ディロング

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ディロング
復元骨格
地質時代
前期白亜紀バレミアン, 126 Ma
分類
ドメイン : 真核生物 Eukaryota
: 動物界 Animalia
: 脊索動物門 Chordata
亜門 : 脊椎動物亜門 Vertebrata
: 爬虫綱 Reptilia
亜綱 : 双弓亜綱 Diapsida
下綱 : 主竜形下綱 Archosauromorpha
上目 : 恐竜上目 Dinosauria
: 竜盤目 Saurischia
亜目 : 獣脚亜目 Theropoda
階級なし : 鳥吻類 Averostra
下目 : テタヌラ下目 Tetanurae
階級なし : コエルロサウルス類 Coelurosauria
階級なし : ティラノラプトラ Tyrannoraptora
上科 : ティラノサウルス上科 Tyrannosauroidea
: ディロング属 Dilong
学名
Dilong
Xu et al., 2004

ディロング (中国語 帝龍学名 Dilong) は、基盤的なティラノサウルス上科の属の1つ[1]。発見されている種はディロング・パラドクサス1種のみ。約1億2600万年前に当たる前期白亜紀バレミアン中華人民共和国遼寧省西部北票市陸家屯の近くの熱河層群から産出している[2]

発見[編集]

中国東北部遼寧省は化石の産出が多い。1億3000万年前から1億2000万年前にかけて火山噴火が繰り返され、生物の死体が火山灰に覆われたため、保存状態の良好な化石が数多く埋没してる。ディロングが発見された地点がそうであるほか、同じくティラノサウルス上科に属するユウティラヌスも同様である[3]

ディロングは2004年徐星により記載された[4]属名 Dilong中国語における呼び名「帝龍」(ピンイン: dìlóng; ティーロン)に由来しており、「帝」はティラノサウルス科の王であるティラノサウルスとの関係を反映し、「龍」は西洋のラテン語-saur(us) と同様に用いられている。模式種の種小名 paradoxus古代ギリシャ語由来のラテン語で、「常識に反する」の意。

形態[編集]

ディロングとヒトの大きさ比較

北京の中国科学院古脊椎動物古人類学研究所が所蔵する模式標本 IVPP 14243 は、半ば繋がった完全に近い骨格である。ほぼ完全な頭骨および仙椎より前方の椎骨を含む IVPP 1242、天津自然史博物館が所蔵する部分的な頭骨 TNP01109、もう1つの頭骨 IVPP V11579 もディロングあるいは近縁種のものである。ディロングの模式標本は1.6メートルほどであるが、これは若い個体と考えられており、完全に成長すると2メートルを超えた可能性がある。

四肢は長く、それぞれ獲物の捕獲と俊敏な走行に役立った。また、前肢は3本指であった[3]

羽毛[編集]

ディロングの体は単純な羽毛あるいはプロトフェザーに覆われており、尾と顎の付近の皮膚の印象化石に羽毛が確認されている。これは現生鳥類の羽毛と同一のものではなく、中心の軸を欠く単純な糸状の構造である。飛翔することはできず、保温のために用いられていた。なお、カナダアルバータ州の成体のティラノサウルスモンゴルの成体のタルボサウルスには他の獣脚類に典型的な滑らかで凹凸のあるに覆われた印象化石がみられる。徐星らの2004年の論文では、ティラノサウルス上科は体の部位によって肌の様子が異なり、羽毛と鱗が混在していた可能性もあると推測されている。また、羽毛は体格と負の相関を持つと推測され、身体が小さいために体温が下がりやすいティラノサウルスの幼体は羽毛を持ち、成長とともに保温が不要となって抜け落ちたという仮説が提出されている[4]

分類[編集]

復元図
模式標本

ディロングが最初に記載されたとき、ティラノサウルス・レックスといった後の巨大なティラノサウルス科を含む分類群であるティラノサウルス上科の最も初期かつ最も原始的な属と考えられた。後に2007年のターナーらの研究により、ディロングを含むコエルロサウルス類の恐竜が再分析され、ディロングは系統学においてティラノサウルス上科よりも2段階上の進化した位置に置かれた。ティラノサウルス上科から除外され、コエルルスより派生的でコンプソグナトゥス科より原始的とされたのである[5]。しかしながら他の研究ではディロングはティラノサウルス上科として扱われ続け、2010年のカールとウィリアムソンによる研究などにより、ディロングは派生的なコエルロサウルス類ではなく再びティラノサウルス上科に分類された[6]

以下のクラドグラムは Loewen らの2013年の研究に基づき、大半のティラノサウルス上科の系統を示す[7]

