王金平
| 王 金平 | |
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| プロフィール | |
| 出生: | 1941年3月17日(70歳) |
| 出身地: | 台湾高雄県路竹郷 |
| 職業: | 政治家 |
| 各種表記 | |
| 繁体字: | 王金平 |
| 簡体字: | 王金平 |
| ピン音: | Wáng Jīnpíng |
| 注音符号: | ㄨㄤˊ ㄐㄧㄣㄆㄧㄥˊ |
| 和名表記: | おう きんぺい |
| 発音転記: | ワン・ジンピン |
| ラテン字: | Wang Chinp'ing |
王 金平(おう きんぺい、1941年3月17日 - )は、中華民国(台湾)の政治家。現在、立法院長。
日本統治下の台湾高雄県生まれ。台湾師範大学理学院数学系を卒業後、実家の食品工場で働く。
1975年、高雄県工業会理事長のときに、中国国民党から立法委員(いわゆる国会議員)選挙に立候補して当選し、政界入りした。1993年から2期6年間、立法院副院長を務めた。1999年に就任した立法院長は現在4期目。まさに台湾政界の重鎮。李登輝元総統に近く、国民党内「本土派」の代表的人物ともいわれ、「台湾独立も選択肢の一つ」と発言したことがある。
2000年総統選で国民党が敗北した後は、党副主席に就任。2005年3月、連戦党主席引退を受けて党主席選に立候補したが、対抗馬の馬英九(当時台北市長)の前に惨敗した。激しい選挙戦を経たため、馬英九の党副主席就任要請を断り、さらに2008年総統選の副総統候補出馬要請も断った。
2006年の一時期は、陳水扁総統がスキャンダルで辞任した場合、呂秀蓮副総統が総統に昇格し、王金平が副総統になる可能性が取り沙汰された。
2008年7月、ヘリテージ財団の招きで、ニューヨーク、首都ワシントンを訪問(米首都を訪問した台湾要人としては過去最高位)。「強固な同盟の新たな始まり」とのテーマで講演し、アメリカ当局と台湾向け武器供与問題について協議した。
2008年12月、ダライ・ラマ訪台に難色を示す馬英九総統に対し、「宗教的な訪問なら台湾に不利な部分はなく、再検討してはどうか」と疑問を呈した。
[編集] 日本との関連
2007年6月21日に来日し、平沼赳夫日華議員懇談会会長(元経産相)と会談した。
北京オリンピックの開幕式前日の2008年8月7日、中国の強い反対の中で訪日し、麻生太郎自民党幹事長(当時)と会談、奈良県で開催されたアジア・太平洋国会議員連合(APPU)総会に出席した。中川昭一、小池百合子ら10数名の国会議員(日華議員懇談会メンバー)、衆参両院議長、大臣レベルの閣僚を表敬訪問した。この訪日は、尖閣諸島沖での台湾漁船沈没事件から間もないときだったため、「台日両国の疑念を払拭し、お互いの誤解を解き、両国関係を強化することで、お互い利益が得られるようにするため」と訪日目的を説明した。
2008年9月中旬にも訪日し、平沼赳夫・日華議員懇談会会長と会談。非公式の日米台安全保障対話「戦略対話・東京ラウンド」(岡崎研究所主催)で「安定発展に向かう台日協力関係」をテーマに講演し、「台日特別パートナーシップ」を提唱。安倍晋三元首相とも面会した。
2011年5月中旬には、約300人の観光訪問団を伴い訪日。東日本大震災の風評被害に苦しむ日本の観光産業を支援した。
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