穂高駅

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穂高駅
駅舎(2015年9月22日)
駅舎(2015年9月22日)
ほたか
Hotaka
33 柏矢町 (2.0km)
(2.2km) 有明 31
所在地 長野県安曇野市穂高5944
駅番号 32
所属事業者 JR logo (east).svg東日本旅客鉄道(JR東日本)
所属路線 大糸線
キロ程 16.2km(松本起点)
電報略号 ホタ
駅構造 地上駅
ホーム 1面2線
乗車人員
-統計年度-
1,152人/日(降車客含まず)
-2015年-
開業年月日 1915年大正4年)7月15日[1]
備考 直営駅管理駅
みどりの窓口
標高:546.0m
テンプレートを表示
穂高駅前
安曇野市観光情報センター

穂高駅(ほたかえき)は、長野県安曇野市穂高にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)大糸線である。駅番号は「32[2]

安曇野観光の拠点駅で、特急列車の停車駅である。

歴史[編集]

駅構造[編集]

島式ホーム1面2線を持つ地上駅。改札内に、1番線をホーム北端へ渡る構内踏切が設置されている。また、さらに駅舎側にはアスファルト詰めの引き込み線がある。

大糸線には珍しいカーブホームで、車掌用モニターと注意を促す自動アナウンスが設置されている。また、特急「あずさ」停車対応のため、構内踏切への斜路を一部嵩上げしホームを延長しているが、1番線は8両編成までの対応に留まり、大糸線内9両編成となる「あずさ」(E257系)は上り、下りを問わず2番線に入線する(2010年3月13日のダイヤ改正まで運転されていた「スーパーあずさ」(E351系)は大糸線内は8両編成のため、1番線を使用可能だった)。それ以外の普通列車は原則として上りが1番線、下りが2番線を使用するが、例外的に当駅始発となる上り普通列車1本が2番線から発車している。

直営駅であり、管理駅として柏矢町駅有明駅安曇追分駅を管理している。駅舎内にはみどりの窓口(営業時間:6:00 - 19:30 ※途中休止時間帯あり)と、指定席券売機自販機が設置されているが、キヨスクなどの売店はない。駅舎は、駅名の由来ともされる穂高神社を模した社殿型の構造を取っており、アートギャラリー穂高が隣接している。

2010年現在、当駅始発着となる列車が1日3本(上り1本/下り2本)存在する。

また、大糸線には珍しく発車ベルが完備されている(大糸線にはこの他に信濃大町駅のみ。梓橋駅にも設置はされているが上り3両編成のみ対応しているだけで滅多に使用されない)。

のりば[編集]

番線 路線 方向 行き先
1 大糸線 上り 豊科松本方面
2 下り 信濃大町白馬南小谷方面、特急あずさ号

利用状況[編集]

2015年度の1日平均乗車人員は1,152人である。

乗車人員推移
年度 1日平均乗車人員
2000 1,392 [9] 
2001 1,348 [10] 
2002 1,365 [11] 
2003 1,344 [12] 
2004 1,350 [13] 
2005 1,318 [14] 
2006 1,289 [15] 
2007 1,275 [16] 
2008 1,237 [17]
2009 1,182 [18]
2010 1,192 [19]
2011 1,260 [20]
2012 1,224 [21]
2013 1,195 [22]
2014 1,123 [23]
2015 1,152 [24]

駅周辺[編集]

観光地駅のため、東口ロータリー周辺にはレンタサイクルや現地周辺地図を載せた観光案内板(キヨスク跡地)、土産物屋などがある。このほか、コインロッカー(駅舎南側)、自売機コーナーなどが設置されている。駅西側には改札がないが、田畑が分譲住宅地に整備され、公園・ロータリーが設置された。2008年1月25日に将来踏切拡張を想定して警報機の移設が行われ遮断機も警報機側に搭載。

ロータリー中央に植樹されているは、銀座の柳の子。1932年関東大震災復興記念として旧東京市へ出荷したことと、1987年中央区へ100本を寄贈したことへの返礼として、二世が"里帰り"したもの。

バス路線[編集]

松本電気鉄道の路線バスが乗り入れていたが、過疎化やモータリゼーションの進展に伴い、すべて廃止となっている。その代替手段として、乗合タクシーや自治体バスなどが設定され、当駅に乗り入れるようになった。

商店前乗場(太西渡辺わさび店前)
観光案内所乗場(穂高観光案内所前)。
穂高神社北鳥居前
  • 高速バス
    • 新宿方面、白馬方面

隣の駅[編集]

東日本旅客鉄道
大糸線
快速(上り1本のみ運転)・普通
柏矢町駅 (33) - 穂高駅 (32) - 有明駅 (31)

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 大糸線は南小谷駅でJR東日本とJR西日本に分割された[8]

出典[編集]

  1. ^ a b c 『長野県政史 別巻』 長野県、1972年3月31日。
  2. ^ 大糸線に「駅ナンバー」を導入します (PDF)”. 東日本旅客鉄道 (2016年12月7日). 2016年12月8日閲覧。
  3. ^ a b c 『東筑摩郡松本市塩尻市誌 第三巻 現代下』 東筑摩郡・松本市・塩尻市郷土資料編纂会、1965年。
  4. ^ 大町市史編纂委員会 『大町市史 第四巻 近代・現代』 大町市、1985年9月1日。
  5. ^ 大町市史編纂委員会 『大町市史 第五巻 民俗・観光』 大町市、1984年7月1日。
  6. ^ 『交通年鑑 昭和63年版』 交通協力会、1988年3月。
  7. ^ 今村都南雄 『民営化の效果と現実NTTとJR』 中央法規出版、1997年8月。ISBN 978-4805840863
  8. ^ 近藤禎夫 安藤陽 『JRグループ 「民営化」に活路を求めた基幹鉄道』 大月書店、1990年9月。ISBN 978-4272102037
  9. ^ 各駅の乗車人員 2000年度
  10. ^ 各駅の乗車人員 2001年度
  11. ^ 各駅の乗車人員 2002年度
  12. ^ 各駅の乗車人員 2003年度
  13. ^ 各駅の乗車人員 2004年度
  14. ^ 各駅の乗車人員 2005年度
  15. ^ 各駅の乗車人員 2006年度
  16. ^ 各駅の乗車人員 2007年度
  17. ^ 各駅の乗車人員 2008年度
  18. ^ 各駅の乗車人員 2009年度
  19. ^ 各駅の乗車人員 2010年度
  20. ^ 各駅の乗車人員 2011年度
  21. ^ 各駅の乗車人員 2012年度
  22. ^ 各駅の乗車人員 2013年度
  23. ^ 各駅の乗車人員 2014年度
  24. ^ 各駅の乗車人員 2015年度

関連項目[編集]

外部リンク[編集]