GIZA studio

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株式会社ギザ
GIZA.Inc.
本社
種類 株式会社
市場情報 非上場
本社所在地 日本の旗 日本
550-0014
大阪府大阪市西区北堀江1-3-17
HORIE HILLS
設立 1998年9月1日
業種 情報・通信業
事業内容 レコードレーベル
代表者 升田敏則
資本金 1億円
売上高 30億円(2017年6月期)
総資産 50億円
従業員数 70名
決算期 毎年6月30日
主要株主 ビーイング長戸大幸
外部リンク GIZA studio 公式HP
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GIZA studio(ギザ ステューディオ)は大阪府大阪市西区北堀江にある大手レコード会社株式会社ギザGIZA. Inc.)のレコードレーベル

本項においては、株式会社ギザGIZA. Inc.)についても併せて解説する。

概要[編集]

1998年9月1日、大阪・心斎橋に設立したメジャーレーベルのレコード会社で、ビーインググループに属する。テレビ番組等のスポンサーとしてはBeing GroupまたはBeing MUSIC FACTORY INC.のロゴが使用される。

社名の由来は、Garage Indies Zapping Associationの頭文字を取ったものである。ロゴの形状がピラミッドの形状と酷似している事から、ギザ(Giza)の大ピラミッドを意識したものであるとも考えられる。設立当初は、GIZA studioというメジャーレーベルの他にGarage Indies Zapping Associationというインディーズレーベルがあり、アーティストは両方に所属してメジャーデビューした後もインディーズからも作品をリリース出来るという方針をとっていたが、方針変更のため、1999年にGarage Indies Zapping AssociationをTENT HOUSEへ移行した。

また、当社設立前より存在していた、ビーインググループの関西を拠点としたレーベル(Amemura O-town RecordStyling Records、BLUE-Z Records)を、実質上、当社へ再編している。

レコーディング・スタジオはもとより、デザイン・映像、ライヴハウス施設(hills パン工場)等、音楽制作に関わる多岐に亘る部門を有しており、音楽事業で蓄えた資金を近畿地方の不動産投資で運用し、テナントビル、コンサートホール、音楽専門学校の運営の他にも高級マンション販売や高級賃貸デザイナーズマンション、飲食業等、音楽事業以外にも幅広く展開している。当初はB-Gram RECORDSの派生レーベルとして設立され、販売もB-Gram RECORDSが委託していたが、2002年5月15日に発売された愛内里菜のアルバム『POWER OF WORDS』より販売元としても自社で請け負うようになり、事実上B-Gram RECORDSから独立した。最初に設立した場所は、心斎橋でかつてマハラジャの本部があった。その後、大阪市西区北堀江に自社ビルを購入「GIZA hills(現・HORIE HILLS)」(1階から10階はGIZA関連の会社が入居し11階から14階は高級賃貸マンションとなっている)へ本部を移動。 2017年現在は2007年に親会社であるビーイングが音楽事業の軸を東京へ戻した為、関西が拠点であるGIZAの音楽事業を縮小している。

沿革[編集]

株式会社ギザ(GIZA. Inc.)設立前[編集]

  • 1993年10月31日 - ビーインググループの創業者である長戸大幸が、耳の持病悪化を理由に音楽プロデューサーを一旦、引退。東京(東日本)での仕事や文化を嫌うようになり、大阪に活動拠点を置いた。
  • 1994年11月23日 - 長戸大幸が西心斎橋アメリカ村)にクラブ「Grand Cafe」をオープンさせる。(2016年5月10日閉店)
  • 1995年8月26日 - UJがStyling Recordsの第1号アーティストとしてインディーズデビュー。
  • 1995年10月1日 - 春名俊希[1]BLUE-Z Recordsの第1号アーティストとしてインディーズデビュー。
  • 1996年5月20日 - ZAIN RECORDSの関西専用のサブレーベルWEST HAUSの第1号アーティストとして、LOWDOWNがメジャーデビュー。
  • 1997年春 - ZAIN RECORDSが関西専用のサブレーベルSpoonful設立。[2]
  • 1997年4月23日 小松未歩が楽曲提供デビュー。(FIELD OF VIEWこの街で君と暮らしたい」)
  • 1997年5月28日 - ZAIN RECORDSの関西専用のサブレーベルSpoonfulの第1号アーティストとして、小松未歩がシングル「」でメジャーデビュー。関西拠点のレーベルとして初めてオリコン・シングルチャートでTOP10入り(週間)を果たした。
  • 1997年7月1日 - ZAIN RECORDSのサブレーベルSpoonfulが独立し、関西拠点最初のメジャーレコード会社である株式会社アメムラオータウンレコード (Amemura O-town Record Inc.)設立。[3]
  • 1997年11月11日 - YOKO Black. StoneがStyling Recordsよりインディーズデビュー。[4]
  • 1997年12月3日 - 小松未歩がAmemura O-town Recordよりアルバム『』をリリース。関西拠点のレーベルとして初めてオリコン・アルバムチャートでTOP5入り(週間)を果たした。
  • 1998年6月10日 - 大野愛果が楽曲提供デビュー。(WANDS(第3期)明日もし君が壊れても」)
  • 1998年8月19日 - 小松未歩がAmemura O-town Recordよりシングル「チャンス」をリリース。関西拠点のレーベルとして初めてオリコン・シングルチャートでTOP3入り(週間)を果たした。

