畠山麦

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
はたけやま ばく
畠山 麦
本名 はたけやま あきお
畠山 昭夫
生年月日 (1944-06-18) 1944年6月18日
没年月日 (1978-07-13) 1978年7月13日(34歳没)
出生地 日本の旗 日本長野県南佐久郡南牧村
身長 161cm[1]
職業 俳優
活動期間 1968年 - 1978年
活動内容 1968年:デビュー
1975年:『秘密戦隊ゴレンジャー
主な作品
映画
高校生無頼控
戦争と人間 第三部
卓のチョンチョン
沖縄やくざ戦争
テレビドラマ
ガッツジュン』『猿の軍団
秘密戦隊ゴレンジャー
赤帽かあちゃん

畠山 麦(はたけやま ばく、本名:畠山 昭夫(はたけやま あきお)[2]1944年6月18日[2] - 1978年7月13日)は、日本の俳優長野県南佐久郡南牧村出身[3]早稲田大学中退[2]

来歴・人物[編集]

高校卒業後、早稲田大学を中退して陸上自衛隊に入隊。その後、俳優を志して数々のテレビドラマに出演する。『秘密戦隊ゴレンジャー』(NET)のキレンジャー / 大岩大太役で知られる。特技は、レース編み、料理[2]

当初、畠山は漫画家すがやみつるの従兄弟が経営する芸能事務所に所属しており[注釈 1]、すがやが上京したばかりの頃からの友人だった[4]。畠山が短編映画『フィンガー5の大冒険』(石森章太郎監督、東映)に出演したばかりの頃、すがやが『真田十勇士』のコミカライズ版の打ち合わせで石森宅を訪れると、ちょうど石森プロのマネージャーが東映のプロデューサーの平山亨から『秘密戦隊ゴレンジャー』のキャスティングについて相談を受けているところだった。すがやが意図的に石森へ話しかける形で畠山の名を出すと、マネージャーが「キレンジャーは、彼がいいんじゃない?」と反応し、平山も同意したために即決となった[5]

東映プロデューサーの吉川進は、畠山の三枚目としての演技を評価しており、キレンジャーのコミカルなキャラクターが『ゴレンジャー』をヒットさせた要因の1つであると述べている[6]

『ゴレンジャー』で共演した宮内洋とは自宅も近かったことから仲が良く、宮内の車でともに撮影所へ向かうことも多かったという[6]

1978年7月13日、『特捜最前線』の撮影期間中に、出番を残したまま自宅で首吊り自殺。34歳という若さで死を選んだ畠山に対し、『ゴレンジャー』で海城剛/アカレンジャー役で共演していた誠直也は、「力になってあげられなくて残念だった」と後年の雑誌インタビューで語っている[要文献特定詳細情報]。また、すがやは当時、自分が気をきかせて売り込んだことに責任を感じ、滅入っていたことを明かしている[5]

出演[編集]

テレビドラマ[編集]

映画[編集]

その他[編集]

  • 後楽園ゆうえんちアクションショー
    • 「秘密戦隊ゴレンジャーショー」 - 大岩大太 役
    • 「ジャッカー電撃隊ショー」 - 大岩大太 役

脚注[編集]

[ヘルプ]
注釈
  1. ^ 同時期の東映・石森プロ作品『仮面ライダーストロンガー』の荒木しげるも所属していたことがある。
  2. ^ 表記は「畠山漠」、声は別人が当てている
出典
  1. ^ 日本タレント名鑑'76』 VIPタイムズ社、1976年、121頁。
  2. ^ a b c d ガッツジュン 広報資料再録 レギュラーメンバー紹介」『シルバー仮面アイアンキングレッドバロン大全―宣弘社ヒーローの世界』 岩佐陽一 編、双葉社2001年8月10日、pp.184-186。ISBN 978-4575292626
  3. ^ 海尻あれこれ
  4. ^ すがやみつるblog『仮面ライダー青春譜』第28回より。
  5. ^ a b すがやみつるblog『仮面ライダー青春譜』第73回より。
  6. ^ a b 「秘密戦隊ゴレンジャー座談会 忘れえぬヒーローたち」『秘密戦隊ゴレンジャー大全集:ジャッカー電撃隊講談社テレビマガジン特別編集〉、1988-06-31、180-183頁。ISBN 4-06-178409-9

関連項目[編集]