イグノーベル賞

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生きたカエルを磁気浮上させる実験。アンドレ・ガイムとマイケル・ベリー卿はこの実験で力士の磁気浮上にも成功し、2000年イグノーベル物理学賞を受賞した。なおマイケル・ベリーはイギリス王立協会会員で、量子力学におけるベリー位相を命名した真面目な科学者である

イグノーベル賞 (Ig Nobel Prize) とは、「人々を笑わせ、そして考えさせてくれる研究」に対して与えられる賞である。

ノーベル賞パロディ的な賞で、1991年に創設された。イグノーベルの名は、「ノーベル賞」に反語的な意味合いの接頭辞を加えたもじりであると共に、「卑劣な、あさましい」を意味する"ignoble"と掛けている。

目次

[編集] 内容

同賞には、工学賞、物理学賞、医学賞、心理学賞、化学賞、文学賞、経済学賞、学際研究賞、平和賞、生物学賞などの部門がある(心理学賞や栄養学賞等、「本家」ノーベル賞には存在しない賞も数多くある)。毎年10月、風変わりな研究をおこなったり社会的事件などを起こした10の個人やグループに対し、時には笑いと賞賛を、時には皮肉を込めて授与される。

イグノーベル賞の受賞条件は「人々を笑わせ、そして考えさせてくれる研究」である。この為「日本トンデモ本大賞」などと同じく疑似科学者が受賞する事も多く、例えばホメオパシー信奉者ジャック・ベンベニストには2度もイグノーベル賞が贈られている。しかしれっきとした科学的研究もこの定義にのっとってさえいれば受賞する事もある。

皮肉風刺が理由で賞が参与されることもあり、例えば「水爆の父」として知られるエドワード・テラーは「我々が知る「平和」の意味を変えることに、生涯にわたって努力した」為に1991年にイグノーベル平和賞を受賞したし、世界の反対を押し切って水爆実験をしたフランスの大統領ジャック・シラク1995年、「ヒロシマの50周年を記念し、太平洋上で核実験を行った為」やはり平和賞を受賞した。1999年科学教育賞は進化論教育を規制しようとしたカンザス州教育委員会ならびにコロラド州教育委員会に贈られた。

ラジー賞などと同じく、ある種の受賞者は賞の授与に激怒する一方、ある種の受賞者はむしろ好意的に受け止める。 賞の性質上、授与式に受賞者が現れない事も多いが、エイブラハムの本ではこれに対し「受賞者は授与式に出席できなかった(出席する気もなかっただろうが)。」とボケ返す。

同賞を企画運営するのは、サイエンス・ユーモア雑誌『風変わりな研究の年報』 (Annals of Improbable Research) と、その編集者であるマーク・エイブラハムズ。 共同スポンサーは、ハーバード・コンピューター協会、ハーバード・ラドクリフSF協会など。

授賞式は毎年10月、ハーバード大学サンダーズ・シアターでおこなわれており、「本物の」ノーベル賞受賞者らも出席する。本物のノーベル賞では、式の初めにスウェーデン王室に敬意を払うのに対して、イグノーベル賞では、スウェーデンミートボールに敬意を払う。受賞者の旅費、滞在費は自己負担で、式のスピーチでは聴衆から笑いをとることが要求される。制限時間が近づくとぬいぐるみを抱えた少女が受賞者の裾を引っ張り壇上から下ろそうとするが、この少女を買収することによってスピーチを続けることが許される。授賞式の間、観客が舞台に向かって投げ続ける紙飛行機の掃除夫は、例年ハーバード大学の物理学者ロイ・グラウバー2005年ノーベル物理学賞受賞者)が勤めている。

[編集] 評価

同賞の性質上、名誉と考える受賞者もいれば、不名誉と考える者もいる。脚光の当たりにくい分野の地道な研究に人びとの注目を集めさせ、科学の面白さを再認識させてくれるという点も指摘されている一方、イギリス政府の主任科学アドバイザー、ロバート・メイ1995年、「大衆がまじめな科学研究を笑いものにする恐れがある」と、イグノーベル賞の運営者に対しイギリス人研究者に今後賞を贈らないよう要請した。この主張に対し、イギリスの科学者の多くからは反発・反論が起こった。メイの要請にもかかわらず、1995年以後もイギリス人にはイグノーベル賞が贈られ続けている。

その性質上多くの誤解を生んでいるが受賞した研究すべてがトンデモないし誤りだということではない。単に一見してユーモラスであるというだけのまともな、価値のある研究も含まれている。

[編集] 歴史

「イグノーベル賞」という名称を最初に考案したのは、イスラエルの物理学者アレクサンダー・コーンであるといわれている。コーンは1955年The Journal of Irreproducible Results (JIR) 誌を創刊し、1968年の同誌上で 'Ignobel Prize' という語を複数回使用している。また、コーンは JIR 誌の編集者であったマーク・エイブラハムズに実際にイグノーベル賞を設立することを勧め、1994年には共同で現在のイグノーベル賞を主催する Annals of Improbable Research (AIR) 誌を創刊している。

1997年JIR 誌の編集者ジョージ・シェアは、商標侵害、詐欺共謀などを理由としてエイブラハムズを訴え、また420万ドルの賠償金を求めた。これに対し、ノーベル賞受賞者のリチャード・ロバーツダドリー・ハーシュバックウィリアム・リプスコムは、"Strategic AIR Defence Fund" (戦略防空基金 = 雑誌名 AIR と、防空 "air defence" をかけた洒落)を設立し、エイブラハムズを支援した。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

[編集] 参考文献