立法院 (中華民国)

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立法院
立法院
Lìfǎ Yuàn
第8回立法院
紋章もしくはロゴ
種類
種類 一院制
役職
立法院長 王金平
中国国民党
1999年2月1日より現職
副立法院長 洪秀柱
(中国国民党)
2012年2月1日より現職
秘書長 林錫山
副秘書長 周萬來
構成
定数 113 [1]
8th Legislative Yuan Seat Composition.svg
院内勢力
  親民党 (3)
  無所属 (1)
委員会 内政及民族委員会
外交及僑務委員会
科技及資訊委員会
国防委員会
経済及能源委員会
財政委員会
預算及決算委員会
教育及文化委員会
交通委員会
司法委員会
法制委員会
衛生環境及社会福利委員会
選挙
選挙制度 小選挙区比例代表並立制
前回選挙 2012年1月14日
議事堂
中華民國立法院 (議場外) Legislative Yuan of the Republic of China (chamber, exterior).jpg
中華民国の旗 中華民国台湾)、台北市中正区中山南路1号、立法院議事堂
ウェブサイト
立法院
脚注
  1. ^ 立法院議員名簿(中国語)
立法院
中華民國立法院 (議場内) Legislative Yuan of the Republic of China (chamber, interior).jpg
立法院議場
各種表記
繁体字 立法院
簡体字 立法院
拼音 Lìfă Yùan
注音符号 ㄌ|ˋ ㄈㄚˇㄩㄢˋ
発音: リーファ-ユエン
英文 Legislative Yuan of the Republic of China
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立法院(りっぽういん)は、中華民国台湾)の立法府であり、「国家最高の立法機関」(中華民国憲法62条)である。

概要[編集]

中華民国の建国者である孫文五権分立理論に基づいて、行政院司法院考試院監察院とともに成立した一院制の立法機関。立法院に所属する議員を立法委員という。

中華民国には元来、正副総統の任免権、憲法改正権を有する最高機関「国民大会」が存在したが、2005年に廃止されたため、立法院が名実ともに唯一の最高立法機関となった。

また、1991年以前は中国大陸で選出された議員が大半を占めていたが、1992年以降は台湾の有権者によって選出された議員だけで構成、改選されており、実質的に台湾の最高立法機関となっている。

2月から5月まで、9月から12月までの二会期制を採用している。現在、議員定数113、任期4年。

権限[編集]

各国の立法機関と同様、法案・予算案の議決権、条約案の承認権、憲法改正案の発議権を有するほか、2005年憲法改正により、次のような強力な権限が付与されているのが特徴である。

  • 正副司法院長、大法官(憲法裁判所裁判官)、正副考試院長、正副監察院長等の人事同意権:いずれも総統が任命権者。
  • 行政院長(首相)不信任案議決権(憲法増修条文4条1項):日本の内閣不信任決議と異なり、いわば「首相不信任決議」である。これに対抗して、総統は立法院解散権がある。
  • 正副総統罷免案提案権(憲法増修条文2条9項):立法委員総数4分の1以上の発議、同3分の2以上で可決したときは、罷免案の国民投票を実施できる。
  • 正副総統弾劾案議決権(憲法増修条文4条7項、2条10項):立法委員総数2分の1以上の発議、同3分の2以上で可決したときは、司法院大法官(憲法裁判所の大法廷に相当)に弾劾審理を要請できる。
  • 領土変更権(憲法増修条文2条5項):立法委員総数の4分の1以上の発議、同4分の3以上の出席、出席委員の4分の3以上で可決したとき。さらに、国民投票による承認が必要。

沿革[編集]

1928年民国17年)、中国国民党が中国統一を完成して軍政期から訓政期に移行し、首都南京で成立した。当初49名から発足したが(任期2年)、4期目から194名に増員された。抗日戦争中は任期が14年に延長されたが、この間に民法、刑法などの基本法典を制定した。

1947年(民国36年)中華民国憲法施行。翌1948年、憲政下初の立法委員選挙が実施され、第1期立法委員760人を選出した。

しかし、中国国民党が率いる中華民国政府(国民政府)は、中国共産党との内戦台北に遷都したため、立法院も1950年に台北に移転した。このとき第1期立法委員のうち380人余りが台湾に移った。

立法委員の任期は3年と定められていたが(憲法65条)、台北遷都後は憲政停止、戒厳令により、第1期立法委員は1991年に総辞職するまで改選されず、万年議員と揶揄された。

ただ、1969年の補選で11名増員され、1972年には任期3年の定数51名の台湾選出枠が設けられた(現在の立法院長王金平は1975年当選組)。この改選枠は1989年には定数130名まで拡大され、大陸で選出された「万年議員」と並存する状態が続いた。

1989年(民国78年)、戒厳令後初の改選で、合法化された民主進歩党が21議席獲得(国民党72議席)。1991年李登輝総統の勧告により第1期立法委員が総辞職し、1992年、初の全面改選が実施され、第2期立法委員161人を選出した(国民党96、民進党50)。以後、3年毎に改選され、1998年には定数225名に拡大された。

民進党・陳水扁政権誕生後の2001年第5回選挙で、民進党が初の第一党となったが、過半数には達せず、少数与党となった。2008年第7回選挙で、国民党が第一党に返り咲いた。