株式会社ギザ(GIZA. Inc.)設立後[編集]

  • 1998年9月1日 - B-Gram RECORDSが関西専用のレコード会社として株式会社ギザGIZA. Inc.)設立。[5](設立当初はインディーズレーベル[6]
  • 1998年10月20日 - インディーズレーベルGarage Indies Zapping Associationの第1号アーティストとしてNew Cinema蜥蜴がインディーズデビュー。
  • 1998年12月19日 - 小松未歩がAmemura O-town Recordよりアルバム『小松未歩 2nd 〜未来〜』をリリース。関西拠点のレーベルとして初めてオリコン・アルバムチャートでTOP3入り(週間)を果たした。
  • 1999年1月30日 - rumania montevideoがGarage Indies Zapping Associationよりインディーズデビュー。
  • 1999年2月10日 - メジャーレーベルGIZA studioの第1号アーティストとして、New Cinema蜥蜴、GRASS ARCADEsweet velvetの3組が同時メジャーデビュー。
  • 1999年3月17日 - 後にGARNET CROWのメンバーとなるAZUKI七が楽曲提供デビュー。(FIELD OF VIEW「CRASH」)
  • 1999年4月 - Amemura O-town Recordに唯一所属していた小松未歩がGIZA studioに移籍。Amemura O-town Recordは所属アーティスト不在となり運営休止。[7]
  • 1999年4月14日 - rumania montevideoがGIZA studioよりデビューシングル「Still for your love」をリリース。GIZA studioとして初めてオリコン・シングルチャートでTOP10入り(週間)を果たした。
  • 1999年6月16日 - YOKO Black. StoneがGIZA studioGIZA studioのサブレーベルStyling Recordsよりメジャーデビュー。[4]
  • 1999年10月16日 - 倉木麻衣がMai-K名義で全米デビュー。
  • 1999年12月4日 - インディーズレーベルGarage Indies Zapping AssociationTENT HOUSEへ移行。TENT HOUSEの第1号アーティストとしてGARNET CROWがインディーズデビュー。
  • 1999年12月8日 - 倉木麻衣がGIZA studioより日本デビューシングル「Love, Day After Tomorrow」をリリース。関西拠点のレーベルして初めてミリオンセラーを果たした。楽曲提供(作曲)した大野愛果にとっても、自己最高セールスとなった。
  • 2000年2月16日 - 小松未歩がGIZA studio移籍後初のアルバム『小松未歩 3rd 〜everywhere〜』をリリース。GIZA studioとして初めてオリコン・アルバムチャートでTOP5入り(週間)を果たした。
  • 2000年3月29日 - GARNET CROWがGIZA studioよりメジャーデビュー。
  • 2000年3月23日 - 愛内里菜がメジャーデビュー。
  • 2000年6月28日 - 倉木麻衣がGIZA studioより1stアルバム『delicious way』をリリース。オリコン・週間アルバムチャートでは初動221万枚の記録を樹立し、最終的には400万枚に及ぶセールスとなった。
  • 2002年1月15日 - GIZA USAの第1号アーティストとして大野愛果が日米同時デビュー。
  • 2002年6月12日 - 三枝夕夏 IN dbがメジャーデビュー。
  • 2003年3月20日 - ビーインググループのSpoonfulが、株式会社ギザの本社ビル「GIZA HILLS」(現:HORIE HILLS)内に「hills パン工場」をオープン。
  • 2003年12月31日 - 第54回NHK紅白歌合戦に、倉木麻衣愛内里菜が、共に初出場。GIZA studio所属アーティストとして初めてNHK紅白歌合戦に出場。
  • 2005年5月25日 - TENT HOUSEの派生レーベル、かつ、上木彩矢のプライベートレーベルとしてWEEDを設立。
  • 2005年11月9日 - インディーズレーベルWEEDWEEDSと改称。上木彩矢のプライベートレーベルではなくなったWEEDSよりOOMがインディーズデビュー。[8]
  • 2006年3月1日 - 滴草由実が活動拠点を東京に移すため、GIZA studioのサブレーベルStyling RecordsからZAIN RECORDSへ移籍。
  • 2006年3月15日 - 上木彩矢がGIZA studioよりメジャーデビュー。
  • 2007年春 - 長戸大幸がビーイング及びギザ(GIZA. Inc.)の代表取締役を退任し、倉木麻衣の担当マネージャーだった升田敏則が就任。ビーイングが東京にNORTHERN MUSICレーベルを設置。スパークリング☆ポイントがGIZA studioからNORTHERN MUSICへ移籍。
  • 2007年6月1日 - 倉木麻衣がGIZA studioからNORTHERN MUSICへ移籍。
  • 2009年 - ジャズ専門レーベルGIZA JAZZを設立。
  • 2009年7月 - 上木彩矢がGIZA studioからへavex traxへ移籍。
  • 2010年 - ジャズ専門レーベルGIZA JAZZO-TOWN Jazzに移行。
  • 2011年2月23日 - 白石乃梨を中心とした女性ダンスグループCaos Caos Caosがメジャーデビュー。
  • 2012年 - ロック系サブレーベルD-GO(ディーゴ)を設置。
  • 2013年6月9日 - GARNET CROWが解散。
  • 2014年 - V系レーベルRozettaCRIMZONを設立。
  • 2016年5月18日 - 長戸大幸がGIZA studio所属の作家やミュージシャンと立ち上げたd-projectが1stアルバム『d-project with ZARD』をリリース。

