四国フェリー

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四国フェリー株式会社
Shikoku ferry Funnel Mark.JPG
種類 株式会社
本社所在地 日本の旗 日本
760-0030
香川県高松市玉藻町10番32号
設立 1956年2月16日
業種 海運業
事業内容 一般旅客定期航路事業
代表者 代表取締役社長 堀川智司[1]
資本金 1億円
従業員数 125名
主要子会社 小豆島急行フェリー(株)
四国急行フェリー(株)
(株)マリン観光汽船
日の出商事(有)
外部リンク www.shikokuferry.com
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四国フェリー株式会社(しこくフェリー)は、日本の海運会社。瀬戸内海フェリーおよび高速船による航路を運航している。

グループ会社に小豆島急行フェリー(しょうどしまきゅうこうフェリー)がある。ここでは同社についても述べる。

沿革[編集]

  • 1956年(昭和31年)2月16日:四国自動車航送株式会社として設立。5月、高松 - 宇野間の貨物定期航路開始[2]
  • 1958年(昭和33年):高松 - 土庄航路開設。
  • 1964年(昭和39年)3月23日:小豆島急行フェリー株式会社を設立。高松 - 土庄 - 宇野航路開設。
  • 1964年(昭和39年):社名を、四国自動車航送株式会社から「四国フェリー株式会社」に変更。岡山 - 土庄航路開設。
  • 1966年(昭和41年)12月:高松 - 宇野航路での旅客扱いを開始[2]
  • 1968年(昭和43年)11月:小豆島急行フェリー、姫路 - 福田航路開設。
  • 1970年(昭和45年)10月:高松 - 神戸航路開設。
  • 1975年(昭和50年)3月:高松 - 土庄航路に高速船就航。
  • 1976年(昭和51年)6月:小豆島急行フェリーから「関西急行フェリー株式会社」に商号変更。
  • 2001年(平成13年)8月:四国フェリー、子会社の小豆島高速を合併[3]。関西急行フェリーは「小豆島急行フェリー株式会社」に商号を戻す。
  • 2004年(平成16年)3月:高松 - 宇野航路が津国汽船(本四フェリー)との共同運航となる。
  • 2008年(平成20年)9月1日:燃料の高騰により、高松 - 宇野航路50往復を平日44往復・休日40往復に、姫路 - 福田航路8往復を7往復に、高松 - 土庄航路(高速船)17往復(夜間便1往復含む)を9往復(夜間便1往復含む)にそれぞれ減便。
  • 2008年(平成20年)12月16日:高松 - 土庄航路に小型高速船「ひかり」が就航。これにより15便+1便(夜間便)の運航となる。[4]
  • 2009年(平成21年)4月1日:高松 - 宇野航路を平日44往復から40往復に減便。これにより「第八十玉高丸」が引退[5]したほか、5年間共同運航していた津国汽船(本四フェリー)が宇高航路から撤退。
  • 2009年(平成21年)12月20日:高松 - 宇野航路を22往復に減便。同じ航路を運航する宇高国道フェリーとの運航時刻の調整を開始。これに伴い発行回数券(往復乗船券)の両社における相互共利用を可能とした。
  • 2010年(平成22年)2月12日:高松 - 宇野航路を同年3月26日で廃止する旨の事業廃止届を、宇高国道フェリーとともに、国土交通省四国運輸局に申請する[6]
  • 2010年(平成22年)3月11日:高松 - 宇野航路の事業廃止届を取り下げる旨を、同運輸局に申し出る。これにより同航路は、現行の2社体制で当面存続することとなった[7]
  • 2010年(平成22年)7月19日 - 10月31日:瀬戸内国際芸術祭に合わせ、小豆島 - 直島の臨時航路を運航(マリン観光汽船)。
  • 2012年(平成24年)10月1日:宇高航路の運賃を値上げ(後述)。
  • 2013年(平成25年)3月20日 - 11月4日:瀬戸内国際芸術祭に合わせ、小豆島 - 直島、犬島の臨時航路を運航(マリン観光汽船)。
  • 2013年(平成25年)4月1日 - 宇高航路の運航を子会社の四国急行フェリーに移管[8]

航路[編集]

