田代将太郎

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田代 将太郎
東京ヤクルトスワローズ #65
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 北海道石狩市[1]
生年月日 (1989-12-13) 1989年12月13日(29歳)
身長
体重
178 cm
74 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 外野手
プロ入り 2011年 ドラフト5位
初出場 2012年6月29日
年俸 900万円(2019年)[2]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

田代 将太郎(たしろ しょうたろう、1989年12月13日 - )は、東京ヤクルトスワローズに所属する北海道石狩市出身[1]プロ野球選手外野手)。左投左打。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

小学校4年生の時に外野手として野球を始めると、中学生時代は石狩中央シニアに所属していた[3][4]

東海大学付属第四高等学校への進学後は、3年夏の第89回全国高等学校野球選手権大会南北海道大会の札幌地区代表決定戦まで進んだことが最高成績で、春夏共に阪神甲子園球場での全国大会へ出場できなかった[5]。高校卒業後は東海大学へ進学を希望し、大学の練習場でセレクションを受けたが、「特待生では取れない」と言われてしまう[6]。なお、田代がなれなかった特待生に菅野智之田中広輔がいた[6]

八戸大学への進学後は、北東北大学野球のリーグ戦で、2年時の春季・秋季および4年生の春季に外野手としてベストナインに選出[5]。4年の秋季リーグ戦では打点王を獲得した。さらに、3年時のリーグ戦では春秋連覇を経験。春季優勝によって進出した第59回全日本大学野球選手権大会では、準々決勝の延長14回裏に、大会史上8人目のサヨナラ本塁打を放った[1]。秋季優勝を経て臨んだ11月の第41回明治神宮野球大会では、1回戦で「6番・中堅手」としてスタメンに起用。5打数2安打1打点を記録したが、チームは敗れた[7]。ちなみに、大学の1学年先輩に、塩見貴洋秋山翔吾がいた。

2011年のNPBドラフト会議で、埼玉西武ライオンズから5巡目で指名[8]。契約金3,000万円、年俸800万円(金額は推定)という条件で入団した[9]。背番号は61[10]で、この入団を機に、秋山と再びチームメイトになった。

西武時代[編集]

2012年には6月29日にプロ入り後初めての出場選手登録を果たす[11]と、同日の対北海道日本ハムファイターズ戦(西武ドーム)の8回裏に代走で一軍公式戦にデビューを果たした[12]。一軍公式戦では5試合の出場で打席に立つ機会がなかったものの、イースタン・リーグ公式戦では、68試合の出場で打率.269を記録した。

2013年には、イースタン・リーグ公式戦でプロ初本塁打を放つとともに、47試合の出場ながら打率.297をマーク。一軍公式戦では、9月14日の対千葉ロッテマリーンズ戦(西武ドーム)9回裏に代打で迎えた初打席で安打を放った[13]

2014年には、イースタン・リーグ公式戦73試合に出場。しかし、打率が.197(127打数25安打)にとどまるほどの不振で、プロ入り後初めて一軍公式戦への出場機会がなかった。

2015年にはイースタン・リーグ公式戦55試合の出場で打率.311、2本塁打を記録、一軍公式戦にも7試合に出場した。6月14日の対東京ヤクルトスワローズ戦(西武プリンスドーム)では、「8番・右翼手」として、一軍公式戦で初めてスタメンに起用された[14]

2016年には、プロ入り後初めて開幕一軍入りを果たす[15]と、主に代走として一軍公式戦13試合に出場した。しかし、4月22日に出場選手登録を抹消された[16]ことを境に一軍から遠ざかったままシーズンを終えた。イースタン・リーグ公式戦では73試合の出場で打率.221、4本塁打、30打点、13盗塁という成績を残した。

2017年には、オープン戦全13試合へ出場[17]。前年のパシフィック・リーグ盗塁王で一軍外野陣の1人でもある金子侑司の故障も背景に、2年連続で公式戦の開幕を一軍で迎えた。3月31日には、北海道日本ハムファイターズとの開幕戦で「2番・左翼手」として自身初の開幕スタメンを経験している[18]。しかし、一軍経験の浅さからパニックになり、練習ではいい状態であるものの、打席に立つとスイングの仕方さえ分からなくなるほどの打撃不振に陥った[6]内野手登録の外崎修汰が外野手として台頭したこともあって、4月中旬以降の一軍公式戦ではスタメンを外れることが相次いだ。4月23日の対日本ハム戦(いずれもメットライフドーム)で一軍初本塁打を記録した[19]ものの、5・6月は12打席無安打で、6月8日に出場選手登録を抹消[20]。8月5日に再び登録されたが、8月27日に抹消された[21]。一軍公式戦には自己最多の38試合に出場したが、打率は0割台だった。チームのレギュラーシーズン2位で迎えたクライマックスシリーズでは出場機会がなかった。シリーズ敗退後、フェニックス・リーグ参加中の10月28日に球団から戦力外通告された[22]