特徴・来歴[編集]

関西出身、在住のアーティストが多く、ノンタイアップながらデビューシングルでミリオンセラーを獲得した倉木麻衣を除き、所属する大半のアーティストが、アニメ(フジテレビ系を除く民放番組が主)主題歌とのタイアップでデビューしてブレイクを狙うのが特徴である。アニメの主題と歌詞の内容が殆ど関係ない為、アニメソング歌手には位置づけられない事が多い。但し、愛内里菜と三枝夕夏 IN dbはアニメ系コンサートへの出演歴が有る。

設立翌年の1999年から2000年代中期までは、小松未歩・倉木麻衣・愛内里菜GARNET CROW上原あずみ三枝夕夏 IN dbdoaらのアーティストが着実に売り上げを確保していた。然し、彼らを除く知名度がさほど高くない歌手はCDの売上が減少している昨今、アニメのタイアップだけでは安易にヒットが出せなくなっている為、東京を中心に活動する作家やTUBEB'zDIMENSIONFEEL SO BADのメンバーが楽曲制作に関わっている事をアピールする等の販売戦略をとっている。

2001年以降は上原あずみ、松橋未樹長谷実果、菅崎茜、岸本早未、スパークリング☆ポイント宇浦冴香、岩田さゆりなど、中高生がデビューする機会も増えた。

様々な音楽ジャンルのアーティストを輩出しているが、近年の新たな傾向としてはジャズやボサノバをジャンルとした歌手を擁立することが多く、2006年-2007年の2年間で森川七月森田葉月青紀ひかり小泉ニロ早川えみGulliver Get、中島紅音の7組のアーティストがデビューしており、うちGulliver Getを除くアーティスト全組がジャズアルバムでデビューしている。

2008年、平田香織がテクノポップの楽曲で、羽田裕美ピアノインストゥルメンタルのアルバムで、それぞれデビューする等、新たなジャンルを開拓。

2009年に入り、さぁさChicago Poodleといったインディーズ時代から地元に密着し、リリース並びにライブでの実績を積んだアーティストをメジャーデビューさせている。

