キャロライン・ケネディ

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キャロライン・ケネディ
Caroline Kennedy
Caroline Kennedy US State Dept photo.jpg
肖像写真
生誕 (1957-11-27) 1957年11月27日(59歳)
アメリカ合衆国の旗 ニューヨーク州ニューヨーク
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身校 ラドクリフ・カレッジ
コロンビア・ロー・スクール
職業 弁護士
駐日アメリカ合衆国大使
子供 ジョン・シュロスバーグ長男)Rose Schlossberg,Tatiana Schlossberg
ジョン・F・ケネディ
ジャクリーン・ケネディ・オナシス
親戚 パトリック・J・ケネディ曾祖父
ジョン・F・フィッツジェラルド(曾祖父)
ジョセフ・P・ケネディ祖父
ジョセフ・P・ケネディ・ジュニア伯父
ローズマリー・ケネディ叔母
リー・ラジヴィル(叔母)
ロバート・ケネディ叔父
エドワード・ケネディ(叔父)
ヴィクトリア・レジー・ケネディ義叔母
ジョン・フィッツジェラルド・ケネディ・ジュニア
キャロリン・ベセット=ケネディ義妹
クリストファー・ケネディー・ローフォード従妹
エドワード・ケネディ・ジュニア従弟

キャロライン・ブーヴィエ・ケネディ: Caroline Bouvier Kennedy1957年11月27日 - )は、アメリカ合衆国弁護士駐日アメリカ合衆国大使(第29代)。第35代大統領ジョン・F・ケネディの長女。左利き

来歴[編集]

生い立ち[編集]

父とヨット「ハニー・フィッツ」号に乗るキャロライン(マサチューセッツ州ハイアニス1963年8月)

ジョン・F・ケネディと母ジャクリーン・ケネディの長女として、ニューヨークで生まれた。1960年の大統領選挙で父が大統領に選出された翌年、ホワイトハウスに入り、合衆国大統領の娘として世界的な関心を集めた[1]。1963年11月22日に父が暗殺されると母とニューヨークに戻り、彼女の保護のもとでメディアの報道合戦には巻き込まれずに済んだ。学士号を取得して、セブン・シスターズの名門校ラドクリフ大学(1999年にハーバード大学と統合)を卒業後、コロンビア大学ロースクールを卒業して法務博士となり、弁護士資格を得た。現国務長官ジョン・ケリーが家庭教師だった。[2]メトロポリタン美術館在職中に、ユダヤ系ウクライナ人の血を引くエドウィン・シュロスバーグ英語版と出会い、1986年に結婚した。結婚後もシュロスバーグ姓を名乗らず、旧姓のままである。なお、祖父のジョセフ・P・ケネディ駐英アメリカ合衆国大使(第44代)を務めたことがある。

成人後の活動[編集]

ケネディ記念図書館の館長やハーバード大学ケネディ・スクールの顧問を務めた。キャロライン自身が直接政治活動をすることは少ないが、2008年の大統領選挙では叔父のエドワード・ケネディ上院議員とバラク・オバマ候補への支持を表明し、同陣営の副大統領候補者選考委員会で仕事をした。

駐加大使候補にもたびたび擬せられたが、ニューヨーク州選出のヒラリー・クリントン上院議員がオバマ政権で国務長官に就任することが明らかになると、その後継に意欲をみせた[3]CNNなどの共同世論調査では、過半数が「ケネディは上院議員になる資質を備えている」と答え、またケネディがヒラリーの後継となることには52%が肯定的、42%が否定的な反応を示した[4]。しかし、2009年1月になって一身上の都合により上院議員の補填指名を受けることを辞退した。

駐日大使として[編集]

就任前

2013年の春頃からジョン・ルースに代わる駐日大使への起用が取り沙汰され[5]、同年7月24日にホワイトハウスが駐日大使への起用を発表した。10月16日の上院本会議で承認され、11月12日に国務省で宣誓式に臨んだ。

就任式典

同月19日の皇居での信任状捧呈式を経て、正式に特命全権大使に着任した[6][7]。皇居までの沿道には約4000人がつめかけた[8][9]。信任状捧呈式においては、キャロラインは平服で皇居に現れた[10]。史上初の女性の駐日アメリカ合衆国大使となった。ただ、儀式にふさわしくない服装およびその際の立ち居振る舞いに問題があるとして、失礼との批判が起こった[11]

被災地を訪問

就任して約1週間後のに東日本大震災の被災地、宮城県石巻市を訪問し、被災者と交流した[12]。その後、東日本大震災の被災地には複数回訪問[13]2016年の熊本地震の際にも熊本を慰問に訪れた[14]

靖国参拝に対する失望

同年12月26日に内閣総理大臣安倍晋三靖国神社を参拝すると、駐日アメリカ大使館は「日本の指導者が近隣諸国との緊張を悪化させるような行動を取ったことに、米国政府は失望している。」[15]とのコメントを発表し、安倍に対する失望感を露わにした。

