メッセンジャー黒田

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メッセンジャー黒田
本名 黒田 有(くろだ たもつ)
生年月日 1970年1月29日(44歳)
出身地 大阪府東大阪市
血液型 A型
身長 168cm
方言 大阪弁
最終学歴 大阪府立布施北高等学校
出身 NSC大阪校10期
コンビ名 メッセンジャー
相方 メッセンジャーあいはら
芸風 漫才(ボケ)
立ち位置
事務所 吉本興業
活動時期 1991年 -
同期 ココリコ
土田晃之
劇団ひとり など
現在の代表番組 それゆけ!メッセンジャー
たかじんNOマネー〜人生は金時なり〜
過去の代表番組 あなたにありがとう
バリオク!
くろだ荘の宴
プライスバラエティナンボDEなんぼ
配偶者 未婚
公式サイト メッセンジャー黒田

メッセンジャー黒田(メッセンジャーくろだ、1970年1月29日 - )は日本お笑いタレント。お笑いコンビメッセンジャーボケ担当。相方はメッセンジャーあいはら(あいはら雅一)。本名は黒田 有(くろだ たもつ)。

経歴[編集]

大阪府東大阪市出身。黒田は男4人兄弟の末っ子。母親が39歳のときに生を受ける。小さいころに両親が離婚。父親は離婚後も近所に住んでいた。黒田の母親は一人で子供4人を育てた。

幼い頃にいも類やカボチャを散々食べさせられたため、今ではそれらをあまり食べなくなった。幼少のころ家で寝ていたら、家の中に食べるものが全く無くて腹を空かせたネズミに左耳をかじられてしまった。そのために左耳たぶが欠けている。これに関して黒田本人は「だから自分はリアルドラえもんだ」と言い張っている。子供のころは超合金の写ったチラシを枝に付けて「超合金ごっこ」で遊んでいた。大人になった今では、子供のころに出来なかった分、超合金の収集を趣味としている。黒田の家は6畳と4畳半の二間。端にあるトイレは夏になるとアンモニア臭がひどく、用を足していた母が倒れることがあった。そのため、黒田にとっての贅沢は「トイレがゆっくりできる」事である(『アメトーーク』より)。小学校低学年のころ絵画教室に通っていたが月謝を滞納していた。そのせいで絵画の先生に差別的に扱われていたことが未だにトラウマとして残っている。

修学旅行の旅費が払えなかったため、当初は旅行に行く予定はなかったのだが、クラスメイトによるカンパのおかげで修学旅行に行けることとなった。黒田はこの旅行をクラスメイトへの感謝も相俟って心の底から楽しんだ。1988年大阪府立布施北高等学校卒業。

高校卒業後、板前の修業をして板前になる。大阪NSC10期生となる。1991年にメッセンジャーを結成。同期にはジャリズムなどがいる。よしもとクリエイティブ・エージェンシー(2007年9月までは吉本興業)所属。2002年ふぐ調理師の免許を取得する。料理が得意である[1]。デビューして間もないころたかじんnoばぁ〜に出演しゲストの歌手にツッコミで頭叩いたりしたのが気に入られ、お世話になる[2]2005年10月日本テレビバリオク!』の司会を務め、初の東京レギュラー進出をする (2006年3月27日終了)。2005年10月20日、自宅が空き巣の被害に遭うが、貯金箱がアダルトビデオの山に隠れていたためビール券のみの被害で済んだ。しかし、スポーツ新聞の報道で「黒田、空き巣」(横に小さく「被害」)と掲載されたことから貧乏キャラと相まってファンや芸人仲間から「黒田が空き巣に入った」と(ほとんど冗談である)勘違いされた。12月公開のアニメ映画『ブラック・ジャック ふたりの黒い医者』で声の出演をした。2006年4月、ワッハ上方における舞台『ROPE』で主演をした。NHKでのドラマ出演もあり、最近は俳優志向もある[3]。8月5日放送の『たかじん胸いっぱい』で、「関西テレビの日曜お昼の枠で司会をやらせるなら誰?」のランキングで第1位を獲得。11月下旬ごろから左目にウィルス性の結膜炎を発症し、その影響で左目だけ二重まぶたになった。

