今浪隆博

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
今浪 隆博
20140413 Takahiro Imanami, infielder of the Tokyo Yakult Swallows, at Yokohama Stadium.JPG
ヤクルト時代
(2014年4月13日、横浜スタジアムにて)
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 福岡県北九州市小倉南区
生年月日 (1984-07-06) 1984年7月6日(35歳)
身長
体重
172 cm
75 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 内野手
プロ入り 2006年 大学生・社会人ドラフト7巡目
初出場 2008年8月20日
最終出場 2017年5月27日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

今浪 隆博(いまなみ たかひろ、1984年7月6日 - )は、福岡県北九州市出身の元プロ野球選手内野手)。右投左打。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

2歳年上の兄の影響で小1よりソフトボールを始める。小6までソフトボールを続け、中1から硬式野球チームに入団。 京都府平安高校に進み、甲子園には2001年(2年夏)の第83回選手権大会2002年(3年春)の第74回選抜大会に出場した。2年夏は準々決勝で阿部健太のいた松山商業と戦っている。

明治大学(商学部)[1]に進学後、広角に打ち分けるシュアな打撃に長打力も合わせ持ち、2006年東京六大学野球秋季リーグ戦で打率2位(.361)の実績を残した。

日本ハム時代[編集]

2007年、日本ハム入団ルーキーながら二軍で遊撃手のレギュラーをつかみ、チーム2位の80試合に出場、打率.280の好成績を残した。12月25日、会社員であり、大学の同級生の女性と入籍。

2010年金子誠の離脱もあり、前年よりも出場試合数、打席数を大きく増加させた。

2011年はチームの内野手に故障者が続出したこともあり、チーム事情に合わせ二塁手・三塁手・遊撃手などこなしスタメンに入る機会を増加させ、自己最高の84試合に出場した。

2013年6月30日の西武戦(札幌ドーム)で6番・右翼手で先発出場し、プロ入り後初めて外野の守備についた。

ヤクルト時代[編集]

2014年のシーズン途中に、増渕竜義との交換トレードで東京ヤクルトスワローズへ移籍[2]

2015年はショートのポジションを大引啓次森岡良介と争う。開幕は大引がスタメンで森岡が代打の中心となるが、5月の大引離脱後にショートでのスタメン出場の機会を得ると打撃面で活躍を見せた。自身も怪我があったが、後半戦以降は大引に代わるスタメンや代打の切り札としての起用も増え、その中で3割を超える高打率をマークして優勝に貢献した。

2016年は6月17日の対埼玉西武ライオンズ戦で、炭谷銀仁朗が打ったフライ性の打球を捕ろうとして川端慎吾と衝突し、担架で病院に運ばれた。翌18日に登録抹消となったが、抹消から10日未満となる6月24日に登録され復帰した。これは、脳震盪の登録抹消特例が適用されたためで、今浪がプロ野球史上初の適用者となった。さらに、9月3日には甲状腺機能低下症により登録抹消されたが、3週間後の9月24日に一軍復帰した[3]

2017年は5月18日に一軍登録されたが、7試合の出場のみで、29日に登録抹消。10月3日、球団より戦力外通告を受けた[4]。本人は持病の慢性甲状腺炎(橋本病)の影響も鑑みて、引退を決断した[5]

選手としての特徴・人物[編集]

日本ハム時代(2013年3月9日)

走攻守にバランスが取れ、内野全ポジションを守れる万能型の選手[6][7]。外野手として起用されたこともある。

左打席に立ち、常にやや斜め下を向いてバットを振る独特な打撃フォームが特徴。

日本ハム時代の応援歌は、古城茂幸の応援歌(原曲:任天堂のゲームソフト『MOTHER2』のBGMの1つである「Smiles and Tears」)の流用。

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2008 日本ハム 1 1 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000 .000 .000 .000
2009 5 4 4 0 1 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 .250 .250 .250 .500
2010 29 50 45 1 11 1 0 0 12 3 0 0 2 0 3 0 0 11 1 .244 .292 .267 .559
2011 84 197 179 12 43 7 1 0 52 8 3 1 10 0 8 1 0 18 0 .240 .273 .291 .563
2012 13 18 18 0 3 0 0 0 3 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 .167 .167 .167 .333
2013 91 150 128 11 31 4 0 0 35 14 0 1 6 3 13 0 0 11 1 .242 .306 .273 .579
2014 ヤクルト 13 41 38 7 8 1 0 0 9 1 0 0 0 0 3 0 0 4 0 .211 .268 .237 .505
2015 68 139 123 13 39 8 0 2 53 13 1 0 3 1 12 0 0 14 1 .317 .375 .431 .806
2016 94 240 201 22 56 9 3 1 74 28 0 1 3 4 30 0 2 25 3 .279 .371 .368 .739
2017 7 17 15 1 4 1 1 0 7 2 0 0 1 0 1 0 0 0 0 .267 .313 .467 .779
通算:10年 405 857 752 67 196 31 5 3 246 69 4 3 25 8 70 1 2 84 7 .261 .322 .327 .649

年度別守備成績[編集]

内野守備

一塁 二塁 遊撃 三塁
















































2009 - - 2 1 3 0 0 1.000 3 0 1 0 0 1.000
2010 - - 14 14 25 2 7 .951 1 1 0 0 0 1.000
2011 - 45 37 63 0 9 1.000 38 41 87 3 17 .977 13 6 19 0 0 1.000
2012 - 2 0 2 0 0 1.000 5 4 12 2 1 .889 2 0 1 0 0 1.000
2013 - 46 55 82 1 17 .993 3 1 5 0 0 1.000 29 6 13 1 1 .950
2014 - - 13 13 24 1 2 .974 -
2015 1 1 0 0 0 1.000 - 37 40 77 4 11 .967 8 0 2 0 0 1.000
2016 47 241 20 1 17 .996 - 10 12 24 1 6 .973 14 9 14 2 2 .920
2017 3 13 0 0 3 1.000 - - 1 0 0 0 0 .000
通算 51 255 20 1 20 .996 93 92 147 1 26 .996 122 126 257 13 44 .967 71 22 50 3 3 .960
外野守備

外野












2013 2 3 0 1 0 .750
通算 2 3 0 1 0 .750

記録[編集]

背番号[編集]

  • 45 (2007年 - 2014年途中)
  • 59 (2014年途中 - 2017年)

登場曲[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 球道夢限 第4回 今浪隆博(商4)”. 明大スポーツ新聞部. 2012年10月31日閲覧。
  2. ^ 日本ハム・今浪とヤクルト・増渕 開幕直後の緊急トレード 両球団の思惑一致”. スポニチ. 2014年3月31日閲覧。[リンク切れ]
  3. ^ 甲状腺機能低下症と戦ったヤクルト今浪 想像超える苦しみに記者のペン止まる”. スポニチ. 2016年10月14日閲覧。
  4. ^ 戦力外通告について”. 東京ヤクルトスワローズ公式サイト (2017年10月3日). 2017年10月3日閲覧。
  5. ^ ヤクルト今浪引退「僕の体では戦えない、橋本病」”. 日刊スポーツ. 2017年10月3日閲覧。
  6. ^ ヤクルト増渕とハム今浪が交換トレード 日刊スポーツ 2014年3月31日
  7. ^ ヤクルト・増渕と日本ハム・今浪が緊急トレード サンケイスポーツ 2014年3月31日

関連項目[編集]

外部リンク[編集]