イルカ漁批判

2014年1月18日和歌山県東牟婁郡太地町にて行われているイルカ追い込み漁に対し、短文投稿サイトTwitter上で「米国政府はイルカの追い込み漁に反対します。イルカが殺される追い込み漁の非人道性について深く懸念しています。」というメッセージを発信し[16]、賛否両方からの返信が寄せられた[17][18][19]。尚、当人はこの件について賛否両論論争が出るのは「健全なこと」と語っている[20]。この発言については、日本に対する他国からの懸念についての配慮を求める意図があったのではないかという見方もある[21]

NHKのインタビュー拒否

2014年2月15日NHK経営委員会を務める作家百田尚樹南京事件の存在を否定する発言をしたことや極東国際軍事裁判(東京裁判)・東京大空襲に関する米国批判を理由に、大使就任直後の前年11月から申請されていたNHKとのインタビュー取材を拒否していたと報じられた[22][23]

都議会セクハラやじ被害議員への激励

2014年6月18日に起きた東京都議会やじ問題において、「自分が早く結婚したらいいじゃないか」、「産めないのか」といったセクシャルハラスメントに対するやじ自民党所属の東京都議会議員鈴木章浩らから受けた塩村文夏に対して、激励の手紙を送った[24]

ケネディへの脅迫

2015年2月、ケネディを執拗に脅迫していた男が逮捕されていたことが分かった。もっともキャロラインへの脅迫はこの男からだけではなく、イルカ漁や靖国問題に関してのコメントの後、脅迫が殺到した、と複数の米国メディアは報じた[25][26]

広島・長崎訪問

前任のジョン・ルース同様に広島長崎での平和式典に出席(2016年を除く)[27]ジョン・ケリーとともに現職の大統領であるバラク・オバマの広島訪問を推し進めた一人とされる。キャロライン自身は1978年に叔父のエドワード・ケネディとともに初めて広島に訪れ、深く心を動かされたという[28]

沖縄問題

沖縄全戦没者追悼式に2014年から2016年までの3回出席した。沖縄問題への関心は高く、沖縄への訪問は7回に及んだ[28]

離任

オバマ政権の終了に伴い離任、2017年1月18日、帰国の途に就いた[29]

逸話[編集]

  • 母親のジャクリーンは子供たちが礼儀正しく振る舞うように育てた。友人のパーティーに招かれた際には必ずお礼状を出させ、ホワイトハウスのエグゼクティヴ・レジデンスのスタッフたちにも名字に敬称をつけて呼ぶように教えた[30]。両親はレジデンスの4階のサンルームにキャロラインのために幼稚園を作った。父親が暗殺され、一家がホワイトハウスを離れた後も、一学期が終わる1964年1月までキャロラインのために幼稚園は残された[31]
  • ジョン・F・ケネディとジャクリーン・ケネディ・オナシスの娘として、日本でも知名度のあった[32]キャロラインは就任当初から高い注目を集めた。離任直前の2016年12月にはTBS系のテレビドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』の中で踊られ、流行した「恋ダンス」をYou Tubeで大使館員らとともに披露し、話題となった[33]。同月30日の第58回日本レコード大賞にも観客として登場した[34]

著書[編集]

2013年(平成25年)11月15日
成田国際空港千葉県成田市)にて駐日米国大使着任後初のステートメント

公民権運動に関する Ellen Alderman との共著:

  • In Our Defense: The Bill of Rights In Action (1991年)
  • The Right to Privacy (1995年)

ニューヨーク・タイムズ」のベストセラーにもなった単編著:

  • The Best-Loved Poems of Jacqueline Kennedy Onassis (2001年)
  • Profiles in Courage for Our Time (2002年)
  • A Patriot's Handbook : Songs, Poems, Stories, and Speeches Celebrating the Land We Love (2003年)
  • A Family of Poems: My Favorite Poetry for Children (2005年)

その他の主な著作物:

  • A Family Christmas, a collection of poems, prose, and personal notes from her family history (2007年)
  • She Walks In Beauty – A Woman's Journey Through Poems (2011年)