2007年1月12日、自身が脚本・主演を務めたテレビドラマ『誰がパパやねん!』(NHK)が放送された。制作費は300万円 (放送は近畿ブロックのみ)。移動はもっぱら自転車電車であったが、7月にようやく運転免許AT限定)を取得。免許を取得した記念に制作された特別番組では練習と称して、たむらけんじメルセデス・ベンツ Mクラスブラックマヨネーズ小杉BMW・3シリーズなどを勝手気ままに(私有地で)乗り回した。W204型メルセデス・ベンツ Cクラス300アヴァンギャルドSを購入し、藤崎奈々子坂田利夫とドライブする様子も放送された。8月15日、『なるトモ!』から派生した音楽ユニット「コバクロ」を結成。松本隆博松本人志の実兄)作曲のデビュー曲『わくわくしない世代』が持ち歌である。9月東京にて・10月大阪にて、石井正則らとの舞台『味噌soup』を公演。2008年、NSCの同期であるザ・プラン9のお~い!久馬と劇団「元祖黒久1・1・1」を旗揚げ。6月に舞台『ふね』を公演。10月29日、「タモツ&マキ」として“貧乏な生い立ち”という共通点を持つ宇都宮まきとムード歌謡曲『今宵、なすびで。/プアー』をリリース。『プアー』の作詞を担当。12月、京橋花月のこけら落とし公演『かさ』を公演する。2009年4月、劇団「元祖黒久1・1・1」の第2回公演『はし』を公演する。原作は、山崎邦正著の『ヘラクレス』。5月12日発売のガガガSPのアルバム『金くれ!!愛くれ!!自由くれ!!』では『いちょうの葉』を作詞[4]。8月、京橋花月の夜芝居『パパ』(原作:NHKドラマ『誰がパパやねん!』)を公演する。9月、ヨシモト∞ホール大阪にて山本浩之アナウンサーとのトークライブ『クロダ☆ヤマヒロのサミット☆ハジメマシタ』が開催される。

不祥事[編集]

2009年12月26日、大阪市中央区宗右衛門町ガールズバー「Pure」で料金支払いを巡ってトラブルを起こし、店長に一方的に暴行を行い、眼底骨折による全治2ヶ月重傷を負わせたとして傷害容疑で大阪府警南警察署逮捕される。この不祥事を受けて芸能活動を自粛すると共に、レギュラー出演している番組も放送が中止される事態となった。所属事務所であるよしもとクリエイティブ・エージェンシーは、事件発生時点では「事実関係を調査中」とのみコメントした。

同日、昼の生放送ラジオ番組『それゆけ!メッセンジャー』(MBSラジオ)の冒頭で共演者のメッセンジャーあいはら六車奈々が謝罪した。黒田の代役としてシャンプーハットてつじが出演した。昼の生放送テレビ番組『かんさい情報ネットten!』(読売テレビ)でもメッセンジャーあいはらが謝罪した。同日夕方に放送が予定されていたテレビ番組『ナンボDEなんぼ』(関西テレビ)の特別番組はドラマの再放送に差し替えられた。『ナンボDEなんぼ』は後に放送打ち切りとなった。同日夜の全国ネットの『人志松本のすべらない話』(フジテレビ)の特別番組は編集が間に合わないという理由で収録日を示すテロップを表示した上でそのまま放送された[5]

2010年1月8日、大阪府警南署は店長のけがの程度について、ほおの骨折など約2か月の重傷とした当初の発表を、頭部打撲など2週間のけがと訂正した。12日、大阪地方検察庁は被害者と示談が成立したことで、黒田を起訴猶予処分とし釈放。同日20時より吉本興業本社にて記者会見を開き、経緯を説明した。レギュラー出演している『ごきげん!ブランニュ』はこの日の放送(この年最初の放送予定であった)は休止され、別番組が放送された。

復帰後[編集]

2010年4月4日から京橋花月の舞台で復帰。自虐ネタを披露した。17日、復帰後初のレギュラーラジオ番組として『それゆけ!メッセンジャー』に復帰。12月、『漫才トラディショナル』(毎日放送)および『漫才マン』(関西テレビ)で新作漫才を披露するなどテレビ復帰。大みそかには全国ネット番組『今年も生だよ!新春6時間笑いっぱなし伝説〜2011年最も売れる吉本No.1芸人は誰だ!?~〜』のネタコーナーに出演。ただし、レギュラー出演していた『ごきげん!ブランニュ』には復帰しておらず、漫才番組以外のテレビ番組にも出演していなかった。

