優駿 (小説)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
優駿 ORACIONから転送)
ナビゲーションに移動 検索に移動
優駿
著者 宮本輝
発行日 1986年10月25日
発行元 新潮社
ジャンル 長編小説
日本の旗 日本
言語 日本語
形態 上製本
ページ数 283(上巻)
330(下巻)
公式サイト www.shinchosha.co.jp(上巻)
www.shinchosha.co.jp(下巻)
コード 978-4-10-332504-8(上巻)
978-4-10-332505-5(下巻)
978-4-10-130706-0(上巻)(文庫判)
978-4-10-130707-7(下巻)(文庫判)
Portal.svg ウィキポータル 文学
[ Wikidata-logo-en.svg ウィキデータ項目を編集 ]
テンプレートを表示

優駿』(ゆうしゅん)は、宮本輝の小説。第1章が『小説新潮スペシャル1982年春号に掲載、第2章以降が『新潮』1982年7月号から1986年8月号に連載、1986年10月25日新潮社より上下巻にて刊行された。競走馬「オラシオン」の誕生から日本ダービー挑戦までの成長を巡る、「オラシオン」を取り巻く人々の人間模様を描く[1]。第21回(1987年)吉川英治文学賞受賞作。

1988年に『優駿 ORACIÓN』(ゆうしゅん オラシオン)と題しフジテレビ開局30周年記念作品として映画化された。

概要[編集]

幼き日に父と一緒に競馬場へ通った著者が、1978年(昭和53年)に『螢川』で第78回芥川賞を受賞して「父が生きていたら、どんなに喜んでくれたことだろう」と涙し、「いつの日か、一頭のサラブレッドを主人公にした小説を書こう」と決意。爽やかさや凛々しさをあわせ持ち、烈しさをも感じさせる言葉の響きから、題名は日本中央競馬会発行の機関紙のタイトルでもある『優駿』に決定し、『小説新潮スペシャル1982年(昭和57年)春号への第一章の掲載から、社台ダイナースサラブレッドクラブ一口馬主になるなどして競馬の世界の取材や研究を重ねつつ、4年の歳月を費やして執筆された[2][3]

1986年(昭和61年)に新潮社より刊行されるとベストセラーとなり、翌1987年(昭和62年)の第21回吉川英治文学賞を最年少で受賞。また、本作の馬事文化への貢献を評価され、同年に創設されたJRA賞馬事文化賞を贈られている[2]

あらすじ[編集]

北海道の南部、静内町の小牧場に一頭の雄の仔馬が生まれた。馬産地の雄大な自然に育つ漆黒のサラブレッド、オラシオンと競走馬に夢を託す人間たちとの日本ダービー出走に至る3年間を描く。

