加賀繁

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加賀 繁
横浜DeNAベイスターズ #16
20120503 Sigeru Kaga, pitcher of the Yokohama DeNA BayStars, at Yokohama Stadium.JPG
2012年5月3日 横浜スタジアム
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 埼玉県川越市
生年月日 (1985-04-13) 1985年4月13日(32歳)
身長
体重
182 cm
84 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2009年 ドラフト2位
初出場 2010年3月26日
年俸 2,800万円(2017年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

加賀 繁(かが しげる、1985年4月13日 - )は、横浜DeNAベイスターズに所属するプロ野球選手投手)。埼玉県川越市出身。

ゲーム「がんばれゴエモン」の主人公に風貌が似ているという理由で、チームメイトからは「ゴエモン」の愛称で呼ばれる[2]

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

埼玉平成高時代は三塁手投手であり、甲子園出場経験はなかった。

関甲新学生野球連盟上武大学に入学後に投手に転向、石川俊介(元阪神)と共に活躍。大学4年の秋季リーグではMVPを獲得した。出場した神宮大会では本塁打も放つ。

大学卒業後は住友金属工業に入社、野球部に所属。1年目は春のJABA四国大会でチーム優勝に貢献しMVPを獲得した。第79回都市対抗野球大会日立製作所の補強選手として初出場し、リリーフで登板。第35回社会人野球日本選手権では先発登板したが、3イニングを被安打5、4失点。翌年も第80回都市対抗野球大会富士重工業の補強選手として2年連続出場するが登板機会は無し。

2009年10月29日プロ野球ドラフト会議で、横浜ベイスターズの2位指名を受け入団。11月16日契約金8000万円、年俸1200万円(金額は推定)で契約した。

プロ入り後[編集]

横浜時代(2010年)
2010年

4月25日の対東京ヤクルトスワローズ戦に先発し、5回1失点でプロ初勝利を挙げ、初のお立ち台に立っている[3]。 その後シーズン終了まで先発ローテーションの一角を担い防御率3.66をマークしたが、打線の援護に恵まれず3勝12敗と大きく負け越した。10月には台湾で開催された第17回IBAFインターコンチネンタルカップの日本代表に選ばれた。

2011年

牛田成樹が開幕前に離脱した影響もあって中継ぎへ転向した。その後、牛田の復帰後に再び先発に戻ったが、6月25日に右肩痛で一軍登録を外れ、9月に復帰し、前年を上回る4勝をマーク。

2012年

牛田と江尻慎太郎の離脱によりこの年も開幕から中継ぎで起用され、61試合で防御率2.86と安定した成績を残した。オフの11月6日に、「侍ジャパンマッチ2012「日本代表 VS キューバ代表」」の日本代表が発表され[4]代表入りした[5]

2013年

開幕直前に先発投手陣が手薄となり、先発への再転向という話も出たが[6]、結局中継ぎで起用された。しかし調子が上がらず、右のワンポイントやビハインドの場面での登板が目立つようになる。8月に不調で一軍登録を抹消され、前年を下回る成績に終わった。

2014年

先発に再転向するが、3試合で防御率10.80と結果を出せず、結局中継ぎに戻ることになった。中継ぎでは昨年同様、右のワンポイント中心に起用され、救援成績は34試合の登板で25回を投げ、2勝・13ホールド・防御率1.80・WHIP0.92と安定した成績を残した。

2015年

開幕直後はまずまずのピッチングを続けていたものの、4月12日中日ドラゴンズ戦でエクトル・ルナにサヨナラタイムリーを打たれると調子を崩し二軍落ちをした。再昇格をするも、6月4日福岡ソフトバンクホークス戦で1回4失点と炎上してしまい、その後の一軍登板はなかった。

2016年

開幕から二軍生活が続いていたが、7月11日に一軍登録され、シーズン終了まで主に右のワンポイントとして起用された。

2017年

選手としての特徴[編集]

深く沈み込むような独特のサイドスローから投げる平均球速138km/h[7]、最速146km/hのストレートスライダーシンカーが持ち味、稀にフォークを投げる。右打者に対してはスライダーが効果的で無類の強さを発揮する一方、2011年以降は被打率が悪化している左打者に対しての投球が課題であった[8]。しかし、2016年からは左打者に対する被打率のほうが右打者のそれよりも良化している。

また、バレンティンとの相性がよく、2016年までの通算対戦成績は17打数無安打である。

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2010 横浜
DeNA
27 24 0 0 0 3 12 0 1 .200 620 145.0 165 15 28 3 7 83 1 1 67 59 3.66 1.33
2011 29 9 0 0 0 4 3 0 3 .571 291 70.2 72 8 11 2 2 51 0 0 28 28 3.57 1.17
2012 61 0 0 0 0 0 2 0 26 .000 175 44.0 34 4 11 2 2 45 0 0 14 14 2.86 1.02
2013 48 0 0 0 0 1 4 0 9 .200 153 34.0 40 4 10 5 4 33 0 0 16 15 3.97 1.47
2014 37 3 0 0 0 2 1 1 13 .667 160 38.1 37 6 8 1 3 26 0 0 21 21 4.93 1.17
2015 9 0 0 0 0 0 0 0 3 ---- 37 8.0 11 2 3 0 0 6 0 0 7 7 7.88 1.75
2016 26 0 0 0 0 0 0 0 6 ---- 75 16.2 19 2 6 0 1 17 0 0 10 10 5.40 1.50
2017 33 0 0 0 0 2 0 0 10 1.000 115 26.1 29 4 7 2 0 20 0 0 15 13 4.44 1.37
通算:8年 270 36 0 0 0 12 22 1 71 .353 1626 383.0 407 45 84 15 19 281 1 1 178 167 3.92 1.28
  • 2017年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高
  • 横浜(横浜ベイスターズ)は、2012年にDeNA(横浜DeNAベイスターズ)に球団名を変更

記録[編集]

投手記録
打撃記録

背番号[編集]

  • 16 (2010年 - )

登場曲[編集]

▪︎ ビーグルクルー「小さなヒーロー」(2017年-)

代表歴[編集]

脚注[編集]

  1. ^ DeNA - 契約更改 - プロ野球.日刊スポーツ.2016年12月5日閲覧。
  2. ^ 若き星たち 第23回 加賀繁選手」”. 横浜DeNAベイスターズ公式 (2011年8月29日). 2017年5月25日閲覧。
  3. ^ ルーキー加賀も初勝利、5回1失点と好投日刊スポーツ2010年4月26日
  4. ^ 侍ジャパンマッチ2012 日本代表メンバー[リンク切れ] NPB公式サイト (2012年11月6日) 2015年4月14日閲覧
  5. ^ 日本代表メンバー NPB公式サイト (2012年11月6日) 2015年4月14日閲覧
  6. ^ DeNA若手誤算でウルトラC!加賀先発もスポーツニッポン 2013年3月19日
  7. ^ 『2011プロ野球オール写真選手名鑑』 日本スポーツ企画出版社、2011年、183頁。ISBN 978-4-930942-98-2
  8. ^ DeNA加賀繁 先発転向説も2回に1回打たれる「対左打者」対策は?[リンク切れ]ガジェット通信 2013年11月13日
  9. ^ a b 神奈川新聞、2010年3月27日。
  10. ^ 神奈川新聞、2010年4月5日。
  11. ^ 神奈川新聞、2010年4月26日。
  12. ^ 神奈川新聞、2010年7月10日。
  13. ^ 神奈川新聞、2010年4月11日。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]