ウディ・ハレルソン
| ウディ・ハレルソン Woody Harrelson |
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| 本名 | Woodrow Tracy Harrelson | ||||||
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| 生年月日 | 1961年7月23日(50歳) | ||||||
| 出生地 | テキサス州ミッドランド | ||||||
| 国籍 | |||||||
| 配偶者 | ナンシー・サイモン(1985年 - 1986年) ローラ・ルイ(1998年 - ) |
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ウディ・ハレルソン(Woody Harrelson, 本名: Woodrow Tracy Harrelson, 1961年7月23日 - )は、アメリカ合衆国テキサス州ミッドランド生まれの俳優。悪役やスキャンダラスな役を得意とする。
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[編集] 略歴
マフィアの雇われ殺し屋の父[1]と、弁護士秘書の母の間に生まれる。父チャールズは1968年と1978年に殺人を犯し(1978年の事件は連邦判事を銃殺)、終身刑となり、服役中に死去[1]。父はまた、ジョン・F・ケネディ暗殺の実行者の一人と名乗っていたこともある。兄と弟がおり、弟のブレット・ハレルソンは俳優である。
ハノーヴァー大学卒業後、ニューヨークへ渡り、演技を学ぶ。ニール・サイモンの舞台でデビューし、テレビ・シリーズ『チアーズ』でお茶の間の人気を獲得した。1992年から本格的に映画界に活動の場を移し、1994年、オリバー・ストーン監督の話題作『ナチュラル・ボーン・キラーズ』で頭角を現す。翌々年には、ミロシュ・フォアマン監督の『ラリー・フリント』で実在のポルノ雑誌編集者を演じてアカデミー主演男優賞にノミネートされた。危険な男だけでなく間抜けな男も演じられるのが強み。
演技の実力はあるものの、数々の問題行動を起こすことでも有名。1983年、道路で踊り狂い交通渋滞を引き起こした上に警官を殴って逮捕されたのを皮切りに、1996年にマリファナを栽培して逮捕、同じ年には環境保護を訴えてゴールデンゲートブリッジに登り逮捕、2002年にはタクシーの後部座席を破壊して逮捕されている。また、環境保護運動家、反戦活動家、ヨガのインストラクターと様々な顔を持っているが、とりわけ大麻合法化活動家として有名である。
[編集] 私生活
私生活では、1985年にニール・サイモンの娘で歌手のナンシー・サイモンと結婚したが入籍翌日に離婚を申請。10ヶ月後に正式に離婚した[2]。1987年TV番組の撮影現場で出会った元アシスタントのローラ・ルイと交際[3]、デニ、ゾーイ、マカーニの3人に娘がいる。一家揃ってコスタリカで原始的な暮らしをしている。2008年12月28日、長年交際してきたローラ・ルイと結婚。ハワイのマウイで挙げた結婚式には、オーウェン・ウィルソン、ショーン・ペン、アラニス・モリセットなど内輪の友人と親族が招かれた。
[編集] 主な出演作品
- ワイルドキャッツ Wildcats (1985年)
- ドク・ハリウッド Doc Hollywood (1991年)
- ハード・プレイ White Men Can't Jump (1992年)
- 幸福の条件 Indecent Proposal (1993年)
- ナチュラル・ボーン・キラーズ Natural Born Killers (1994年)
- ザ・シンプソンズ The Simpsons (1994年) 声の出演
- マネー・トレイン Money Train (1995年)
- 心の指紋 The Sunchaser (1996年)
- ラリー・フリント The People vs. Larry Flynt, (1996年)
- ウェルカム・トゥ・サラエボ Welcome to Sarajevo (1997年)
- ウワサの真相/ワグ・ザ・ドッグ Wag the Dog (1997年)
- シン・レッド・ライン The Thin Red Line (1998年)
- エドtv Edtv (1998年)
- マイ スウィート ガイズ Play It to the Bone (1999年)
- オースティン・パワーズ:デラックス Austin Powers: The Spy Who Shagged Me (1999年) 本人役
- N.Y.式ハッピー・セラピー Anger Management (2003年)
- ダイヤモンド・イン・パラダイス After the Sunset (2004年)
- ビッグホワイト The Big White (2005年)
- スタンドアップ North Country (2005年)
- スキャナー・ダークリー Scanner Darkly (2006年)
- ノーカントリー No Country for Old Men (2007年)
- 南京 Nanking (2007年)
- バトル・イン・シアトル Battle in Seattle (2008年) 日本未公開
- 暴走特急 シベリアン・エクスプレス Transsiberian (2008年) 日本未公開
- 7つの贈り物 Sevenpounds (2008年)
- 俺たちダンクシューター Semi-pro (2008年)
- ゾンビランド Zombieland (2009年)
- 2012 2012 (2009年)
- ディフェンドー 闇の仕事人 Defendor (2009年) 日本未公開
- ステイ・フレンズ Friends with Benefits (2011年)
[編集] 受賞歴
- 第14回ゴールデンラズベリー賞ワースト助演男優賞『幸福の条件』
[編集] 参照
- ^ a b “Woody Harrelson's Father Dies in Prison”. Associated Press (ABC News). (2007年5月21日)
- ^ “Woody Harrelson (HTML)”. hollywood.com (2007年). 2007年9月9日閲覧。 “whimsically married in Tijuana in 1985 intending to divorce the following day, but when the couple returned to the storefront marriage/divorce parlor, they found it closed because it was Sunday; marriage lasted 10 months; Harrelson would later tell USA TODAY's Tom Green, "We had to get a summary dissolution through Jacoby and Meyers. I think at the time Neil was a little bit worried I might try to go after her money.”
- ^ “Woody Harrelson (HTML)”. yahoo (2007年). 2007年9月9日閲覧。 “wife Laura Louie: born c. 1965; co-founded Yoganics, an organic food home delivery service in 1996; worked as Harrelson's assistant for over two years (1987 to c. 1990)”
[編集] 外部リンク
- Woody Harrelson - インターネット・ムービー・データベース(英語)
- VoiceYourself (Harrelson established this site)