2012年10月、5年ぶりとなる単独ライブ『漫才事変〜ニューウルトラスーパーダイナマイトネオメッセンジャー〜』をABCホールと浅草花月で開催。12月22日に放送された『メッセンジャー&なるみの大阪ワイドショー』(MBSテレビ)で久々にバラエティ番組に出演。同番組では山崎邦正東京スカイツリーロケ、あいはらと関西在住の美魔女を訪問するロケ、月亭八光トミーズ健と韓国に生レバーを食べに行く日帰り弾丸ツアーを行った。

2013年1月11日、生放送番組『プリプリ』(MBSテレビ)にゲストで登場。3年ぶりに生放送番組に出演した。5月27日には『ごきげん!ブランニュ』の裏番組である『痛快!明石家電視台』(MBSテレビ)にゲストで登場した。6月22日には、復帰後初のレギュラーテレビ番組として『たかじんNOマネー』(テレビ大阪)に出演。8月12日、『たかじんNOマネー』(テレビ大阪)の収録で共演した藤井聡(内閣官房参与)は「本日ご一緒したメッセンジャーの黒田のおもろさには、マジで終始感心してしまう程で、番組にでながらメチャクチャ笑てしまいました。芸人さんですから当たり前と言えば当たり前なのですが、ホンマにオモロイ方でした(笑)」と述べた[6]

人物・エピソード[編集]

  • コンビであるが、ピンでの仕事が多い。司会業も務める。
  • ゆで卵が大好物。電子レンジで作ることもある。
  • テレビ出演の際には、龍などの和柄風の上着を着ていることが多い。
  • かなり几帳面な性格である。レシートや使用済みのメモ帳も自宅にきちんと保管しているという。
  • ダミ声・毒のあるキャラクター、トークの面白さで主に関西のテレビ番組で人気となる。
  • 独特の低い声が特徴で、本人は「麒麟の川島が出てくる前は、俺が吉本の“エエ声キャラ”やった」と自称している。
  • 関西ではいじる(=番組を仕切る)側のキャラであるが、関東ではむしろいじられることが多い。とくに『アメトーーク!』では司会の雨上がり決死隊から散々な目に遭っている (詳細は「アメトーーク#出演機会が多いゲスト」を参照)。
  • 女優・長谷直美の大ファンであり、子供の頃テレビに映る長谷に大人の女性を感じていた。『ごきげん!ブランニュ』の企画で、当時パリに在住していた長谷の元を訪ねたことがあり、「長谷直美に会う」という長年の夢を果たした。
  • 初対面の笑福亭鶴瓶に「3万円を貸してください」とお願いして貸してもらった。それ以降、鶴瓶に会うたびに「早よ!! 金返せ!!」と催促される。トミーズの雅にも10万円借りているが、これも返していない。
  • ロザン宇治原の話では、黒田のメールは絵文字をふんだんに使った、可愛らしいものであるという。免許取得中だった頃「教習日を代理で予約してほしい」というメールを宇治原に送った際、そのメールの最後には車の絵文字と「ブーン」という煙の絵文字が3つ使われていたという。

極貧[編集]

  • 極貧家庭で生まれ育ち、頻繁に幼少時代の貧乏話をネタにしている。
  • 玉子焼き用のフライパンを見て、その小ささに自分よりも貧乏な人がいるものだと喜んでいたが、最近まで玉子焼き用だということを知らなかった。
  • 小中学生時代、逼迫した家庭の経済事情のため、学校での「赤い羽根共同募金」活動に参加できず、そのため協力の証である“赤い羽根”をもらうことができなかった。そこでやむを得ず近所に落ちていた野生の(時に食した)鳥の羽根(鳩、カラス、メジロ、カナリア等)を加工して「黒い羽根」と称し身につけ登校していたことがある。「たもつ羽根(たもつばね)」と同級生らにもてはやされた。またその逸話を耳にした地元の新聞社支局が、黒田が通う学校の職員室に事実照会の電話をしてきたという。
  • 小学生の頃、官製の年賀はがきを買ってもらえず、段ボール紙や牛乳パック、新聞紙などを湯で溶かし紙すきを行なった。漂白できなかったためねずみ色のはがきとなった。「明けましておめでとう」の芋版を押し使用済みの切手を貼り消印をねつ造し、元日の早朝4時ごろから同級生・担任の家々を郵便配達員になりすました服装をまとい自転車で配り回ったことがある。消印が脅迫状のようなカクカクした字体で、しかも鉛筆で書いたためすぐにバレたという。
  • 正月近所の「お好み焼屋のおっちゃん」にお年玉500円を貰ったことがある。黒田少年が冬空の下、短パン姿でこぶしを握り締め、そこから血がポタポタ滴って足元を寂しげに濡らしているのを「おっちゃん」が発見。あまりにも不憫だと思い衝動的に渡したという。

