中華民国立法院
立法院 立法院 立法院 |
|
|---|---|
| 議会の種類 | 一院制 |
| 議長 | 第7代:王金平 (中国国民党) |
| 成立年月日 | 1928年 |
| 所在地 | 〒100051 台北市中正区中山南路1号 |
| 任期 | 4年 |
| 定数 | 113 |
| 選挙制度 | 小選挙区比例代表並立制 |
| 議会運営 | 委員会中心主義 |
| 公式サイト | 立法院 |
| 立法院 | |
|---|---|
| 各種表記 | |
| 繁体字: | 立法院 |
| 簡体字: | 立法院 |
| 拼音: | Lìfă Yùan |
| 注音符号: | ㄌ|ˋ ㄈㄚˇㄩㄢˋ |
| 発音: | リーファ-ユエン |
| 英文: | Legislative Yuan of the Republic of China |
立法院(りっぽういん)は、中華民国(台湾)の立法府(国会)であり、「国家最高の立法機関」(中華民国憲法62条)である。立法院に所属する議員を立法委員という。
目次 |
[編集] 概要
中華民国の建国者である孫文の五権分立理論に基づいて、行政院、司法院、考試院、監察院とともに成立した一院制の立法機関。
中華民国には元来、正副総統の任免権、憲法改正権を有する最高機関「国民大会」が存在したが、2005年に廃止されたため、立法院が名実ともに唯一の最高立法機関となった。
また、1991年以前は中国大陸で選出された議員が大半を占めていたが、1992年以降は台湾の有権者によって選出された議員だけで構成、改選されており、実質的に台湾の最高立法機関となっている。
2月から5月まで、9月から12月までの二会期制を採用している。現在、議員定数113、任期4年。
[編集] 権限
各国の立法機関と同様、法案・予算案の議決権、条約案の承認権、憲法改正案の発議権を有するほか、2005年憲法改正により、次のような強力な権限が付与されているのが特徴である。
- 正副司法院長、大法官(最高裁判所裁判官)、正副考試院長、正副監察院長等の人事同意権:いずれも総統が任命権者。
- 行政院長(首相)不信任案議決権(憲法増修条文4条1項):日本の内閣不信任決議と異なり、いわば「首相不信任決議」である。これに対抗して、総統は立法院解散権がある。
- 正副総統罷免案提案権(憲法増修条文2条9項):立法委員総数4分の1以上の発議、同3分の2以上で可決したときは、罷免案の国民投票を実施できる。
- 正副総統弾劾案議決権(憲法増修条文4条7項、2条10項):立法委員総数2分の1以上の発議、同3分の2以上で可決したときは、司法院大法官(最高裁判所の大法廷に相当)に弾劾審理を要請できる。
- 領土変更権(憲法増修条文2条5項):立法委員総数の4分の1以上の発議、同4分の3以上の出席、出席委員の4分の3以上で可決したとき。さらに、国民投票による承認が必要。
[編集] 沿革
1928年(民國17年)、中国国民党が中国統一を完成して軍政期から訓政期に移行し、首都南京で成立した。当初49名から発足したが(任期2年)、4期目から194名に増員された。抗日戦争中は任期が14年に延長されたが、この間に民法、刑法などの基本法典を制定した。
1947年(民國36年)中華民国憲法施行。翌1948年、憲政下初の立法委員選挙が実施され、第1期立法委員760人を選出した。
しかし、中国国民党が率いる中華民国政府(国民政府)は、中国共産党との内戦で台北に遷都したため、立法院も1950年に台北に移転した。このとき第1期立法委員のうち380人余りが台湾に移った。
立法委員の任期は3年と定められていたが(憲法65条)、台北遷都後は憲政停止、戒厳令により、第1期立法委員は1991年に総辞職するまで改選されず、万年議員と揶揄された。
ただ、1969年の補選で11名増員され、1972年には任期3年の定数51名の台湾選出枠が設けられた(現在の立法院長王金平は1975年当選組)。この改選枠は1989年には定数130名まで拡大され、大陸で選出された「万年議員」と並存する状態が続いた。
1989年(民國78年)、戒厳令後初の改選で、合法化された民主進歩党が21議席獲得(国民党72議席)。1991年、李登輝総統の勧告により第1期立法委員が総辞職し、1992年、初の全面改選が実施され、第2期立法委員161人を選出した(国民党96、民進党50)。以後、3年毎に改選され、1998年には定数225名に拡大された。
民進党・陳水扁政権誕生後の2001年の第5回選挙で、民進党が初の第一党となったが、過半数には達せず、少数与党となった。2008年の第7回選挙で、国民党が第一党に返り咲いた。
2008年の第7期から定数113に半減、任期4年となり、正副総統の罷免・弾劾、行政院長不信任議決権、領土変更権など権限強化が図られた。他方、総統に立法院解散権が付与された(2011年現在、立法院解散権が行使されたことはない)。
