植村祐介

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植村 祐介
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 大阪府茨木市
生年月日 (1988-07-05) 1988年7月5日(30歳)
身長
体重
180 cm
87 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2006年 高校生ドラフト3巡目
初出場 2008年9月16日
最終出場 2012年5月31日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

植村 祐介(うえむら ゆうすけ、1988年7月5日 - )は、大阪府茨木市出身の元プロ野球選手投手)。右投右打。現在は北海道日本ハムファイターズブルペン捕手

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

大阪府茨木市に生まれ、小学校1年の時に地元の軟式野球チーム・安威インディアンズで野球を始める。野球人生のスタートは捕手であった。茨木市立北中学校では2年の練習中に北照高校の河上敬也監督の目に留まり、北海道小樽市へ野球留学する。

高校では1年春からベンチ入り。2年春の北海道大会決勝・札幌第一高校戦で投じた速球は自身最高の146km/hを記録し、田中将大駒大苫小牧高校)とともに脚光を浴びる。高校3年夏の高校野球南北海道大会で駒大苫小牧高校を1安打に抑える快投を見せるも敗退し、甲子園の土を踏む事はなかった。以来、田中をライバル視している。

3年秋には田中と黒滝将人札幌日本大学高校)と植村の3人が「北の三羽ガラス」と呼ばれるようになり、2006年のプロ野球ドラフト会議(高校生対象)において田中は東北楽天ゴールデンイーグルスに、黒滝は千葉ロッテマリーンズに、植村は北海道日本ハムファイターズにそれぞれ指名された。投手としての能力だけでなく打撃力もあり、高校通算本塁打は27本。

プロ入り後[編集]

プロ2年目の2008年オープン戦で中継ぎとして快投を見せたが、開幕直前にヒジを痛め戦線離脱してしまい、閉幕間際に2試合登板したのみに終わった。

2010年に台湾で開催された第17回IBAFインターコンチネンタルカップ日本代表に選ばれ、5試合に登板した。

2013年10月1日に球団から戦力外通告を受け[1]、現役引退。

現役引退後[編集]

2014年から2017年まで日本ハムの打撃投手を務めた[2] 後、2018年よりブルペン捕手に転向。

人物[編集]

理容組合北海道日本ハムファイターズ後援会が球団とコラボレーションして、毎年の最新ヘアデザインのモデルを若手選手の中よりファン投票で選出している企画「ファイターズスタイル」の2009年度モデルに選ばれた。[3][4]

選手としての特徴[編集]

最高速149km/hの速球[5] 縦に大きく割れるカーブチェンジアップを投げる。

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2008 日本ハム 2 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 15 3.0 3 0 3 0 1 0 1 0 1 1 3.00 2.00
2009 1 1 0 0 0 0 0 0 0 ---- 20 3.0 7 1 4 0 0 2 2 0 5 5 15.00 3.67
2012 9 0 0 0 0 1 0 0 0 1.00 51 12.0 8 1 7 0 1 12 0 0 5 5 3.75 1.25
通算:3年 12 1 0 0 0 1 0 0 0 1.00 86 18.0 18 2 14 0 2 14 3 0 11 11 5.50 1.78

記録[編集]

背番号[編集]

  • 46 (2007年 - 2013年)
  • 96 (2019年 - )

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d 来季契約について”. 北海道日本ハムファイターズ公式サイト (2013年10月1日). 2013年10月3日閲覧。
  2. ^ 【日本ハム】植村、浅沼が来季球団職員へnikkansports.com、2016年11月11日閲覧。
  3. ^ 日本ハムのおもしろ“髪ラツ”企画 若手選手がヘアデザインのモデルに 今年はダレ?ZAKZAK、2017年7月3日閲覧。
  4. ^ ファイターズスタイルカットハウスしばた、2017年7月3日閲覧。
  5. ^ 吉井理人 オフィシャルブログ

関連項目[編集]

外部リンク[編集]