札幌市を南下し海岸に沿う国道235号を東へ進むと、広がる草原に幾頭もの馬の姿を目にする。競走馬の一大生産地日高地方に入り、やがて静内町と三石町が合併した新ひだか町に着く。 著者は、小学生のころ1冊のサラブレッドの児童書を読み、その血統のロマンに強く惹かれた。のちに小説家になると、ギャンブル小説ではなく「サラブレッドという不思議な生き物それ自体を書きたい」と執筆、雑誌の連載を経て1986(昭和61)年に『優駿』を刊行した。物語は、オラシオンを軸として、章ごとに牧場の跡取り渡海博正、馬主で大阪の企業家和具平八郎、その娘久美子、平八郎の秘書多田らの視点で語られていく。 競走馬の長距離レース、ダービーなどは雄が圧倒的に有利とされる。トカイファームでは、博正の父仙造の夢の掛け合わせによる出産が迫り、博正は優れた牡馬の誕生をシベチャリ川に祈った。牧場には、和具親子と多田が滞在していた。博正が大学生で同い年の久美子に話す。 「もうじき生まれる仔馬はねェ、血量が三×四なんだ」 「三×四…?」 「(中略)近親の血量が十八.七十五パーセントの、つまり〈奇跡の血〉って呼ばれる交配ってわけさ」 その日の夜中、無事に誕生した待望の雄の仔馬は、購入した平八郎に委ねられた多田にスペイン語で「祈り」の意味のオラシオンと命名される。馬体には気品が漂い、申し分ない骨格のバランスが表すとおりよく走り、大牧場吉永ファームで育成されデビュー、勝ち鞍を重ねた。博正は、トカイファームを小規模でも日本有数の牧場にしようと夢を抱き、十年単位の目標を立て草づくりから始めるが、まもなく仙造が余命宣告を受ける。一方、和具工業が吸収合併され、社長の平八郎が失脚、平八郎を欺いた形で会社に残った多田は存続の危うい部署に配属される。オラシオンが手に残った平八郎は、廃業する牧場を入手し、共有馬主システムの会社設立を構想する。 オラシオンのダービー出走が決まるが、仙造が亡くなる。葬儀の翌日、平八郎は計画と協力を博正に切り出すのだが、成功のためにはオラシオンのダービー優勝が外せない条件だった…。 彼は、オラシオンが仔馬だったころ、何度も何度も話しかけた言葉を思い出した。 -俺も父ちゃんも、お前が走るダービーを観に行くからな-。(中略)父と一緒にダービーを観に行くということ以外は、すべて現実となりつつあるのに一種の戦慄に似たものを感じた。世の中、そんなに自分の願ったとおりに事が運ぶ筈がない。 「ダービーなんて、もういいじゃねェか」。 オラシオンに乗る奈良五郎は、自己の妬みから発した一言で、ライバル騎手とかつての愛馬の落馬死亡事故を引き起こしたという負い目を抱え、命知らずと言われるほど変貌した。 新緑の5月観衆12万余の府中東京競馬場、23頭立て2400mの大レースを激走し、オラシオンは最初にゴールするも走路に斜行があったと審議されるが入着順で確定、ダービー馬に輝いた。多田が表彰式を見つめる。 〈生産者〉と書かれた台の上に、渡海博正が直立不動で立っていた。(中略)多田の心には、オラシオンが勝っていたか負けていたかについて佐木と話しているときから、あるひとつの想念が生じていた(中略)勝ったのは、トカイファームという静内の小さな牧場の青年だけだ、と。(中略)風の渦巻く夜のトカイファームが心に広がり、人間の深い一念の力にひれ伏した。 著者は、随筆にこう記している。「一頭の競走馬を中心にして、それを取り巻いている人のそれぞれの人生をつづって行くことで、サラブレッドという生き物の不思議な美しさと哀しさをあぶり出せたら」。本書には、平八郎が認知した息子の病死や多田の複雑な生い立ちなども書き込まれ、生命や血を巡る物語としても深みを増している。 人工的に淘汰されてきた生命、美しいサラブレッドの物語が結実した。 人生を駆ける 望月 洋那/一道塾塾生  http://kai-hokkaido.com/novel029/ 吉川英治文学賞受賞。

登場人物[編集]

馬主[編集]

和具 久美子
平八郎の娘。父に「オラシオン」をねだって譲り受ける。異母弟・誠の存在を知って、弟の生きる糧になればと「オラシオン」を譲り渡す。
和具 平八郎
「和具工業株式会社」の社長。会社の吸収合併、息子・誠の病気などの苦境に直面し、都会の喧騒を離れて足を運んだ「トカイファーム」で自らの夢を「オラシオン」に託すこととなる。

生産者[編集]

渡海 博正
「トカイファーム」の後継者。常に馬に語りかけるなど馬に惜しみなく愛情を注ぎ、「トカイファーム」を有数な牧場へと成長させたいと願う。「オラシオン」の誕生時に出会った久美子にほのかな思いを寄せる。
渡海 千造
北海道静内町にて小さな牧場「トカイファーム」を営む牧場主。借金に苦しみつつ名馬の生産に情熱を注ぎ、一世一代の夢をかけた仔馬「オラシオン」を産み出す。