戦力外通告は本人の予想外であり[23]、通告された直後は不安から野球を辞めるつもりでいたが、元西武コーチの河田雄祐から「明日から、体を動かせ。やる、やらないはいいから。とりあえず動かせ」と促されて、練習を開始[6]。また、田代より前に戦力外通告を受けていた渡辺直人から「絶対まだやれるし、取ってくれるところはある。今やめたら絶対後悔するから、もったいないから、やれ!」と電話をもらったことが一番の刺激となり、NPB他球団での現役続行を希望するようになった[23]。11月15日にマツダスタジアムで開かれた12球団合同トライアウトへ参加すると、シートバッティング形式による対戦で4人の投手に対して4打数1安打という結果を残した。

ヤクルト時代[編集]

2017年11月17日に、東京ヤクルトスワローズが田代と契約したことを発表した[24]。前述したトライアウトの結果を受けての契約で、背番号は65

2018年は開幕一軍を勝ち取ると主にウラディミール・バレンティンの守備固めや代走として起用される。その後は何度か登録抹消を挟みながらも大半を一軍で過ごし、前年の倍近い自己最多の73試合に出場。その一方で打席に立つ機会は前年よりも減少したが、少ない機会の中でも打率.323を記録するなど飛躍のシーズンとなった。

選手としての特徴・人物[編集]

プロ入り時の50メートル走のタイムは5秒8[25]

父親の影響で生き物好きで、ベンガル)とクレステッドゲッコートカゲ[26]アピストグラマ・アガシジィのダブルレッド(熱帯魚[27]を飼っている。ベンガルには「ルウ」、クレステッドゲッコーには「レモン丸」という名前を付けており、たびたび田代のInstagramに写真が投稿されていた。

小さい頃は中日ドラゴンズのファンで、福留孝介に憧れていた。ただし、プロ入りしてからは、中日に対して特別に意識していることはないという[28]

西武時代のチームメイトからは「マーシー[29]や、「ターシー[30]の愛称で呼ばれていた。

西武時代の2015年6月11日の対広島東洋カープ戦(西武ドーム)では、同点で迎えた9回裏1死1・2塁の場面で、二塁走者の代走に起用された。しかし、打者の浅村栄斗が放った遊撃手方向への打球が足に当たったため、守備妨害とみなされてアウトを宣告された。ちなみに、浅村の打球が田代に当たらなければ、併殺の完成によって西武の攻撃が終了していた可能性もあった。しかし、田代の守備妨害が故意によるプレーではないと判断されたため、実際には一塁走者を残したまま試合は続行。結局、チームは次々打者エルネスト・メヒアの適時打によってサヨナラ勝ちを収めた[29]

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2012 西武 5 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .--- .--- .--- .000
2013 8 1 1 3 1 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1.000 1.000 1.000 2.000
2015 7 7 7 0 1 0 0 0 1 0 0 1 0 0 0 0 0 4 0 .143 .143 .143 .286
2016 13 5 4 2 1 0 0 0 1 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 .250 .250 .250 .500
2017 38 62 56 8 4 0 1 1 9 5 3 2 0 0 5 0 1 16 1 .071 .161 .161 .322
2018 ヤクルト 73 36 31 16 10 0 0 1 13 2 4 3 1 0 4 0 0 9 0 .323 .400 .419 .819
2019 51 21 19 7 5 1 2 0 10 7 1 1 0 1 0 0 1 6 0 .263 .286 .526 .812
NPB:7年 195 132 118 37 22 1 3 2 35 14 8 7 2 1 9 0 2 35 1 .186 .254 .297 .551
  • 2019年度シーズン終了時

年度別守備成績[編集]



外野












2012 西武 1 1 0 0 0 1.000
2013 1 0 0 0 0 ----
2015 5 2 0 0 0 1.000
2016 8 6 1 0 0 1.000
2017 30 32 0 0 0 1.000
2018 ヤクルト 48 22 0 0 0 1.000
2019 34 11 0 0 0 1.000
通算 127 74 1 0 0 1.000
  • 2019年度シーズン終了時

記録[編集]

背番号[編集]

  • 61 (2012年 - 2017年)
  • 65 (2018年 - )