家族・親族[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 『少女フレンド』に「キャロリン日記」というのが連載されていた。
  2. ^ 毎日新聞
  3. ^ Caroline Kennedy Seeking Hillary Clinton's Senate Seat - Associated Content”. 2012年7月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年12月12日閲覧。
  4. ^ Caroline Kennedy says she's best for the job - CNN.com
  5. ^ “故ケネディ氏の娘が次期駐日大使の有力候補に 米で報道”. 産経新聞. (2013年2月28日). オリジナル2013年4月27日時点によるアーカイブ。. http://archive.is/71yKk 2013年2月28日閲覧。 
  6. ^ “ケネディ駐日大使 来月着任へ”. NHK. (2013年10月17日). オリジナル2013年10月17日時点によるアーカイブ。. http://archive.is/WQW6L 2013年10月17日閲覧。 
  7. ^ “ケネディ大使が信任状奉呈式 天皇に米大統領親書”. 共同通信社. (2013年11月19日). http://www.47news.jp/CN/201311/CN2013111901001916.html 2013年11月19日閲覧。 
  8. ^ 「あの小さな女の子が…」ケネディ大使に歓声 SankeiBiz、2013年11月19日
  9. ^ ケネディ大使が皇居で“信任状奉呈式”陛下と懇談も 2013年11月19日
  10. ^ ケネディ大使、活動開始 皇居・宮殿で信任状奉呈式 : 京都新聞
  11. ^ ケネディ大使が突然「浅田真央は真の王者」 「何を今更!」「真意は何だ?」とネット騒然 J-Cast News 2014/3/ 8
  12. ^ ケネディ駐日米大使、被災地を訪問―石巻の小学校で英語劇に見入る ウォール・ストリート・ジャーナル、2013年11月26日
  13. ^ <ケネディ大使>震災被災地の強さ世界元気に 河北新報、2017年1月17日
  14. ^ 「生活同様に復興を」ケネディ駐日米大使が熊本城視察 崩落の石垣に神妙な面持ち 産経新聞、2016年4月29日
  15. ^ プレスリリース | 米国大使館 東京・日本、2013年12月26日。
  16. ^ キャロライン・ケネディ駐日米国大使のツイート (424405149730107393)
  17. ^ “「米国政府はイルカ漁反対」 ケネディ大使がツイート”. 朝日新聞. (2014年1月19日). http://www.asahi.com/articles/ASG1M66QTG1MUHBI013.html 2014年1月20日閲覧。 
  18. ^ “太地町のイルカ追い込み漁に非難の声、ケネディ大使も懸念表明”. CNN. (2014年1月19日). http://www.cnn.co.jp/world/35042729.html 2014年1月20日閲覧。 
  19. ^ なお、シーシェパードの弁護士ロバート・F・ケネディ・ジュニアとは親戚の関係にある。Anti-whalers harpoon RFK Jr to cause in US Supreme Courtp
  20. ^ 朝日新聞-2014年1月23日「イルカ漁懸念ツイート「政策示すこと大事」」
  21. ^ ケネディ大使発言:イルカ漁でツイッターに 広がる波紋毎日新聞』2014年1月24日 テンプル大日本校准教授のクリーブランドによる見解
  22. ^ “駐日米国大使、NHKのインタビュー拒否…経営委員の妄言が理由”. 中央日報. (2014年2月15日). http://japanese.joins.com/article/831/181831.html 2014年2月16日閲覧。 
  23. ^ 米大使館がNHK取材に難色 百田尚樹氏の発言理由にサンスポ.com 2014年2月14日
  24. ^ 「ケネディ大使、ヤジ受けた塩村都議に激励の手紙」読売新聞、2014年7月2日
  25. ^ 過去に何度も?ケネディ大使への脅迫 イルカ漁、靖国、米軍基地…背景を米メディア推察 Newsphere、2015年3月20日
  26. ^ Is The Yakuza Behind Caroline Kennedy Death Threats? Daily Beast、2015年3月19日
  27. ^ ケネディ駐日米大使、今年は広島・長崎訪問見送り 公務で一時帰国 産経新聞、2016年8月3日
  28. ^ a b 日米戦後和解に尽力=ケネディ大使 時事通信、2016年12月21日
  29. ^ ケネディ大使が離日 成田空港から帰国の途「さよならとは言いません」 産経新聞、2017年1月19日
  30. ^ 『使用人たちが見たホワイトハウス』ケイト・アンダーセン・ブラウワー著、光文社、2016年、p346-348
  31. ^ 『使用人たちが見たホワイトハウス』p386
  32. ^ ケネディ駐日大使 幼少期の生活が日本で漫画になったことも Newsポストセブン、2013年11月28日
  33. ^ 米大使館「恋ダンス」に大反響 ケネディ大使も踊った! なぜか「くまモン」も Itmedia News、2016年12月21日
  34. ^ 西野カナがレコ大受賞 平成生まれのソロ歌手は初 日刊スポーツ、2016年12月31日
  35. ^ IMDb mobile site Caroline Kennedy Biography Trivia (23)
  36. ^ 社説:駐日米大使指名 スイート・キャロライン、リンク切れ。この記事のインターネットアーカイブ、https://web.archive.org/web/20131202231904/http://mainichi.jp/opinion/news/20130727k0000m070113000c.html
  37. ^ Neil Diamond reveals inspiration for his smash hit 'Sweet Caroline': Caroline Kennedy Brownsville Herald、2007年11月20日

外部リンク[編集]

外交職
先代:
ジョン・ルース
在日本アメリカ合衆国大使
2013年 – 2017年
次代:
ジェイソン・P・ハイランド(臨時代理大使)