イギリス式庭園

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スタウアヘッド・ガーデン

イギリス式庭園(English garden, English park)は、西洋風の庭園の様式のひとつ。狭義では、平面幾何学式庭園フランス式庭園)に対して自然の景観美を追求した、広大な苑池から構成されるイギリス風景式庭園を指す。この意味のほかに、19世紀のイギリスで認識されるようになったコテージガーデンen:Cottage garden)などの園芸様式を含めて用いることもあり、現代日本において家庭園芸(ガーデニング)用語として使われる「イングリッシュガーデン」は、この流れを汲む。

イギリス式庭園の展開[編集]

自然美の賛美と風景式庭園の発展[編集]

クロード・ロランの絵画
ストウ庭園

イギリスにおいて風景式庭園の着想が生まれ発展を遂げた背景には、古典主義の写実的な風景画の影響があったと考えられている。すなわち、17世紀にクロード・ロランなどが地中海風景や古代風建築を描いた絵画がイギリス貴族の間で流行し、それらは彼らの邸宅の壁に飾られることとなったが、さらに彼らは、壁の絵ではなく窓外の現実風景にこれら絵画のような理想的風景を造り上げることを望むようになったのである。風景式庭園の基礎を築いたウィリアム・ケントが、庭師の経験のない画家だったことは、象徴的な事実である。

この流れを受け、18世紀イギリスにおいて、庭園の中に自然風景の美しさを入れようとする動きが現れた。さらにこうした思想をジャーナリストなどの文筆家が主導し、理念の形成に寄与した。この時代に最初に整形式の庭園に対して批判を述べているのは、アントニー・アシュリー=クーパー (第3代シャフツベリ伯爵)である。彼は、1709年に記した『モラリストたち』において、あるがままの自然を賛美し、これを整形式庭園の美学と正反対のものとして対比し、人工美の庭園よりも大自然の優美さを賞賛した。これに影響を受けた随筆家詩人ジョセフ・アディソンは、専門誌『スペクテイター』で庭園に関する論説を執筆、1712年の414号と477号などで、自由と思想性と自然賛美を結びつけ、フランス式庭園などのヴィスタ(見通し景)の拘束性を攻撃した。アディソンは、南欧の庭園を擬似自然であるとし、それらは「著作や神話を題材としたフィクションの自然である」と述べ、庭園美と自然風景美とを一体として捉えるという試みを提唱し、その後自身が所有する土地に自然を模した庭園を実際に作庭した。また、同時期、詩人アレキサンダー・ポープも、専門誌「ガーディアン」で、1713年によせた随筆トピアリーのあり方について非難し、さらにその非難は整形式庭園にまで及び、自然美を賛美した。しかし、ホープが自身の領地で作庭した庭園は、風景式庭園ではなかった。

ガートルード・ジーキル以降[編集]

19世紀後半から20世紀初頭にかけてイギリスで活躍した女性園芸家ガートルード・ジーキルは、従来のイギリス風景式庭園に対するアンチテーゼとして、自然な植栽と自生植物を生かした造園を提唱した。また、色彩の調和の重要性を説き、花壇作りやウッドランドで実践したカラー・スキーム(色彩設計)の手法を発展させ、庭園設計の技法として用いることを考案した。さらに、建築家エドウィン・ラッチェンスの建築様式と造園家ウィリアム・ロビンソンの自然式の庭園との融合発展につとめ、コテージガーデンなどに代表される造園手法の源流を築いた。なお、後述の通り、日本の家庭園芸の文脈において、注釈なしに「イングリッシュガーデン」との語が用いられる場合、ジークル以降の色彩計画の手法に則って設計された風景式庭園よりも小規模な庭園の様式を指すことがある。

代表的なイギリス風景式庭園[編集]

イギリス[編集]


フランス[編集]


ドイツ[編集]


ヨーロッパ以外への影響[編集]

イギリスの植民地とされた地域や強い影響下に置かれた地域では、イギリス人作庭家によるイギリス式の庭園の制作が行われている。


日本における受容[編集]

新宿御苑の「イギリス風景式庭園」
須磨離宮公園の「整形庭園」

日本のイギリス式庭園[編集]

近代日本において洋館が建設されるようになると、これに付随して西洋風の庭園も制作されるようになった。「イギリス式庭園」をヒントに芝庭や西洋風あずまやなどイギリスの風景式庭園に見られる要素が導入された。日本に導入されたのはランスロット・ブラウン以降の、館の付近は整形式で館から離れていくにつれて風景式になる、また西洋以外の異国文化の要素を取り入れた折衷式の「西洋風庭園」として作庭・鑑賞されることが多い。フランスのベルサイユ園芸学校校長アンリ・マルチネの設計により1906年に完成した新宿御苑や1914年に完成した武庫離宮(大正天皇離宮、現須磨離宮公園)庭園は「平面幾何学式庭園」「風景式庭園」「日本庭園」等の要素からなり、当時のイギリスで流行した設計法を用いていることがわかる。

戦後日本においてはおもに観光用として、公共団体や民間企業によって本格的なイギリス風景式庭園を志向した(と称される)大規模な庭園、イングリッシュガーデンを本場のガーデンデザイナーを連れてきて作っているもの、が増加している。

日本の家庭園芸におけるイギリス式庭園[編集]

日本において、「イングリッシュガーデン」との語が家庭園芸(ガーデニング)用語として用いられる場合、色彩計画の手法に則って造園された風景式庭園よりも小規模な庭園を指すことが多い。個人住宅や店舗の庭のほか、集合住宅のベランダにも造園される。色彩計画に従った庭園全体の調和に配慮した造園が行われ、レンガ・ウッドデッキ・ラティスフェンス・屋外家具・テラコッタといった西洋風の装飾品が用いられ、バラが植えられることが多い。

関連項目[編集]