2010年には「REAL&BLACK AUDITION 2010」を開催。優勝者には有田長加、審査員特別賞には宮東里奈が選ばれた。有田はGIZA studio所属のロックバンドJEFFERSONのボーカルとして2012年より活動を開始。

2012年にはGIZA studioのサブレーベルD-GO(ディーゴ)からgrramSensationなついろがメジャーデビュー。

2013年にはGARNET CROWが解散。これによりGIZA studio内でオリコントップ10にランクインできるアーティストは完全消滅した。

2014年WAR-ED植田真梨恵がメジャーデビュー。

ソロで活動し、かつ知名度がさほど高くないアーティストでは、ファンへの予告無しにレーベルのホームページよりアーティストの名前が削除され、突然活動を休止する等した事がある。以前、岩田さゆり菅崎茜岸本早未平田香織らは、本人および所属会社からの説明なくレーベルホームページより名前が削除されていた。現在は、菅崎茜と上原あずみを除いて再び掲載されている。

販売体系[編集]

レーベル一覧[編集]

レーベル名 規格品番 備考
GIZA studio GZCA
Garage Indies Zapping Association ICR 終了
TENT HOUSE TCR Garage Indies Zapping Associationの後継となるインディーズレーベル。
WEEDS(旧WEED) WCR 終了
TENT HOUSE派生のインディーズレーベル。元々は上木彩矢のプライベートレーベルWEEDであったが、共用レーベル化に伴いWEEDSに改称された。
O-TOWN Jazz(旧GIZA JAZZ) GZCA GIZA studioと共用
Undown UCR 終了
GIZA USA GZCU 大野愛果Shadows of Dreams』のみ、終了
Styling GZCS 終了
GIZA studio内に設置されていたメジャーレーベル。元々は当社設立前よりインディーズレーベルとして存在していたが、YOKO Black. Stoneのメジャーデビューを機に、GIZA studio内に設置されたサブレーベルとなった。(インディーズレーベル時代の規格品番はSTCL)
BLUE-Z GZCB 終了
当社設立前よりインディーズレーベルとして存在し、春名俊希[1]、Rumble Fish(1997年にSteel and Glassへ改名)[9]AKASHI MASAO GROUPなどが在籍していた。(当社設立前の規格品番はBLCZ)
D-GO GZCD
CRIMZON CCR
Rozetta RCR 終了
GIZA GILC ライブ会場限定
CRIMZON CRLC ライブ会場限定
MINIQLO MINIQLO 終了
GARNET CROWのライブ会場限定。TENT HOUSEの派生レーベル、かつ、GARNET CROWの派生ユニットであるMINIQLOのプライベートレーベル。

規格品番一覧[編集]

  • 1000番台=2001年6月までのすべて(12cmはGZCA、8cmはGZDAを使用)
  • 2000番台=2001年7月から2002年9月までのシングル
  • 4000番台=2004年6月以降の1200円シングル
  • 5000番台=2001年7月以降のアルバム
  • 7000番台=2002年11月以降の1000円のシングル

所属アーティスト一覧[編集]

所属中のアーティスト[編集]

GIZA studio(メインレーベル)[編集]

D-GO[編集]

O-TOWN Jazz[編集]

CRIMZON[編集]

  • Purple Stone
  • 白日ノ夢
  • 黒姫の夢遊病
  • 甘い暴力
  • -真天地開闘集団-ジグザグ

かつて所属していたアーティスト[編集]