[編集] 建物
南京に立法院があった時期、議事堂は南京市中山北路に建っていたが、現在は人民解放軍の軍人倶楽部となっている。
台北移転後は中山堂(日本統治時代の台北公会堂)を使用していたが、1960年(民國59年)以後は日本統治時代の「台北州立台北第二高等女学校」校舎(台北市中山南路)を使用している。
[編集] 議席・選出方法
2008年(民國97年)1月12日の第7回選挙より「単一選区両票制並立代表並立制」が採用され、定数113議席(小選挙区73、原住民6、比例代表・海外華僑代表34)、任期4年となった。
ちなみに、2002年~2008年(第5期、第6期)は、定数225(中選挙区・一部小選挙区168、比例代表41、原住民枠8、海外華僑代表4)だった。
[編集] 現有議席
現職(第7期)の任期は2012年1月31日まで。 下記は2011年(民国99年)3月5日(同日実施補選後)時点の議席数。
| 政党 | 議席数 | 特記事項 |
|---|---|---|
| 国民党 | 73 | うち8席は親民党所属。2席は新党所属。 |
| 民主進歩党 | 33 | - |
| 無党団結聯盟 | 4 | - |
| 無所属 | 1 | |
| 総計 | 111 |
欠員3名
[編集] 立法院長
国会議長に相当する。現在は、王金平(中国国民党)。1999年から4期連続。
[編集] 歴代院長
中華民国政治関連項目 |
||||
|
||||
|
その他台湾関係記事 |
||||
|
中華民国関係記事 |
||||
[編集] 憲法施行前(訓政期)
| 代 | 氏名 | 就任日 | 退任日 | 出身党派 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 胡漢民 | 1928年10月 | 国民党 | |
| 2 | 張継 | 1932年1月1日 | 国民党 | |
| 3 | 孫科 | 1932年1月29日 | 国民党 | |
| 4 | 孫科 | 1935年12月 | 国民党 | |
| 5 | 孫科 | 1947年4月 | 国民党 |
[編集] 憲法施行後
| 代 | 会期 | 氏名 | 就任日 | 退任日 | 出身党派 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 1 | 孫科 | 1948年5月17日 | 1948年12月24日 | 国民党 |
| 2 | 童冠賢 | 1948年12月24日 | 1950年12月1日 | 国民党 | |
| 3 | 劉健群 | 1950年12月5日 | 1951年10月19日 | 国民党 | |
| 代理 | 黄国書 | 1951年10月19日 | 1952年3月11日 | 国民党 | |
| 4 | 張道藩 | 1952年3月11日 | 1961年2月20日 | 国民党 | |
| 5 | 黄国書 | 1961年2月28日 | 1972年2月22日 | 国民党 | |
| 代理 | 倪文亜 | 1972年2月22日 | 1972年4月28日 | 国民党 | |
| 6 | 倪文亜 | 1972年5月2日 | 1988年12月20日 | 国民党 | |
| 代理 | 劉闊才 | 1988年10月18日 | 1989年2月24日 | 国民党 | |
| 7 | 劉闊才 | 1989年2月24日 | 1990年2月20日 | 国民党 | |
| 代理 | 梁肅戎 | 1990年2月12日 | 1990年2月27日 | 国民党 | |
| 8 | 梁肅戎 | 1990年2月27日 | 1991年12月31日 | 国民党 | |
| 9 | 劉松藩 | 1992年1月17日 | 1993年1月31日 | 国民党 | |
| 10 | 2 | 劉松藩 | 1993年2月1日 | 1995年1月31日 | 国民党 |
| 11 | 3 | 劉松藩 | 1995年2月1日 | 1998年1月31日 | 国民党 |
| 12 | 4 | 王金平 | 1999年2月1日 | 2002年1月31日 | 国民党 |
| 13 | 5 | 王金平 | 2002年2月1日 | 2005年1月31日 | 国民党 |
| 14 | 6 | 王金平 | 2005年2月1日 | 2008年1月31日 | 国民党 |
| 15 | 7 | 王金平 | 2008年2月1日 | 現在 | 国民党 |
[編集] 委員会
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 立法院全球資訊網 (正体中国語・英語・日本語)
|
||||||||
|
|||||||||||||||||||||||