三島村

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みしまむら
三島村
2015 Satsuma-Iojima Iodake.jpg
硫黄島硫黄岳
日本の旗 日本
地方 九州地方
都道府県 鹿児島県
鹿児島郡
団体コード 46303-5
法人番号 1000020463035
面積 31.40 km²
総人口 401
推計人口、2016年10月1日)
人口密度 12.8人/km²
三島村役場
所在地 892-0821
鹿児島県鹿児島市名山町12番18号
北緯31度35分40.2秒東経130度33分38.6秒座標: 北緯31度35分40.2秒 東経130度33分38.6秒
Mishima Village Office2.JPG
外部リンク 三島村
薩南諸島位置図

三島村位置図

― 市 / ― 町・村

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三島村(みしまむら)は、薩摩半島南端から南南西約40kmの位置にあり、竹島硫黄島鬼界ヶ島)、黒島の有人島と、新硫黄島デン島の無人島から成り立つ。

1908年(明治41年)に島嶼町村制が施行されたのに伴い十島村(じっとうそん)として設置されたが、第二次世界大戦の敗戦により、1946年(昭和21年)2月2日に「SCAPIN第677号」が発令されたのに伴い、口之島を含む北緯30度以南の区域は日本国政府の行政権及び司法権が停止され、アメリカ合衆国の施政下となった。1952年昭和27年)2月4日に北緯30度以南(口之島含む)が日本に本土復帰し、同年2月10日、政令の規定により、7島の区域をもって十島村(としまむら)が設置され、同日、十島村(じっとうそん)の区域は鹿児島県告示により、北緯30度(口之島除く)以北に変更され、同時に三島村に改称した。

歴史[編集]

戦前まではトカラ列島の7島(現在の鹿児島郡十島村(としまむら))を含めた大島郡十島村(じっとうそん)であったが、北緯30度線(屋久島口之島の間)以南は米軍の占領政策により日本の行政権及び司法権が停止された。村役場のあった中之島と切り離された為、残った3島で仮の十島村役場を鹿児島市に設立した。

1952年(昭和27年)2月4日に下7島が日本に返還され、同年2月10日、「鹿児島県告示第74号(大島郡十島村の境界)」により、それまでの日本の施政下にあった大島郡十島村は、それまでの下7島を含む境界から口之島を除く北緯30度以北に境界が変更され、同日施行の「鹿児島県告示第75号(大島郡十島村を三島村に変更する条例の許可)」によって村名を十島村から三島村に改称した。また、同日に「昭和27年政令第13号」の規定に基づき、本土復帰した7島の区域をもって十島村(2代)が設立された。

1973年(昭和48年)、大島郡から鹿児島郡に郡変更がなされ、現在に至る。

村役場が鹿児島市に置かれている理由としては、歴史的な理由だけでなく、行政機能の能率を上げる為による。いずれかの島に役場を置くより、県都であり生活圏である鹿児島市に置いていた方が、国や県との折衝がやりやすく、また住民にしても、各種申請が行いやすいという理由がある。また、交通手段を村営船のみに頼っている為、欠航等により鹿児島市に足止めされた場合でも、村役場の助けをもらえるという利点もある。ただし、役場職員のほとんどが村内に住所を持たないため、村長選や村議会選の選挙権が無く、また税が村に入らないなどの問題がある。

財政力指数は全市町村中で全国最下位である。

本土並みの行政サービスを受けられずに「選挙を通じて意思表示しなければ、切り捨てられてしまう」という過疎の離島の切実さから、公職選挙では寝たきりの高齢者を除くほぼ全員が投票することで高投票率であることが知られている[1][2]

地名[編集]

  • 硫黄島
  • 黒島
  • 竹島

遷移表[編集]

明治22年4月1日 明治22年 - 明治45年 大正1年 - 昭和19年 昭和20年 - 昭和27年 昭和27年 - 昭和40年 昭和40年 - 現在 現在
川辺郡十島
(町村制未施行)
明治30年4月1日
大島郡
明治41年4月1日
(島嶼町村制施行)
大島郡十島村
大正9年
(島嶼指定解除)
大島郡十島村
(上三島)
大島郡十島村
昭和22年5月3日
(地方自治法施行)
大島郡十島村
昭和27年2月10日
(境界変更・改称)
大島郡三島村
昭和48年4月1日
鹿児島郡三島村
鹿児島郡三島村
昭和21年2月2日
(アメリカ合衆国統治下)
十島村
昭和27年2月4日
(本土復帰・町村制)
大島郡十島村
昭和27年2月10日
(地方自治法適用)
大島郡十島村
昭和48年4月1日
鹿児島郡十島村
鹿児島郡十島村