騎手[編集]

奈良 五郎
「オラシオン」の騎手。研究熱心で、「ミラクルバード」の騎乗で腕を上げる。事故を契機に、すべてのレースに命懸けで騎乗することを誓う。

調教師[編集]

砂田 重兵衛
「オラシオン」の調教師。人間の都合に左右されることなく馬のいい時を待って見極めることができる調教師として定評がある。

その他[編集]

多田 時雄
「和具工業株式会社」の社長秘書室勤務。和具社長の信頼厚い部下で、「オラシオン」の名付け親となる。会社の吸収合併の際に相手会社と通じ、社長を裏切る。
吉永 達也
「吉永ファーム」の牧場主。日本で一二を争う有数の牧場で徹底した馬の管理を行い、自ら生産した馬の調教に必ず立ち会う。
田野 誠
平八郎と愛人・田野京子の間に誕生した息子。久美子の異母弟。慢性腎不全を患い、治癒には父・平八郎からの腎臓移植が必要となる。

出典[1]

書誌情報[編集]

単行本
文庫本
全集

映画[編集]

本来の表記は「優駿 ORACIÓN」です。この記事に付けられた題名は技術的な制限または記事名の制約により不正確なものとなっています。
優駿 ORACIÓN
監督 杉田成道
脚本 池端俊策
原作 宮本輝優駿
製作 羽佐間重彰日枝久
製作総指揮 浅野賢澄鹿内宏明
出演者 斉藤由貴
緒形直人
吉岡秀隆
加賀まりこ
吉行和子
林美智子
平幹二朗
石坂浩二
石橋凌
根本康広
下條正巳
田中邦衛
三木のり平
緒形拳
仲代達矢
音楽 三枝成彰
撮影 斉藤孝雄
原一民
編集 浦岡敬一
製作会社 フジテレビジョン
仕事
配給 東宝
公開 日本の旗 1988年7月23日
上映時間 117分
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
配給収入 18億円[4]
テンプレートを表示

優駿 ORACIÓN[注 1]』(ゆうしゅん オラシオン)は、1988年(昭和63年)に公開された日本映画。原作は吉川英治文学賞およびJRA賞馬事文化賞受賞作である宮本輝小説優駿』。フジテレビ開局30周年記念作品として制作され、240万人超を動員する興行成績を残した[要出典]

あらすじ(映画)[編集]

北海道の小さな牧場で生まれ“オラシオン(祈り)”と名付けられた1頭の競走馬は、周囲の人々から様々な想いを託され日本ダービーに出走する。

キャスト[編集]

和具久美子
演 - 斉藤由貴
和具平八郎の娘。父からオラシオンを譲り受ける。
渡海博正
演 - 緒形直人
オラシオンを生産した渡海千造の息子。
田野誠
演 - 吉岡秀隆
和具平八郎の非嫡出子。久美子の腹違いの弟。
田野京子
演 - 加賀まりこ
田野誠の母。
和具美穂
演 - 吉行和子
和具久美子の母。
渡海タエ
演 - 林美智子
多田時雄
演 - 石橋凌
和具平八郎の秘書。オラシオンの名付け親。
奈良五郎
演 - 根本康広(当時JRAの現役騎手)
オラシオンの主戦騎手
増原耕左右
演 - 平幹二朗(特別出演)
吉永達也
演 - 石坂浩二(特別出演)
砂田重兵衛
演 - 田中邦衛
オラシオンの調教師
獣医
演 - 三木のり平
オラシオンの出産に立ち会った獣医
渡海千造
演 - 緒形拳
トカイファームの牧場主。
和具平八郎
演 - 仲代達矢
オラシオンの馬主。和具工業社長。

スタッフ[編集]

受賞[編集]

関連商品[編集]