登場曲[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b c 田代がサヨナラ弾!八戸大6年ぶり2度目の4強[リンク切れ] スポニチ Sponichi Annex 2010年6月12日掲載
  2. ^ ヤクルト - 契約更改 - プロ野球. 日刊スポーツ. 2019年1月4日閲覧。
  3. ^ 出身プロ野球選手 関東連盟-日本リトルシニア中学硬式野球協会-
  4. ^ リトルシニア » 29年目、石狩中央シニアを訪問!”. ベースボール北海道 ストライク (2014年1月27日). 2017年1月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年7月30日閲覧。
  5. ^ a b 別冊宝島 プロ野球選手データ名鑑2012 宝島社発行 54頁
  6. ^ a b c d 田代将太郎 死んでも打つ気持ち/平成元年生まれ3”. 日刊スポーツ. 野球の国から 平成野球史 (2019年4月28日). 2019年11月27日閲覧。
  7. ^ 明治神宮鎮座90年記念 第41回明治神宮野球大会 試合結果 1回戦 八戸大 - 関西国際大 公益財団法人 日本学生野球協会
  8. ^ 2011年 ドラフト会議開催! 埼玉西武ライオンズ オフィシャルサイト 2011年10月27日配信
  9. ^ 西武がドラフト5位の田代と合意 スポニチ Sponichi Annex 2011年11月11日掲載
  10. ^ 2011ドラフト指名6選手 入団発表会! 埼玉西武ライオンズ オフィシャルサイト 2011年12月7日配信
  11. ^ 【西武】田代初昇格「テンパっていて…」 日刊スポーツ 2012年6月29日掲載
  12. ^ 2012年6月29日 埼玉西武 対 北海道日本ハム 成績詳細 埼玉西武ライオンズ オフィシャルサイト
  13. ^ 2013年9月14日 埼玉西武 対 千葉ロッテ 成績詳細 埼玉西武ライオンズ オフィシャルサイト
  14. ^ 2015年6月14日 埼玉西武 対 東京ヤクルト 成績詳細 埼玉西武ライオンズ オフィシャルサイト
  15. ^ 公示(出場選手登録・抹消)”. 埼玉西武ライオンズ. 2016年11月14日閲覧。
  16. ^ 公示(出場選手登録・抹消)”. 埼玉西武ライオンズ. 2016年11月14日閲覧。
  17. ^ 西武 田代将太郎外野手・千載一遇のチャンスを生かす”. エンタメウィーク (2017年4月22日). 2017年10月28日閲覧。
  18. ^ 2017年3月31日 北海道日本ハム 対 埼玉西武 成績詳細 埼玉西武ライオンズ オフィシャルサイト
  19. ^ “西武・辻監督の秘蔵っ子・田代、プロ入り6年目の初アーチに「かかりすぎですね」”. ベースボールキング. (2017年4月24日). https://baseballking.jp/ns/113826 2017年10月28日閲覧。 
  20. ^ 2017年6月公示 出場選手登録・抹消”. 埼玉西武ライオンズ. 2017年10月28日閲覧。
  21. ^ 2017年8月公示 出場選手登録・抹消”. 埼玉西武ライオンズ. 2017年10月28日閲覧。
  22. ^ “西武・田代、開幕スタメンも戦力外”. サンケイスポーツ. (2017年10月28日). http://www.sanspo.com/baseball/news/20171028/lio17102805000002-n1.html 2017年10月28日閲覧。 
  23. ^ a b “スワローズの隠れイケメン・田代将太郎の心を動かした先輩からの電話”. 文春オンライン. (2018年6月2日). https://bunshun.jp/articles/-/7552 
  24. ^ 選手獲得のお知らせ”. 東京ヤクルトスワローズ. 2017年11月17日閲覧。
  25. ^ 2011年ドラフト指名者 ◇西武5位指名 スポニチ Sponichi Annex
  26. ^ “開幕スタメンを勝ち取った西武・田代は根っからの生き物好き 小さな“家族”のためバットを振る”. サンケイスポーツ. (2017年4月11日). http://www.sanspo.com/baseball/news/20170411/lio17041113000001-n1.html 2017年10月28日閲覧。 
  27. ^ 西武・田代将太郎外野手「ちょっとだけ後悔しています(笑)」”. 週刊ベースボールONLINE (2016年6月24日). 2017年10月28日閲覧。
  28. ^ ヤクルト・田代将太郎外野手「シャオロンの彫刻を彫ったりしていました」/あこがれの人”. 週刊ベースボールONLINE (2019年5月31日). 2019年11月27日閲覧。
  29. ^ a b “西武 幸運サヨナラ!ヒーローは田代?打球当たって併殺“消した””. スポニチ Sponichi Annex. (2015年6月12日). オリジナルの2015年6月12日時点によるアーカイブ。. http://archive.fo/pMAdT 2015年6月12日閲覧。 
  30. ^ 西武・森友哉、田代将太郎と腕相撲対決!”. CYCLE やわらかスポーツ情報サイト (2016年10月11日). 2017年10月28日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]