五十音順
名前 備考
愛内里菜 2010年9月音楽活動を一時引退[10]後に「垣内りか」名義で実業家として活動し、2015年に外部で同名義を使用して音楽活動を再開した。
岩田さゆり 2008年6月活動中止。女優業は継続。
OOM 2009年4月活動休止。
上原あずみ 2010年7月契約違反により解雇。[11]
Gulliver Get 2010年インディーズ転向、2011年2月26日解散。
GARNET CROW 2013年6月9日解散。古井弘人、岡本仁志は作曲家及び編曲家、AZUKI七は作詞家として活動している。
岸本早未 2008年4月活動中止。
北原愛子 2011年7月引退。
GRASS ARC. 2000年活動中止。
grram 2015年活動終了。
栗原小夜
小泉ニロ
cocott 楽曲制作・プログラミング担当の北浦正尚ビーイングから転出して本格的に作曲家に転身。
小松未歩 2009年2月から活動休止。GIZA studio関係者が「限りなく引退に近い状態」とのツイートを投稿している。[12]
さぁさ 2012年3月から活動休止。2013年8月GIZA studioとの契約が修了。9月より外部で活動再開。
三枝夕夏 IN db 2010年1月解散。
the★tambourines 2009年6月活動休止
JASON ZODIAC 2002年活動中止。
JEWELRY 2005年9月、日本での活動停止。2015年、解散。
sweet velvet 2001年活動停止。
菅崎茜 2007年活動休止。
Soul Crusaders 2002年解散。
高岡亜衣 2011年契約終了、インディーズに転向。
竹井詩織里 2008年2月活動中止。
DEAR RESONANCE 2001年9月29日発売のシングル「夢の間-NATURES RIDE-」を出したのみ一ノ瀬響は現在も音楽活動中。
Naifu 2009年12月31日解散。
Nothin' but love 2002年活動中止。
中島紅音
なついろ 2016年10月活動休止。
New Cinema 蜥蜴 2002年8月解散。
長谷実果 2002年4月活動中止。
羽田裕美 2011年活動休止。
早川えみ 2010年活動休止。
平田香織 2009年活動休止。
PINC INC 2009年12月解散。
松橋未樹 2002年4月活動中止。
moca 2009年に『毒りんご』をWEEDSからリリースしたのみ。
森田葉月 2008年、つぐめに改名しインディーズ転向。
山口裕加里 2004年、レギュラー番組終了に伴い活動中止。
YOKO Black. Stone 現在は音楽専門学校の講師。
吉田知加 2002年4月活動中止。
RAMJET PULLEY 2003年活動停止。
rumania montevideo 2002年活動中止。
Les MAUVAIS GARÇONNES 2002年活動中止。
WAG 2006年12月解散。

移籍したアーティスト[編集]

五十音順
名前 備考
宇浦冴香 2009年度に契約終了。2011年5月にユニバーサルミュージックからCherie名義で再デビュー、その後再移籍で宇浦名義に戻る
上木彩矢 2009年にavex traxに移籍、2011年にavexとの契約が終了しインディーズレーベルに所属したのち、2015年よりバンド「UROBOROS」のボーカルとしてポニーキャニオンから再デビュー。
倉木麻衣 2007年にビーイングが東京に新設したNORTHERN MUSICに移籍
滴草由実 2006年にビーイング傘下のZAIN RECORDSに移籍、2007年、ビーイングが新設したNORTHERN MUSICに移籍
スパークリング☆ポイント 2007年にビーイングが新設したNORTHERN MUSICに移籍し、2009年6月解散、
は2010年にポニーキャニオンへ移籍しazusa名義でアニメソング歌手として活動していたが休止。
4D-JAM 2002年活動中止。2013年3月、Con4Tunesに移籍し、活動再開。

現在参加しているバンドメンバー[編集]

五十音順
名前 所属・旧所属 担当
麻井寛史 the★tambourinesSensation ベース
石橋創 キーボード
池田大介 キーボード
岩井勇一郎 三枝夕夏 IN db ギター
大賀好修 Rumble Fish・Steel and Glass・nothin' but loveOOM・Sensation ギター
大楠雄蔵 OOM・Sensation キーボード
大橋雅人 FEEL SO BAD ベース
岡崎雪 コーラス
小澤正澄 PAMELAH ギター
亀井俊和 the★tambourines ドラム
車谷啓介 New Cinema 蜥蜴三枝夕夏 IN db・Sensation ドラム
寺尾広 Soul Crusaders キーボード
山口“PON”昌人
ZAIN RECORDS所属)
FEEL SO BAD ドラム
脇田啓行 GRASS ARC.・New Cinema 蜥蜴・ELF ベース
綿貫正顕 WAXX ギター

番組サウンドトラック[編集]

テレビドラマ

テレビアニメ

番組名 発売日 タイトル 規格品番
パタパタ飛行船の冒険 2002年7月17日 パタパタ飛行船の冒険 オリジナル・サウンド・トラック GZCA-5019
結界師 2007年4月18日 結界師 オリジナル・サウンドトラック GZCA-5101
メルヘヴン 2007年3月14日 メルヘヴン THEME SONG BEST GZCA-5098
名探偵コナン
モンスターファーム
蒼天の拳
探偵学園Q