サウンドトラック[編集]

VHS[編集]

  • 優駿 ORACIÓN(1989年2月20日、ポニーキャニオン)

DVD[編集]

  • 優駿 ORACIÓN(2001年11月21日、ポニーキャニオン、 PCBC-50121)

イメージソング[編集]

その他[編集]

日本ダービーのレースシーンは、1987年(昭和62年)の同競走を撮影して使用する予定だった。その年の日本ダービーはマティリアルが1番人気で、撮影したスタッフもマティリアルの優勝を信じていたため、撮影用にも同馬に似た仔馬があらかじめ用意されていた。しかし、実際に優勝したのはメリーナイスで、その栗色の馬体と俗に四白流星と言われる白斑のため、再度仔馬を探さなければならなくなった。その仔馬時代を演じた栗毛の馬には流星がなかったため、化粧をしてまでメリーナイスに似せて撮影された。後にその仔馬は、マヤノオラシオンと名付けられてデビューしている。ダービー当日設置された撮影用カメラは全て、マティリアルを追いかけており、優勝したメリーナイスの映像は全く撮影されていなかった。

このため、ダービーのレースシーンは「撮り直し」せざるを得なかったが、撮影用に借り出されたのは現役の競走馬を引退した馬たちで、都合よく「オラシオン」が先頭でゴールしてくれなかった。結局、彼らに「オラシオン」が勝つまで過酷な全力疾走を何度も強いたため、故障する馬たちが続出した。メリーナイスに騎乗していたJRAの騎手・根本康広(現・調教師)がオラシオンの奈良五郎騎手役で出演している。

この映画には根本がメリーナイスに騎乗して落馬・競走中止となった第32回有馬記念の映像も使用されており、劇中で田中演じる砂田調教師にその落馬を「何年乗り役やってる!」と根本本人が怒鳴られるという(実際の落馬には騎手の責任はほとんど無い→つまり何年乗り役やっていようが落ちる時は落ちてしまう)シーンや、ラストのダービーで「ヘタな乗り方をして、申し訳ありませんでした」という台詞を根本に言わせるなど、現実にはないようなシーンもあった。この他、騎手の加藤和宏東信二が俗に言う「チョイ役」でラストのダービーのレースシーンに出演している。

公開と同年に『とんねるずのみなさんのおかげです』で『優駿2』と題したパロディが作られ、主演の斉藤が出演している。オラシオン役はとんねるずの当時のマネージャーがケンタウロスの着ぐるみを着て演じた。

脚注[編集]

[ヘルプ]

注釈[編集]

  1. ^ oraciónは「祈り」を意味するスペイン語
  2. ^ 椿姫』とあわせて受賞。
  3. ^ 「さよなら」の女たち』とあわせて受賞。
  4. ^ 華の乱』『ラブ・ストーリーを君に』とあわせて受賞。
  5. ^ この胸のときめきを』『妖女の時代』『TOMORROW 明日』とあわせて受賞。
  6. ^ リボルバー』とあわせて受賞。
  7. ^ 帝都物語』とあわせて受賞。

出典[編集]

  1. ^ a b 「優駿」作品紹介 (PDF)”. 宮本輝ミュージアム. 追手門学院大学図書館. 2017年3月31日閲覧。
  2. ^ a b 競馬を愛した人々 #18 宮本輝”. 近代競馬150周年記念サイト. 日本中央競馬会 (2012年11月24日). 2017年3月23日閲覧。
  3. ^ 「宮本輝「優駿」を語る」インタビュー (PDF)”. 宮本輝ミュージアム. 追手門学院大学図書館. 2017年3月31日閲覧。
  4. ^ 1988年配給収入10億円以上番組 - 日本映画製作者連盟
  5. ^ 第12回日本アカデミー賞優秀作品”. 日本アカデミー賞公式サイト. 日本アカデミー賞協会. 2017年3月24日閲覧。

外部リンク[編集]