群馬女子高生誘拐殺人事件

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

群馬女子高生誘拐殺人事件(ぐんまじょしこうせいゆうかいさつじんじけん)とは2002年7月に発生した誘拐殺人事件。

概要[編集]

2002年7月19日昼過ぎ、群馬県勢多郡粕川村大字込皆戸(現・前橋市粕川町込皆戸)に住む無職S(当時36歳)は、路上を歩いていた大胡町に住む女子高生(16歳)を無理やり車に乗せる。数時間後、林道で止めていた車から逃げ出そうとした女子高生をカーオーディオのコードで首を絞めて殺害し、被害者財布から現金3000円を奪った。殺害後の夜11時30分、Sは被害者の携帯電話を使って、被害者家族に身代金20数万円を要求。家族は夜11時50分に警察に通報した。

7月20日、Sは指定の場所の電話をかけた後で金を取りに現れたところを、尾行していた捜査員任意同行を求められた。7月23日夜、「自分が殺して埋めた」と自供。その後の調べで、Sは事件当時200万円以上の借金があったことが判明した。

2003年10月9日前橋地方裁判所はSに無期懲役判決を言い渡した。

2004年10月29日東京高等裁判所は一審を破棄してSに死刑判決を言い渡した。Sが上告しなかったため、死刑判決が確定した。

2008年4月10日東京拘置所でSの死刑が執行された。享年41。

加害者[編集]

Sが生まれ育った被差別部落は代々関八州の被差別民を統轄していた浅草弾左衛門を頭とする長吏村だった[1]。「チョーリンボー」と言われ差別されていた[1]。Sの曽祖父は広く畜産業を営む富豪であり、村会議員を務めた地元の有力者だった[1]。しかしSが中学を卒業した頃、実家の畜産業は倒産した[1]。Sは1年で高校中退を余儀なくされた[1]。親戚筋をたより、地元の建設会社に勤めたが、自分から仕事に来なくなった[1]

地元ではこの事件が発生した前後にも同じ地区の出身者によるコンビニ強盗や、やはり同じ地区出身の村会議員による汚職といった犯罪が相次いでいたため、被差別部落に対する偏見の悪化を恐れて困惑する空気が強まったと伝えられる[1]

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ a b c d e f g 『日本の路地を旅する』260-277頁。

参考文献[編集]

  • 上原善広『日本の路地を旅する』文藝春秋、2012年。

関連項目[編集]