コンピレーションアルバム[編集]

発売日 タイトル 規格品番
2001年12月5日 GIZA studio R&B Respect Vol.1 〜six sisters selection〜 GZCA-5006
2001年12月19日 GIZA studio Masterpiece BLEND 2001 GZCA-5007 - 8
2002年7月17日 GIZA studio MAI-K & FRIENDS HOTROD BEACH PARTY GZCA-5017
2002年12月18日 GIZA studio Masterpiece BLEND 2002 GZCA-5025 - 6
2003年12月17日 GIZA studio Masterpiece BLEND 2003 GZCA-5044 - 5
2004年9月29日 すぽると! MEMORIAL〜Sweat and Tears〜 GZCA-5053
2007年3月14日 メルヘヴン テーマソングベスト GZCA-5098
2008年9月24日 Flavor Jazz〜GIZA Jazz compilation vol.1〜 GZCA-5140
2008年12月24日 GIZA studio 10th Anniversary Masterpiece BLEND 〜LOVE Side〜 GZCA-5149
2008年12月24日 GIZA studio 10th Anniversary Masterpiece BLEND 〜FUN Side〜 GZCA-5150
2009年9月30日 Flavor Jazz〜GIZA Jazz compilation vol.2〜 GZCA-5200
2010年12月1日 Christmas Non-Stop Carol GZCA-5229
2011年10月12日 GIZA studio presents -Girls- GZCA-5233 - 34

販売委託先[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b 春名俊希は後に、蒼遥和、咲井一希と二度改名。現在は咲井一希名義で、プロダクション「ミスティー」、レーベル「イグニッションレーベル」、マネジメントオフィス「グランミスト」を主催。
  2. ^ GIZA studio所属アーティストの楽曲を管理する音楽出版社であるギザミュージックの前身は、スプーンフルミュージックである。
  3. ^ Spoonfulは、当初、ZAIN RECORDSの関西専用のサブレーベルであったが、1997年7月1日に、関西拠点最初のメジャーレーベルのレコード会社であるAmemura O-town Recordとして独立し、そのサブレーベルとなった。
  4. ^ a b YOKO Black. StoneはGIZA studioのサブレーベルStyling Recordsからメジャーデビューする前、インディーズレーベルStyling Recordsで活動していた。なお、Styling Recordsは株式会社ギザの設立前から存在していた。
  5. ^ 当初は同じビーインググループのAmemura O-town Recordと同じビルの別の階に事務所を開いていた。
  6. ^ 「その後レーベルの名前をAmemura O-town Recordに改め、翌98年GIZAが誕生しました。設立当初はインディーズ・レーベルでしたが、99年にメジャーになってからは、長戸プロデューサーの下、倉木麻衣さん、愛内里菜さん、GARNET CROW三枝夕夏 IN dbを始め、数多くのアーティストがデビューして、音楽シーンを賑わせてきました。」(寺尾広「Being Works 第10回 New Cinema蜥蜴」『music freak Es Vol.26 (2012年2月号)』、エムアールエム。)
  7. ^ 関西拠点にて当時は唯一着実な売り上げが確保できた小松未歩を、同じビーインググループ内、しかも、同じビルの別の階にある会社間で移籍させていることより、実質的に当社とAmemura O-town Recordは一体であったと見做されることが多い。なお、当社自体がAmemura O-town Recordと一体であったと見做している例として、当社によるコンピレーション・アルバム『GIZA studio presents -Girls-』にて、小松未歩のAmemura O-town Record時代の作品が、3曲も選曲されている。
  8. ^ インディーズレーベルWEEDをWEEDSに改称後、上木彩矢は同レーベルからはリリースしていない。
  9. ^ Rumble Fish(1997年にSteel and Glassへ改名)は、春名俊希(蒼遥和・咲井一希)、大賀好修、井手信志、森崇の4名によるブルース・ロックバンド。
  10. ^ 愛内里菜「最後まで笑顔で」関西はラスト唱(スポニチアネックス)
  11. ^ プライバシーの為契約違反の内容は明らかにされていない。
  12. ^ 2011年4月7日 7:46 のツイート 斉田才(斉藤信久) (@saidasai) - Twitter

外部リンク[編集]