錬丹術

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錬丹術(煉丹術、れんたんじゅつ)は、中国道士の術の一つ。辰砂などから抽出した硫化水銀(丹)を原料とし、服用すると不老不死仙人になれ、も作れる霊薬(仙丹)をつくる。

目次

[編集] 概要

卑金属貴金属に変える力を持つ不老不死の霊薬エリクサー賢者の石)」の製造などを目的にする西洋の錬金術とは共通する部分も多いが、西洋の錬金術がどちらかというと金を作ることを主目的としていたのに対し、錬丹術は不老不死が主目的であることが異なっている。

水銀の使用によって少なくとも6人の皇帝水銀中毒で死亡しているといわれている。辰砂は鮮やかな赤褐色を示すため、その色が血液につながるという思想があったものと思われる。不老不死を望んでいた始皇帝もそれによって死期を早めたという説もある。このため、水銀を直接使用して化学的に仙丹を作るのではなく、人体の気血を原料に呼吸をふいごとし丹田を炉とみなして自己の内に仙丹を練るという発想が生まれた。前者の方法を外丹、後者の方法を内丹という。内丹説は遅くとも代には成立し、唐末から代に修行法として盛んになった。特に、禅宗の見性の考え方を取り入れて性命双修を唱えた北宋の紫陽真人張伯端の内丹説は、南宋以降に北宗・南宗などに分かれる後代の金丹道に影響を与えた。

詳細は「内丹術」を参照

20世紀前半の民国時代には、後の1961年に中国道教協会会長となる全真教龍門派の道士、圓頓子陳攖寧が内丹仙学を提唱した[1]。上海仙学院で陳攖寧の教えを受けた虞陽子袁介圭は内丹仙学を台湾に伝え、台湾隠仙派を興した。 20世紀後半の日本では、台湾人の秦浩人が三峯派の内丹術を日本語で仙道房中術として紹介した。1970年代後半には、秦浩人の著書を読み台湾の内丹仙学の実践家と接触した高藤聡一郎が、錬丹法に関する入門書を大陸書房より発表し、仙道ブームを起こした。また、日本軍の諜報・宣撫活動のため中国で道士となり恒山で修煉し、第二次大戦終戦直後に当時の白雲観の観首に口訣を授けられたという田中教夫(五千言坊玄通子)が、日本に帰国後、「仙道連」という修仙の会を開いた[2]。こうしたことから現代日本では、内丹派の煉丹術を中心とした道教に由来する修行法を、俗に「仙道」と呼ぶことが多い。

[編集] 脚注

  1. ^ 沈恩明 「道教内丹説のエピローグ ―陳攖寧「仙学」小論―」 (雄山閣出版 『講座 道教 第三巻 道教の生命観と身体論』 所収)
  2. ^ 星文訓 『虹の彼方の神秘家たち』 柏樹社、1990年。

[編集] フィクションにおける錬丹術

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

[編集] 関連書

  • 『不老不死 仙人の誕生と神仙術』大形徹 講談社現代新書 1108 講談社 1992年 ISBN 978-4-06-149108-3
  • 『錬金術 仙術と科学の間』吉田光邦 中公新書 1979 ISBN 4121000099