ティラノサウルス上科
プロケラトサウルス科

プロケラトサウルス

キレスクス

グアンロン

シノティラヌス

ジュラティラント

ストケソサウルス

ディロング

エオティラヌス

バガラアタン

ラプトレックス

ドリプトサウルス

アレクトロサウルス

シオングアンロン

アパラチオサウルス

アリオラムス・アルタイ

アリオラムス・レモトゥス

ティラノサウルス科

2014年の研究でディロングはプロケラトサウルス科に分類された。しかし、最大節約法ベイズ推定を用いたブルサッテらによる2016年の系統解析でディロングはプロケラトサウルス科から除外され、よりわずかに派生したティラノサウルス上科に位置付けられた[8]

古生態[編集]

身体能力[編集]

後肢が長いためディロングは俊足でもあった[3]。ただしアークトメタターサルを進化させた後のティラノサウルス亜科よりは走行性能が低かったとする研究もあるが、それでも恐竜全体で見れば俊足であった。なおディロングの中足骨はアークトメタターサルになりかけの状態であり、グループ内での進化の様子を知る手掛かりになっている[4]

五感[編集]

頭蓋の解析から、ディロングは薄い髄膜に保護されたS字型の脳を持つことが示唆されており、これは厚い髄膜で保護された線状の脳を持つティラノサウルスとは異なっている。これはワニと同様に体格と相関関係があるとされている。ディロングの巨大な片葉はディロングが俊敏で平衡感覚に長けていたことを示唆している。一方で嗅索は小さく、ティラノサウルスや後のティラノサウルス科ほどディロングの嗅覚が洗練されていなかったことが示されている[9]

出典[編集]

  1. ^ Juan D. Porfiri; Fernando E. Novas; Jorge O. Calvo; Federico L. Agnolín; Martín D. Ezcurra; Ignacio A. Cerda (2014). “Juvenile specimen of Megaraptor (Dinosauria, Theropoda) sheds light about tyrannosauroid radiation”. Cretaceous Research 51: 35–55. doi:10.1016/j.cretres.2014.04.007. 
  2. ^ Chang, S.-C.; Gao, K.-Q.; Zhou, Z.-F.; Jourdan, F. (2017). “New chronostratigraphic constraints on the Yixian Formation with implications for the Jehol Biota”. Palaeogeography, Palaeoclimatology, Palaeoecology 487: 399–406. doi:10.1016/j.palaeo.2017.09.026. http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0031018217304832. 
  3. ^ a b c スティーヴン・ブルサット、真鍋真(監修)「王者の系譜 ティラノサウルスの実像」『別冊日経サイエンス よみがえる恐竜 最新研究が明かす姿』、日経サイエンス社、2017年、31-32頁、ISBN 978-4-532-51220-0 
  4. ^ a b c Xu, X.; Norell, M. A.; Kuang, X.; Wang, X.; Zhao, Q.; Jia, C. (2004). “Basal tyrannosauroids from China and evidence for protofeathers in tyrannosauroids”. Nature 431 (7009): 680–684. doi:10.1038/nature02855. PMID 15470426. http://www.geo.arizona.edu/geo3xx/geo308/FoldersOnServer/2004/nature02855.pdf. 
  5. ^ Turner, A.H., Pol, D., Clarke, J.A., Erickson, G.M., and Norell, M. (2007). "Supporting online material for: A basal dromaeosaurid and size evolution preceding avian flight". Science, 317: 1378-1381. doi:10.1126/science.1144066 (supplement)
  6. ^ Carr T.D.; Williamson T.E. (2010). “Bistahieversor sealeyi, gen. et sp. nov., a new tyrannosauroid from New Mexico and the origin of deep snouts in Tyrannosauroidea”. Journal of Vertebrate Paleontology 30 (1): 1–16. doi:10.1080/02724630903413032. 
  7. ^ Loewen, M.A.; Irmis, R.B.; Sertich, J.J.W.; Currie, P. J.; Sampson, S. D. (2013). Evans, David C. ed. “Tyrant Dinosaur Evolution Tracks the Rise and Fall of Late Cretaceous Oceans”. PLoS ONE 8 (11): e79420. doi:10.1371/journal.pone.0079420. PMC 3819173. PMID 24223179. http://www.plosone.org/article/info%3Adoi%2F10.1371%2Fjournal.pone.0079420. 
  8. ^ Brusatte, Stephen L.; Carr, Thomas D. (2016-02-02). “The phylogeny and evolutionary history of tyrannosauroid dinosaurs” (英語). Scientific Reports 6 (1). doi:10.1038/srep20252. ISSN 2045-2322. https://www.nature.com/articles/srep20252. 
  9. ^ Kundrát, Martin; Xu, Xing; Hančová, Martina; Gajdoš, Andrej; Guo, Yu; Chen, Defeng. “Evolutionary disparity in the endoneurocranial configuration between small and gigantic tyrannosauroids”. Historical Biology. doi:10.1080/08912963.2018.1518442.