレコーズ CD SRCL5078 - 紙ジャケット仕様(限定生産品)
7 2004年10月27日 ソニー・ミュージックレコーズ CD SRCL10013 93位 CD-BOX『TEENBEAT BOX 13th MEMORIAL VERSION』収録
8 2007年4月25日 ソニー・ミュージックレコーズ CD SRCL6533 80位 CD-BOX『71/71』収録
9 2009年4月22日 ソニー・ミュージックレコーズ ブルースペックCD SRCL20003 - 24ビット・デジタル・リマスタリング(限定生産品)

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 日本の法律では誕生日の前日をもって満年齢が加算されるためこの表現は正確ではないが、「発売日」と設定された日の前日には店頭に並ぶことが通常である。
  2. ^ 須藤は、Heart Of Klaxonが監修するにあたって、「十分なリハーサルと、十分なレコーディングのスタジオ時間を必要不可欠だ」(「尾崎豊 覚え書き」P32)としたが、多忙なツアーの合間をぬって制作されたため、完全に監修することはできなかった。
  3. ^ この曲が最初に歌われたのは1984年12月にはじまった『FIRST LIVE CONCERT TOUR』で、その後に行われたライブツアー(『TROPIC GRADUATION TOUR』、『LAST TEENAGE APPEARANCE TOUR』、『TREES LINING A STREET TOUR』、『LIVE CORE』、『1991 BIRTH TOUR』)では欠かさず演奏されている。
  4. ^ ライブバージョンはライブ・アルバムの『OSAKA STADIUM on August 25th in 1985 Vol.2』やライブ・ビデオの『LAST TEENAGE APPEARANCE』、『約束の日 LAST APPEARANCE 完全版』、『OZAKI FILM ALIVE AT ARIAKE COLOSSEUM IN 1987 THE TWENTY-FIRST SUMMER』、『LIVE CORE 完全版〜YUTAKA OZAKI LIVE IN TOKYO DOME 1988・9・12』などで聞くことが出来る。

出典[編集]

  1. ^ a b 「THE HISTORY OF YUTAKA OZAKI PART 2」『地球音楽ライブラリー 尾崎豊』 TOKYO FM出版、1999年11月29日、101 - 112頁。ISBN 9784887450417
  2. ^ 武田徹 - 『尾崎が微笑んだ夜』(1993年)
  3. ^ 須藤晃 「第一章 尾崎豊 追憶」『尾崎豊 覚え書き』 小学館文庫1998年1月1日、29 - 34頁。ISBN 9784094021011
  4. ^ a b c 長緒隆也  -『尾崎豊物語』(2002年)
  5. ^ 須藤晃 - 「尾崎豊 覚え書き」P32
  6. ^ a b c 松井巧 「オリジナルアルバム紹介」『文藝別冊 尾崎豊』 河出書房新社2001年4月20日、174頁。ISBN 9784309976068
  7. ^ 須藤晃 「第一章 尾崎豊 追憶」『尾崎豊 覚え書き』 小学館文庫、1998年1月1日、37 - 41頁。ISBN 9784094021011
  8. ^ 「YUTAKA OZAKI ALBUM GUIDE」『地球音楽ライブラリー 尾崎豊』 TOKYO FM出版、1999年11月29日、42 - 45頁。ISBN 9784887450417
  9. ^ a b 和合亮一 「オリジナルアルバム紹介」『文藝別冊 尾崎豊』 河出書房新社、2001年4月20日、175頁。ISBN 9784309976068
  10. ^ a b 北小路隆志 「オリジナルアルバム紹介」『文藝別冊 尾崎豊』 河出書房新社、2001年4月20日、175頁。ISBN 9784309976068
  11. ^ a b 河田拓也 「PART 3 尾崎ソングス完全燃焼レビュー」『音楽誌が書かないJポップ批評 尾崎豊』 宝島社2008年8月2日、148 - 151頁。ISBN 9784796665438