だるま二郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
だるま じろう
だるま 二郎
本名 まえかわ じろう
前川 次郎
生年月日 (1951-10-06) 1951年10月6日(66歳)
出生地 日本の旗 日本広島県
身長 165cm
血液型 A型
職業 俳優声優
主な作品
テレビドラマ
秘密戦隊ゴレンジャー
テレビアニメ
あしたのジョー2

だるま 二郎(だるま じろう、1951年10月6日[1] - )は、日本の元俳優。本名:前川 次郎(まえかわ じろう)[1]

広島県出身[1]身長165cm、体重100kg[1]広陵高等学校卒業[1]

来歴・人物[編集]

山陽国策パルプ岩国工場に勤務していたが、歌手を志していた実兄に影響されて1974年に俳優養成所に入り、体型を見た小島三児によって「だるま二郎」と命名される[2]

1970年代後半から1980年代前半にかけて俳優として活動し、1976年には『秘密戦隊ゴレンジャー』(NET)に、熊野大五郎 / 2代目キレンジャー役で出演。特技は柔道[1]

キレンジャーは畠山麦が演じていたが、舞台出演のためスケジュールの都合がつかなくなり、急遽代役のオーディションが行われだるまが抜擢された。このため、初登場(第55話)のオープニングでは、畠山が演じた映像に「熊野大五郎 / だるま二郎」のテロップがされていた(第56話以降は、だるまの映像を用いた新オープニングに変更された)。後に畠山のスケジュールが確保されたため、第67話で「殉職」という形で降板。畠山が再びキレンジャー役に復帰したため、わずか13話の出演だった。この件に関して2014年のインタビューでは、第67話の台本を受け取りタイトルが「真赤な特攻!! キレンジャー夕陽に死す」となっていたため、そこで降板を知って落ち込んだと語っている[3]

『ゴレンジャー』放送終了後しばらくは他のキャストとも交流があったが、書籍『秘密戦隊ゴレンジャー&ジャッカー電撃隊大全集』(1988年刊行、講談社)の座談会でのモモレンジャー役の小牧リサの話によると、「ここ数年は年賀状のやり取りもなくなってしまった」とのことである[4]

関根勤と共演したときに「関根さんが普通の人でよかった。メチャクチャにされると思って怖かったんだ。」と発言したという。それに対して関根は、「ちょっとショックでしたね。でも大のオトナを気持ち悪いって思わせるのも、ある意味スゴいのかな(笑)。」と語っている[5]

また、アニメ作品『あしたのジョー2』で声の出演(マンモス西〈西寛一〉役)を務めている。

その後、次第に仕事がなくなり芸能界を引退すると、1989年に単身フィリピンへ渡り、柔道5段の経歴を活かして柔道教室を開いた。1991年に17歳年下のフィリピン人女性と結婚。長男が誕生し、安定した収入を得るために帰国。

しかし仕事が固定できず、寿司職人、包装業務、工事現場など様々なアルバイトを転々とした。2006年に55歳で自動車部品会社の契約社員となり配送ドライバーをしていたが、変形性膝関節症を発症したために契約打ち切り[3]。ステンレス製の人工膝関節を埋め込み、杖なしでは歩けない体となった。さらに特発性拡張型心筋症による呼吸困難に見舞われ、のど仏の下の気管軟骨を切開して気道を確保する緊急手術を受けた。その後、妻が息子を連れて家出するなど壮絶な人生を送り、2014年現在は愛知県一宮市で一人暮らしをしながら障害者支援施設に勤務し、袋詰め作業などをしている。

2010年6月13日に開催された『ゴレンジャー』関連のイベントに当初は出席予定だったが、脳梗塞で入院中のために実現しなかった[6]。入院後も、「13日のイベントに出たいのでそれまでには退院したい」と医者に強く懇願していたとのことである。

2013年4月には、イベント「スーパーフェスティバル」のゲストに『超新星フラッシュマン』のレッドフラッシュ・ジン役の垂水藤太と招かれている[7]

2014年12月5日放送の『爆報! THE フライデー』では上記の暮らしぶりが紹介され、サプライズで愛知県を訪れたアオレンジャー役の宮内洋、ミドレンジャー役の伊藤幸雄、モモレンジャー役の小牧リサと、38年ぶりに再会を果たした。アカレンジャー役の誠直也は仕事の都合で不参加だったが、だるまへの手紙を書いており、小牧が代読した[8]

出演[編集]

テレビドラマ[編集]

映画[編集]

テレビアニメ[編集]

脚注[編集]

出典

外部リンク[編集]