飲み会[編集]

  • 酒好きで、若手芸人を連れてよく飲みに行く。この会合は「黒田会」(または「ブラックコール」)と呼ばれている。下林朋央ファミリーレストラン)は呼びかけにすぐに応じる。下林以外のメンバーには高橋茂雄サバンナ)、後藤輝基フットボールアワー)、てつじシャンプーハット)、宇治原史規ロザン)、ノブ(千鳥)、林健(ギャロップ)、本坊元児(ソラシド)がいる。
  • トミーズ雅の自宅で行われた飲み会で、メッセンジャーの2人は若手芸人たちと訪れたが、黒田の酔いの性質が悪くなっていることを察したあいはらが若手芸人たちとともに会場だった本宅を脱出。同じ敷地内の別宅で和気あいあいと飲み会を再開する。あいはらが様子を見に行くと、黒田は飲み会に参加していた徳山昌守選手と頭突き合いをしていたという。その後、別宅での飲み会が終わり、律儀に挨拶したシャンプーハット・小出水が黒田につかまって本宅に引きずり込まれている様子を、他の芸人たちはタクシーの後ろ窓から泣く泣く見送った (チュートリアル徳井義実すっちー談)。
  • 外国人に対して「おまえどこ中(学校)や?」と尋ねた(たむらけんじ談)。
  • 若手芸人を呼んでギターを弾き語り、無理やり何曲も聞かせることがある (サバンナ高橋ほか談)。
  • 関西芸人の憩いの場でもある居酒屋「たこしげ」のマスターが「黒田だけは絶対許さへん!!」と息を巻いている。聞くと、東京で知名度が上がりだしたせいで調子に乗り、酔った勢いで「こんな不味いモンが食えるか!!」と言ったという(東野幸治談)。
  • たむらは「絶対に憧れの先輩ではない」と言い切っている。しかし、なぜかどんなに酷い目に遭わされてもまた近づきたくなる雰囲気をもった独特の魅力をもった人間だとも語っている。
  • 松竹芸人との酒の席で、先輩芸人に呼ばれたオセロの松嶋尚美にキスをした。

『たもつくん、ポイ!』[編集]

  • 黒田が東京で行う一晩限りのトークライブ。
  • タイトルは『たけしくん、ハイ!』をもじったもの(2006年3月27日の『なるトモ!』の生放送中に決定した)。
  • 東京では滅多に舞台に立つことがなく、大阪では最近では司会業に勤しんでいてトークライブを行わないため、貴重な場となっている。そのため、大阪から上京して観覧に来る人も多い。
  • トークライブを提案したのはフットボールアワー後藤輝基。最初にゲストに呼ぶ予定だった(この回のゲストはサバンナ高橋茂雄)。だが、仕事の都合で参加できず、2回目(12月の回)のゲストとして登場した。
  • 黒田にとっては「ガス抜き」となっているようで「月に1度のペースでやりたい」と言っていた。しかし、チケット代からもろもろの経費を差し引くと「ギャラは1万円くらいにしかならない」とも言っていた。
  • 2006年5月に「たもつくん、ポイ!」が行われた時には、トークライブのチケットはオークションで正規の入場料である¥2,000の10倍以上の値(¥27,000)がついていた。黒田はこのことをかなり懸念していた。
  • 12月には同じく東京・新宿でトークライブ『たもつくん、ポイ! 2』が行われた。5月のときよりプロモーションができなかったのだが、それでもオークションでは12,000円以上の値段がつけられていた。
  • 2007年6月、同じく東京・新宿でトークライブ『たもつくん、ポイ! 3』が行われた(ゲスト:ケンドーコバヤシ)。
  • 2008年1月、新宿ではなく東京・目黒の会場にてトークライブ『たもつくん、ポイ! 4』が行われた。この回ではゲストが2人呼ばれた(ゲスト:中川剛中川家)、田村裕麒麟))。
  • 2009年2月、東京・新宿でトークライブ『たもつくん、ポイ! 5』が行われた(ゲスト:宮崎哲弥岡田圭右ますだおかだ))。
  • 5月、東京・下北沢でトークライブ『たもつくん、ポイ! 6』が行われた(ゲスト:勝谷誠彦八木真澄サバンナ))。

