関ヶ原駅

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関ヶ原駅
駅舎(南側、2005年04月)
駅舎(南側、2005年04月)
せきがはら - Sekigahara
所在地 岐阜県不破郡関ケ原町大字関ケ原
所属事業者 東海旅客鉄道(JR東海)
電報略号 セラ
駅構造 地上駅
ホーム 2面4線
乗車人員
-統計年度-
1,066人/日(降車客含まず)
-2012年-
開業年月日 1883年明治16年)5月1日
乗入路線
所属路線 東海道本線(上り本線・垂井線)
キロ程 423.8km(東京起点)
垂井 (5.7km)
(7.1km) 柏原
所属路線 東海道本線(下り本線)
*大垣 (13.8km)
(7.1km) 柏原
備考 業務委託駅
みどりの窓口
* この間に南荒尾信号場有り(当駅から10.7km先)。
大垣駅 - 関ケ原駅間の東海道本線の配線
北側から見たホーム(2005年04月)
ホーム

関ヶ原駅(せきがはらえき)は、岐阜県不破郡関ケ原町大字関ケ原にある、東海旅客鉄道(JR東海)東海道本線である。

南荒尾信号場で分岐していた上り本線・下り本線と通称「垂井線」と呼ばれる単線が当駅で合流する。岐阜県最西端の駅である。

駅構造[編集]

島式ホーム2面4線を有する地上駅である。駅舎は構内南側にあり、2つのホームとは跨線橋で連絡している。

東海交通事業の職員が業務を担当する業務委託駅で、大垣駅が当駅を管理している。みどりの窓口自動改札機が設置されている。自動改札機は静岡地区の小規模駅で導入されている簡易型のものである。当駅から岐阜方面に限り、TOICAおよび相互利用先IC乗車カードの対応区間となっている。

当駅で上り方面へ折り返す列車は上り本線に入線できないため、いったん垂井線(「垂井駅」の記事参照)を東方面に向かい垂井駅から上り本線に入る。そのため当駅から垂井駅までは複線を逆走しているように見える。

当駅以西は、国道21号と併走する区間(関ケ原町大字今須)に県境があり、ここまで岐阜県であるが(夏場以外は車窓からもカントリーサインが見える)、ここと当駅との間にトンネルを含めた峠越えがある。当駅から米原駅までは東海道本線(美濃赤坂線を除く)で最も本数が少ない区間であり、当駅を含む大垣 - 米原間の日中における普通列車は毎時2本程度しか走っていない。

関ヶ原駅プラットホーム
ホーム 路線 方向 行先 備考
1 東海道本線 下り(垂井線経由) 米原京都方面[1]  
2 東海道本線 上り(垂井線経由) 大垣名古屋方面[1] 当駅始発専用
3 東海道本線 下り(本線経由) (特急・貨物列車の通過のみ)
4 東海道本線 上り(本線経由) 大垣・名古屋方面  

下り停車列車は全て垂井線を経由するため、垂井線用の1番線ホームのみを使用する。本来の下り本線である3番線は通過列車しか通らない。

利用状況[編集]

「岐阜県統計書」によると、一日平均の乗車人員は以下の通りである。

  • 2005年度 - 1,029人
  • 2007年度 - 1,027人
  • 2008年度 - 1,051人
  • 2009年度 - 1,032人
  • 2010年度 - 1,071人
  • 2011年度 - 1,095人
  • 2012年度 - 1,066人

駅周辺[編集]

バス路線[編集]

名阪近鉄バス

  • 関ヶ原多良線
    • 時 行(牧田(上野)経由)
    • 牧田(上野) 行
      牧田(上野)で大垣駅前、時行の大垣多良線と連絡する便あり。
  • 大垣伊吹山線(季節運行)

歴史[編集]

  • 1883年明治16年)5月1日 - 官設鉄道の関ヶ原 - 長浜間開業時に設置。一般駅当時は、春照駅経由で長浜駅と連絡していた。
  • 1889年(明治22年)7月1日 - 分岐点(後の深谷) - 長岡 - 米原 - 馬場間延長線開業。分岐点 - 長浜間休止。
  • 1891年(明治24年)1月12日 - 長岡・長浜への分岐点に深谷駅(貨物駅)開業。深谷 - 長浜間が貨物線として運行再開。
  • 1895年(明治28年)4月1日 - 線路名称制定。東海道線(1909年に東海道本線に改称)の所属となる。
  • 1899年(明治32年)10月15日 - 関ヶ原 - (柏原) - 長岡間の勾配緩和新線(現在線)が開業。
  • 1899年(明治32年)12月28日 - 関ヶ原 - 深谷 - 長岡および深谷 - 長浜間廃線。
  • 1944年昭和19年)10月11日 - 新垂井駅経由の勾配緩和別線(下り専用)が開業。南荒尾信号場 - 垂井 - 関ヶ原間の下り線が撤去される。
  • 1946年(昭和21年)11月1日 - 旧下り線が垂井線(単線)として復活。
  • 1973年(昭和48年)10月1日 - 貨物の取扱いを廃止。
  • 1984年(昭和59年)2月1日 - 荷物の取扱を廃止。
  • 1986年(昭和61年)11月1日 - 下り本線(勾配緩和別線)にあった新垂井駅が廃止。全普通列車が垂井駅経由での運転となる。
  • 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により東海旅客鉄道(JR東海)が承継。
  • 2006年平成18年)11月25日 - TOICA導入。ただし岐阜方面のみ利用可能で、米原駅との間は使用できない。

隣の駅[編集]

東海旅客鉄道
東海道本線(上り本線・垂井線)
ホームライナー関ヶ原(到着列車のみ)
垂井駅関ヶ原駅
特別快速・新快速・快速・区間快速・普通(区間快速は米原方面行きのみ運転)
垂井駅 - 関ヶ原駅 - 柏原駅
東海道本線(下り本線)
(優等列車・貨物列車のみ)
大垣駅 → (南荒尾信号場) → 関ヶ原駅 - 柏原駅
1986年昭和61年)まで、下り本線の南荒尾信号場と当駅の間に新垂井駅が存在した。

かつて存在した路線[編集]

逓信省鉄道局(官設鉄道)
東海道線(旧線)
(垂井駅 -) 関ヶ原駅 - (貨)深谷駅 - 長岡駅(現・近江長岡駅)

脚注[編集]

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  1. ^ a b 駅構内の案内表記。これらはJR東海公式サイトの各駅の時刻表で参照可能(駅掲示用時刻表のPDFが使われているため。2011年1月現在)。

関連項目[編集]