ジョゴルク・ケネシ
| ジョゴルク・ケネシ Жогорку Кеңеш |
|
|---|---|
| 6th Supreme Council of Kyrgyzstan | |
| 種類 | |
| 種類 | 一院制 |
| 役職 | |
| 議長 | アフマトベク・ケルディベコフ (en) (アタ・ジュルト (Ata-Zhurt) 2010年10月10日より現職 |
| 首相 | アルマズベク・アタンバエフ (社会民主党) 2010年10月10日より現職 |
| Opposition Leader | フェリックス・クロフ (尊厳) 2010年10月10日より現職 |
| 構成 | |
| 定数 | 120 |
| 院内勢力 |
社会民主党 (26)
尊厳 (25)
|
| 選挙 | |
| 前回選挙 | 2010年10月10日 (en) |
| 議事堂 | |
ジョゴルク・ケネシ(キルギス語: Жогорку Кеңеш、ラテン文字転記:Žogorku Keňesh または Jogorku Kengesh) はキルギス共和国の議会(国会)であり、定員120名の一院制である。議員は5年ごとに比例代表制によって改選される[1][2]。
目次 |
歴史[編集]
1991年のソヴィエト連邦からの独立から、2007年の国民投票による憲法改正まで、キルギスの議会(国会)は議席数60の立法府 (Myizam Chygaruu Jyiyny、上院)と同45の人民代表議会(El Okuldor Jyiyny、下院)の二院制であった。どちらも改選は5年ごとであり、下院では45名全員が一人ずつ各選挙区から選出され、上院では45名が一人ずつ選挙区から、15名が政党名簿から選出された。
2007年からは両院は一つに統合されている。当初は議席数は90であったが、2010年に大規模な騒乱でバキエフ大統領(当時)が追放された後に憲法[3]が改正され、120に増やされた。同時に一つの政党の議席数が最大で65までとする制約も設けられた。
選挙[編集]
2010年[編集]
オトゥンバエワ暫定政権の元で実施された。120議席全てが比例代表制で選ばれた(en:Kyrgyzstani parliamentary election, 2010)。
2007年[編集]
バキエフ政権の元で実施された。憲法および選挙区の改正が争点となった (en:Kyrgyzstani parliamentary election, 2007)。
2005年[編集]
詳細は「チューリップ革命」を参照
2005年の2月から3月にかけて行われた国政選挙では、議席数75の立法府に400名以上が立候補した。投票は二段階に分けて2月27日と3月13日に行われ、野党が6議席を得たが、選挙管理委員会の公式発表では75議席全てが無所属とされた。国際監視団は、複数の地域で民主的な選挙の要件が満たされていなかったと報告し、全国的に抗議行動が広がった結果3月24日にはアカエフ大統領の国外逃避により政権が崩壊した。
脚注[編集]
外部リンク[編集]
- Kyrgyzstan information page on the website of Asian Medical Institute Kyrgyzstan
- Kyrgyzstan information page on the website of Medical Institute,Osh State University Kyrgyzstan
|
|||||||||||||||||||||||
|
||||||||||||||||||||||||||