黒田の母[編集]

  • 牛乳パックで椅子を作るのが趣味。
  • 手先が器用であり、裁縫などの内職で生計を立てていた。黒田の高校時代の彼女に手製のスカートを売りつけようとしたこともある。また、イベントで黒田を始め出演者全員の衣装を仕立て上げた際には、所属事務所に12万円の請求書を送りつけた(イベント…以下の内容は『たかじんnoマネー』より)。
  • 借金の取立てにやってきたヤクザから、当時ふくよかであったこともあり「豚!」と怒鳴られると「豚で結構! 豚(肉)は今高いんや!」とやり返した(『ナンバ壱番館』より)。
  • 黒田は幼い頃、「ヒーローは実在する」「ウチにも必ずヒーローが現れて助けてくれる」と信じ込んでいた。そんな折、借金取りが家まで押しかけてきた時「なんでウチにはヒーローが助けに来てくれへんの!?」と母に問いかけると、母は一言「ウチはヒーローの保険に入ってへん」(『たかじんnoマネー』より)。
  • 黒田の誕生会を募金活動に利用した。きっかけは、友達が誕生会を開いたという話を聞いた黒田に「マクドでお誕生会したい」とねだられた母が、「ウチでもマクドみたいなのしたるがな」と張り切った。しかし、母はマクドナルドがハンバーガーショップであることを全く知らず、当の誕生会ではカレーライスを出した。母は、ドナルドをドナルドダックか何かと勘違いしたコスプレをし、エプロンに「M」(=マクドナルドの頭文字)という布をつけて登場。そして、「これ(カレー)作るの、金いったんやで」と参加者から1人あたり500円を徴収。これが原因で黒田はいじめに遭った(『ナンバ壱番館』より)。
  • 第2次二丁目劇場ブームの頃に「メッセンジャー筆箱」を勝手に作り、吉本に売り込みに来たこともある(『ナンバ壱番館』より)。
  • 天ぷらを揚げる時はタンクトップを着て、油がはねても耐える。「熱くないのか」と訊くと「そんなモン、B-29の方が怖いわ」と言っていた(『ヨシモト∞』より)。
  • 河内花園駅(家の最寄駅)が各駅停車しか停まらないので、近鉄本社に「なんで私が住んでるのに急行停まれへんのよ!」と電話した(『光速脳天!ベタキング』より)。
  • 脱肛である。そのせいで便が出にくく、ひどい時は2週間に1回ぐらいしか出ないという。

ラジオ[編集]

テレビ[編集]

舞台[編集]

  • 京橋花月 よる芝居こけら落とし公演『かさ』(京橋花月、2008年12月) - 黒田有の書き下ろし戯曲第2弾。芸能プロダクションマネージャー 河野一郎 役。
  • 「「RUN」~ベイブルース 25歳と364日~」(京橋花月、2011年11月) - 演出公演
  • 『ポストへ』(大丸心斎橋劇場、2013年10月) - プロデュース公演

交友関係[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 『ごきげん!ブランニュ』『くろだ荘の宴』や『やりすぎコージー』ではその腕が披露された。
  2. ^ <私の恩人>メッセンジャー黒田 謹慎中、たかじんさんから連絡…“劣等感”を持つ者同士だから (THE PAGE) - Yahoo!ニュース”. headlines.yahoo.co.jp. 2013年9月10日閲覧。
  3. ^ この公演の冠スポンサーがすぐ上の兄の勤務する明治製菓で、観客全員にXYLISH(キシリッシュ)が配られた。
  4. ^ メッセンジャー黒田、人気ロックバンドに作詞を初提供」ORICON STYLE
  5. ^ 笑えない!?黒田容疑者「すべらない話」はテロップ入りで放送 スポニチアネックス(12月26日)
  6. ^ 2013年8月12日の藤井聡のFacebook

外部リンク[編集]