鹿児島赤十字病院

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Japanese Map symbol (Hospital) w.svg 鹿児島赤十字病院
Kagoshima Red Cross Hospital.JPG
情報
正式名称 日本赤十字社鹿児島赤十字病院
英語名称 Japanese Red Cross Society Kagoshima Hospital
前身 海浜院
錦江療院
錦江赤十字病院
標榜診療科 内科、リウマチ科、循環器内科、呼吸器内科、整形外科、脳神経外科、放射線科、リハビリテーション科、麻酔科
許可病床数

120床


一般病床:120床
機能評価 一般100床以上200床未満:Ver5.0
開設者 日本赤十字社鹿児島県支部長
伊藤祐一郎(鹿児島県知事)
管理者 松田剛正(院長)
開設年月日 1923年12月1日
所在地
891-0133
位置 北緯31度27分38.2秒
東経130度30分47.4秒
座標: 北緯31度27分38.2秒 東経130度30分47.4秒
二次医療圏 鹿児島
PJ 医療機関
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赤十字の標章

鹿児島赤十字病院(かごしませきじゅうじびょういん)は、鹿児島県鹿児島市平川町に所在する日本赤十字社医療機関である。設立当時のサナトリウムとしての立地選定から、2004年の合併前の鹿児島市の南端近くに位置する。

リウマチ膠原病に重点を置いた人員設備を備えている。また同敷地内に日本赤十字社の所有する特別養護老人ホーム錦江園があり、鹿児島市鴨池新町に所在する日本赤十字社鹿児島県支部・鹿児島県赤十字血液センター(献血プラザかもいけクロス)、東千石町に所在する献血ルーム天文館と共に日本赤十字社の鹿児島県における中心的な施設となっている。

沿革[編集]

  • 1905年明治38年)1月15日 - 前身の「海浜院」(結核病院)が鹿児島市郡元に開設。
  • 1923年大正12年)12月1日 - 海浜院を日本赤十字社が買収。
  • 1939年(昭和14年)5月22日 - 現在地に新築移転、錦江療院と改称[1]
  • 1952年(昭和27年)6月19日 - 錫山出張診療所を開設。
  • 1958年(昭和33年)4月1日 - 錦江赤十字病院と改称[1]
  • 1968年(昭和43年)4月1日 - 鹿児島赤十字病院と改称。
  • 1968年(昭和43年)11月1日 - 一般病床を開設、以後段階的に結核療養中心の体制から一般病院へ移行開始。
  • 1978年(昭和53年)3月15日 - 火の河原出張診療所を開設。
  • 1981年(昭和56年)4月1日 - 鹿児島圏域へき地中核病院の指定。
  • 1996年平成8年)5月20日 - エイズ治療協力病院の指定。
  • 1997年(平成9年)3月6日 - 災害拠点病院(地域災害医療センター)の指定。
  • 2003年(平成15年)10月28日 - 保健文化賞受賞。
  • 2005年(平成17年)3月1日 - 救急病院の認定。
  • 2005年(平成17年)4月1日 - 特定診療科巡回診療事業(眼科、耳鼻咽喉科、皮膚科)が県から移管される。
  • 2008年(平成20年)6月16日 - 財団法人日本医療機能評価機構 病院機能評価認定病院(審査体制区分2:Ver5)認定。
  • 2009年(平成21年)4月24日 - 鹿児島県災害派遣医療チーム指定病院として指定。
  • 2010年(平成22年)3月31日 - 錫山・火の河原出張診療所を廃止。
  • 2010年(平成22年)7月1日 - DPC対象病院になる。
  • 2010年(平成22年)12月10日 - 電子カルテ・オーダリングシステムの導入・稼働開始。
  • 2012年(平成24年)3月31日 - 結核病床(50床)を廃止[2]

診療科目[編集]

医療機関の指定等[編集]

鹿児島圏へき地中核病院[編集]

無医地区であった錫山及び火の川原への出張診療及び診療所開設に始まり、1981年4月1日、鹿児島圏へき地中核病院の指定を受け、以後三島村及び十島村への巡回診療を実施している。2000年10月に三島村へ常勤医師を派遣、2002年4月に十島村の上四島地区へ常勤医師を派遣し鹿児島県における無医市町村を解消させた。以後も携帯診療器具の拡充及び遠隔医療システムの導入等により医療格差の是正に貢献している[3]

交通アクセス[編集]

周辺施設[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b 『谷山市誌』 p.444 - 谷山市、1967年
  2. ^ 2004年4月より休床中だった。
  3. ^ 院長あいさつ

関連項目[編集]

外部リンク[編集]