地理[編集]

南西諸島の最北端に属する。

  • 竹島:面積4.20 km²、周囲9.7 km、人口112人
  • 硫黄島:面積11.65 km²、周囲14.5 km、人口142人
  • 黒島:面積15.37 km²、周囲15.2 km、人口215人

地勢[編集]

行政[編集]

  • 村長:大山辰夫

村の行政機関[編集]

  • 鹿児島市
    • 三島村役場
  • 竹島
    • 竹島出張所
  • 硫黄島
    • 硫黄島出張所
    • 三島開発総合センター
  • 黒島
    • 大里出張所
    • 片泊出張所
    • 大里ふるさとセンター
    • 片泊ふれあいセンター
  • 三島村消防団(事務所管は三島村役場)
    • 竹島消防分団
    • 硫黄島消防分団
    • 大里消防分団
    • 片泊消防分団

なお、三島村には常備消防はなく火災等災害時は消防団が対応する。救急に関しては診療所に配置されている患者輸送車(軽ワゴン車)で対応し、重症患者はヘリコプター(昼間は鹿児島県ドクターヘリ、夜間は海上自衛隊鹿屋救難飛行隊)により搬送される。 鹿児島県ドクターヘリは日本で唯一民間医療ヘリと補完飛行の提携を行っており、重複要請時には米盛病院医療ヘリレッドウィングが飛行することもある。

県の行政機関[編集]

金融機関[編集]

郵便局[編集]

いずれもゆうちょ銀行ATMは設置されていない。なお、集配を行うのは鹿児島中央郵便局である。

近隣自治体[編集]

地域[編集]

人口[編集]

Demography46303.svg
三島村と全国の年齢別人口分布(2005年) 三島村の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 三島村
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
三島村(に相当する地域)の人口の推移
1970年 655人
1975年 628人
1980年 619人
1985年 552人
1990年 503人
1995年 513人
2000年 500人
2005年 462人
2010年 418人
総務省統計局 国勢調査より

教育[編集]

小・中学校[編集]

高等学校[編集]

  • 村内に高校はなく、ほぼ全員が鹿児島学区に進学する。

文化施設[編集]

  • みしまジャンベスクール(硫黄島)
  • 冒険ランドいおうじま(硫黄島)※鹿児島市立

電話番号[編集]

市外局番は村内全域が「09913」。同一市外局番の地域との通話は市内通話料金で利用可能(硫黄島MA)。収容局は硫黄島局および硫黄島黒島局。

郵便番号[編集]

郵便番号は村内全域が「890-09xx」(鹿児島中央郵便局)である。

交通[編集]

村営航路[編集]

  • 航路
    • 鹿児島本港 - 竹島 - 硫黄島 - 黒島(大里) - 黒島(片泊) - 枕崎漁港
      • ほぼ一日おきに運航。鹿児島本港と片泊港(黒島)もしくは枕崎漁港でそれぞれ1泊する(運航スケジュールは村公式サイト参照または役場へ問い合わせの事)。
  • 船舶
    硫黄島港に着岸するみしま
    みしま[3]
    2001年4月竣工。1,196総トン、全長89.5m、幅14.0m、出力8,000ps、航海速力19.0ノット(最大20.4ノット)。
    旅客定員200名。車両搭載数:トラック5台・乗用車18台・バス1台。三菱重工業下関造船所建造。
    みしまが入渠(ドックイン)などで運航できないときはフェリーとしまがみしまの代船となり、逆にフェリーとしまが運航できないときはみしまがフェリーとしまの代船となる。近年、枕崎漁港(枕崎市)への延長が行われており、利便性が向上している。

道路[編集]

航空便[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 自治はどこへ:2015年統一選 投票率、毎回ほぼ100%離島の村 働かない議員は交代 「無人島になる」危機感”. 毎日新聞 (2015年2月12日). 2015年8月13日閲覧。
  2. ^ 投票率「100%」 離島の危機感 進む過疎化 「声上げないと切り捨てられる」 都市部は低い関心、打開策なし”. 産経新聞 (2015年4月15日). 2015年8月13日閲覧。
  3. ^ 日本船舶明細書I 2008年版 - 社団法人 日本海運集会所(2007年12月30日発行)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]