国民大会

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国民大会
Congress building Nanking.jpg
第1回国民大会(1947年)
各種表記
繁体字 國民大會
簡体字 国民大会
拼音 Guómín Dàhuì
注音符号 ㄍㄨㄛˊ ㄇ|ㄣˊ ㄉㄚˋ ㄏㄨㄟˋ
発音: グオミン ダーフイ
英文 National Assembly of the Republic of China
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国民大会(こくみんたいかい)は中華民国にかつて存在した政府機構。1947年民国36年)の中華民国憲法の規定に従い全国民の代表が中央において「政権」を行使するための機構であり、五権分立の中華民国の中での最高機関に位置づけられていた。

しかし、台湾の民主化の過程で国民大会は権限を縮小され、存在意義が低下していった。にもかかわらず、1999年(民国88年)に国民大会は同代表の任期を延長する憲法修正を行った。この事件が国民の反発を買い、この憲法修正は司法院大法官会議により無効を宣言された。そして国民大会は2000年(民国89年)に非常設の機関とされ、その後、2005年(民国94年)6月の憲法修正によって廃止された。ただし建物は西門町付近に現存し、中華路の道路の対面(西門町寄り)から外見を見ることができる。

成立背景[編集]

孫文は中華民国憲法を構想するに当たって、政府機能を政権治権に分化させ、国民は選挙罷免、創制(国民発案)、複決(国民投票)の4種の政権を行使できるものとした。そして治権は五院(行政院立法院、司法院、監察院考試院)が行使し、国民に必要な協力を提供するものと定めた。その中で政府、領土主権を監督し、憲法改正等の中央政権は国民大会が行使するとされ、国民大会は憲法上五院の上に置かれた。これにより国民は選挙により選出された国民大会代表を通じて中央機関での政権を行使し、政府の治権を掌握し、これにより政権と治権の均衡を実現すると同時に、政府による国民の権利と利益に対する侵害を防止すると同時に、政府が提供するあらゆる機能を享受できるものと定められた。

廃止以前の権限[編集]

中華民国憲法(1947年南京)に定める国民大会の職権は下記の通り:

  1. 総統及び副総統の選挙
  2. 総統及び副総統の罷免
  3. 憲法改正
  4. 立法院が提出する憲法修正案の議決

その後国民大会の職権は数度にわたり修正された。憲法増補条文第1条第2項の規定は下記の通り:

  1. 立法院が提出する憲法修正案を議決する
  2. 立法院が提出する領土変更案を議決する
  3. 立法院が提出する総統、副総統の弾劾案を議決する

国民大会が2005年(民国94年)に廃止された後、上記の職権は立法院、司法院大法官会議(憲法法庭)、あるいは公民投票(国民投票)に移管された。

国民大会の集会[編集]

国民大会の集会は憲法規定に依拠し、総統任期完了90日前に召集され、また別に第30条の規定により臨時に召集されることがある。しかし国民政府が1949年(民国38年)に台湾に移転してからは、大陸から移った第1回国民大会代表は改選を行なうことが不可能となったため無期限にその任期が延長され、「万年国民大会代表」と揶揄されることもあった。

歴代集会[編集]

第1回国民大会(1948年 - 1991年)8回の定期会議、2回の臨時会議を開催
第2回国民大会(1992年 - 1995年)5回の定期会議を開催
第3回国民大会(1996年 - 2000年)5回の定期会議を開催

2000年(民国89年)4月25日公布の中華民国憲法修正条文では第3回国民大会代表の任期を2000年5月19日までとし、その後の国民大会の組織は下記の通りに改編された。

  • 国民大会代表の定員を300名とする
  • 立法院より憲法修正案、領土変更案、総統・副総統弾劾案が提出された際は、3ヶ月以内に選挙により選出される。
  • 選挙方式は比例代表方式とし、選挙結果判明後10日以内に集会が召集される
  • 集会期間は最長1ヶ月とし、代表就任期間は集会期間と同一とする
  • 職権は立法院が提出した憲法修正案、領土変更案、総統・副総統弾劾案の議決とする

憲法改正[編集]

第1回国民大会第1次会議は憲法修正を目的とし、1948年(民国37年)4月18日に「動員戡乱時期臨時条款」を採択し、同年国民政府により憲法に優先する内容として公布・施行された。国民政府の台湾移転後、憲法の有効性及び国民大会の存在意義について疑問とする声があがり、1991年(民国80年)に万年代表であった第1回国民大会代表の退職が決定され、同時に新しい国民大会代表選挙及び憲法改正作業が着手された。その後、国民大会は1991年、1992年、1994年、1997年、1999年、2000年と6回にわたる憲法改正を実施している。

1991年(民国80年)4月、加憲の方法により中華民国憲法増補条文11条を制定
1991年(民国81年)、両岸分裂の事実を確認し、動員戡乱時期臨時条款を廃止
1992年(民国82年)、監察委員を総統の指名に変更
1994年(民国83年)、総統の中華民国自由地区住民における直接選挙を実施
1994年(民国83年)、「原住民」の名称を憲法で定める
1997年(民国86年)、台湾省を行政組織として凍結
1997年(民国86年)、立法院の行政院長就任の同意権を削除
1997年(民国86年)、立法院の内閣不信任案議決権と総統による国会解散権を新設
2000年(民国89年)、立法院組織改編、将来の国民大会廃止の方向を決定
国民大会秘書処(台北市中正区中華路)

任務型国民大会[編集]

台湾の政治発展により直接選挙により選出された総統が誕生すると、総統権限は直接国民に責任を有すようになり、国民大会は必要に応じて選出され、職務完了後に解散する内容に改編され、「任務型国民大会」と称された。2004年8月、立法院が憲法修正案を198議員全員の賛成により通過させると、国民大会により再議決する必要が生じ、国民大会代表選挙が実施された。この時の憲法修正案には国民大会の廃止の内容が含まれていたため、最初にして最後の「任務型国民大会代表」選挙となった。

2005年6月(民国94年)、任務型国民大会は賛成票249票の賛成、反対票48で憲法修正案を可決し、国会改革、国民投票、国民大会廃止の3大議題が可決された。

国民大会廃止後の憲法[編集]

国民大会廃止後、その職権に関しては憲法により下記の通り改められた。

  • 総統弾劾案は立法院が提出し、司法院大法官会議による憲法法庭が審理する。大法官の弾劾案審理権の新設と共に、監察院の弾劾規定を凍結する
  • 立法委員定員を225議席(第7回)から113議席に減らし、任期は4年とする。選挙方式は単一選挙区2票制(小選挙区比例代表並立制)とし、比例代表候補者リストにおける女性の比率は1/2を下回らないものとする。
  • 中華民国の領土変更は公民投票により決定される
  • 憲法改正は立法院立法委員1/4以上の提案、3/4以上の出席で、出席議員の3/4以上の賛成で議決される。
    議決後半年後に公民投票(国民投票)を行い過半数の同意を得て成立する

外部リンク[編集]