2008年の第7期から定数113に半減、任期4年となり、正副総統の罷免・弾劾、行政院長不信任議決権、領土変更権など権限強化が図られた。他方、総統に立法院解散権が付与された(2011年現在、立法院解散権が行使されたことはない)。

2014年台湾学生による立法院占拠が起きた。

建物[編集]

南京に立法院があった時期、議事堂は南京市中山北路に建っていたが、現在は人民解放軍の軍人倶楽部となっている。

台北移転後は中山堂(日本統治時代の台北公会堂)を使用していたが、1960年(民国59年)以後は日本統治時代の「台北州立台北第二高等女学校」校舎(台北市中山南路)を使用している。

構成[編集]

選挙[編集]

2008年(民国97年)1月12日第7回選挙より「単一選区両票制並立代表並立制」が採用され、定数113議席(小選挙区73、原住民6、比例代表・海外華僑代表34)、任期4年となった。

ちなみに、2002年~2008年(第5期、第6期)は、定数225(中選挙区・一部小選挙区168、比例代表41、原住民枠8、海外華僑代表4)だった。

院内勢力[編集]

2012年1月14日に行われた第八回中華民国立法委員選挙の結果を反映している。

院内勢力別所属議員数
院内勢力 議員数 政党(議員数) 議席率 備考
与党 0065 国民党 (65) 0057.52% 男性45、女性20
野党 0047 民主進歩党 (40) 0035.40% 男性26、女性14
親民党 (3) 0002.65% 男性2、女性1
台湾団結連盟 (3) 0002.65% 男性1、女性2
無党団結聯盟 (1) 0000.88% 女性1
無所属 0001 無所属 (1) 0000.88% 男性1
合計 0113 0100.00%
出典:黨籍人數統計表查詢。中華民国立法院ホームページ(2012年2月2日閲覧) 

組織[編集]

Flag of the Republic of China.svg
中華民国政治関連項目

中華民国の政治
中華民国憲法

総統 馬英九
副総統 呉敦義

中華民国総統選挙
中華民国立法委員選挙

行政院 • 立法院
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国民大会(-2005年

最高法院

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その他台湾関係記事

文化 - 経済 - 地理
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中華民国関係記事

中華文化
中国の歴史

立法院長[編集]

中華民国国会議長に相当する。現在は、王金平中国国民党)。1999年から4期連続。

歴代院長[編集]

憲法施行前[編集]

氏名 就任日 退任日 副院長 秘書長
1 Hu Hanmin2.jpg 胡漢民 1928年10月8日 1931年3月2日 林森 李文範
2 Lin sen.jpg 林森 1931年3月2日 1932年1月1日 邵元沖 李曉生呉景鴻
代理 Shaoyuanchong.jpg 邵元沖 1931年3月2日 1932年1月1日
3 Zhang Ji Minguo.jpg 張継 1932年1月1日 1932年1月28日 覃振 張維翰梁寒操
代理 Tan Zhen.jpg 覃振 1932年1月1日 1932年5月14日
代理 Shaoyuanchong.jpg 邵元沖 1932年5月14日 1933年1月12日
4 Sun Ke.jpg 孫科 1933年1月12日 1948年5月17日 葉楚傖魏道明呉鉄城陳立夫 呉尚鷹張肇元陳克文

憲法施行後[編集]

会期 氏名 就任日 退任日 所属政党
1 1 孫科 1948年5月17日 1948年12月24日 国民党
2 童冠賢 1948年12月24日 1950年12月1日 国民党
3 劉健群 1950年12月5日 1951年10月19日 国民党
代理 黄国書 1951年10月19日 1952年3月11日 国民党
4 張道藩 1952年3月11日 1961年2月20日 国民党
5 黄国書 1961年2月28日 1972年2月22日 国民党
代理 倪文亜 1972年2月22日 1972年4月28日 国民党
6 倪文亜 1972年5月2日 1988年12月20日 国民党
代理 劉闊才 1988年10月18日 1989年2月24日 国民党
7 劉闊才 1989年2月24日 1990年2月20日 国民党
代理 梁肅戎 1990年2月12日 1990年2月27日 国民党
8 梁肅戎 1990年2月27日 1991年12月31日 国民党
9 劉松藩 1992年1月17日 1993年1月31日 国民党
10 2 劉松藩 1993年2月1日 1995年1月31日 国民党
11 3 劉松藩 1995年2月1日 1998年1月31日 国民党
12 4 王金平 1999年2月1日 2002年1月31日 国民党
13 5 王金平 2002年2月1日 2005年1月31日 国民党
14 6 王金平 2005年2月1日 2008年1月31日 国民党
15 7 王金平 2008年2月1日 現職 国民党

委員会[編集]

その他[編集]

1995年、立法院に対してイグノーベル賞(平和賞)が授賞されている。

授賞理由は「政治家にとって、他国と戦争するよりも、お互いに殴り、蹴り、騙しあう方が、より利益になることの実証に対して」。1992年の全面改選以後、与野党(中国国民党民主進歩党)の対立から、立法院内でしばしば議員間の乱闘行為が発生し、その模様が生中継されたことによる。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]