宇野港の乗り場。奥には宇高国道フェリーの乗り場が見える。
高松港の乗り場(宇高国道フェリー休止前)。奥には宇高国道フェリーの乗り場が見え、夜はネオンを競っていた。
  • 高松・宇野航路
    • 運航区間:高松港香川県高松市) - 宇野港岡山県玉野市
    • 運航便数:フェリー22往復(終夜運航)、休日は1往復を増便
    • 所要時間:約60分
    • 距離:18km
    • 就航船舶:第八十五玉高丸・第八十七玉高丸・第八おりいぶ丸
四国急行フェリーにより運航。深夜帯を含めた終日にわたり運航する同社の中心航路。国道30号海上区間を成す。
長らく、並行航路を結ぶ宇高国道フェリーとは競合関係にあり、高松港では派手なネオンサインを競っていた[9]が、2009年12月の減便以降は運航時刻を調整するなどの協調もおこなった。しかし、国道フェリーは2012年10月17日限りで運行を休止し、10月18日以降は当航路が宇野と高松を結ぶ唯一の定期航路となっている。2004年3月からは同じ航路を運航する津国汽船(本四フェリー)との共同運航を行っていたが、同社は2009年4月1日で同航路から撤退した。
2013年4月1日より、四国フェリー本体から子会社の四国急行フェリーに移管された。これは本州四国連絡高速道路の通行料金引き下げおよび宇高航路の存続に関し、宇野高松間地域交通連絡協議会にも状況を説明しやすくなること、収支の明確化や一層の経費削減策を講じるためである[8]
JR瀬戸大橋線が強風などで運休となった場合は本航路で振替輸送が行われる[10]
  • 高松・小豆島航路
    • 運航区間:高松港(香川県高松市) - 土庄港(香川県土庄町
    • 運航便数:フェリー15往復(6-20時台)、高速船16往復(夜間便1往復含む)。
    • 所要時間:フェリーは約60分、高速船は約30分。
    • 距離:22km
    • 就航船舶:フェリー - 第一しょうどしま丸・第二しょうどしま丸・第七しょうどしま丸、高速船 - スーパーマリン・ひかり
小豆島急行フェリーが運航。国道436号海上区間を成す。
  • 姫路・小豆島航路
    • 運航区間:姫路港・飾磨埠頭(兵庫県姫路市) - 福田港(香川県小豆島町
    • 運航便数:フェリー7往復(7-19時台)、多客期は増便あり
    • 所要時間:約100分
    • 距離:41km
    • 就航船舶:第三おりいぶ丸・あずき丸(予備)
小豆島急行フェリーが運航。国道436号の海上区間を成す。
なお、クレジットカードが使えるのは当航路のみ[11]である。
  • 岡山・小豆島航路
    • 運航区間:新岡山港(岡山県岡山市) - 土庄港(香川県土庄町)
    • 運航便数:フェリー13往復(6-19時台)
    • 所要時間:約70分。
    • 距離:23.5km
    • 就航船舶:フェリー - おりいぶ丸
四国フェリーおよび両備フェリー(両備フェリーカンパニー)による共同運航(同社はおりんぴあ どりーむ・にゅう おりんぴあを使用)。

臨時航路[編集]

  • 小豆島・直島航路
    • 運航区間:土庄港(香川県土庄町) - 宮浦港(香川県直島町
    • 運航便数:高速艇3往復(2010年)、2往復(2013年)
    • 所要時間:45分
    • 距離:22km
    • 就航船舶:高速船 - オリーブマリン
    • 2010年7月19日から10月31日まで運航。また、2013年3月20日 - 4月21日、7月20日 - 9月1日、10月5日 - 11月4日にも運航。
    • 子会社のマリン観光汽船が運航。
  • 小豆島・犬島航路
    • 運航区間:土庄港(香川県土庄町) - 犬島港(岡山県岡山市東区
    • 運航便数:高速艇3往復
    • 所要時間:25分
    • 距離:15km
    • 就航船舶:高速船 - オリーブマリン
    • 2013年3月20日 - 4月21日、7月20日 - 9月1日、10月5日 - 11月4日に運航。
    • 子会社のマリン観光汽船が運航。

廃止された主な航路[編集]

四国フェリーおよび日本海運による共同運航。日本海運による運航便は「ニュージャンボ神高フェリー」と呼ばれたほか、運航開始から数年間は親会社の日本通運が運航していた。
航路は並航していたジャンボフェリーと同一であるほか、運賃も同額であったが、回数券などの共用はなされていなかった。また、ジャンボフェリーを運航していた関西汽船および加藤汽船との協定により、就航から1986年12月26日[12]までは旅客のみの扱いができず、徒歩客の乗船はできなかった。なお、徒歩客の扱いを開始した後も、歩行者専用の連絡通路ではなく、車両甲板から乗下船していた。一方、車両については高松東港での乗用車の積み下ろしは船尾に備え付けられていたランプウェイを使用していた[13]
旅客施設は、東神戸フェリーセンターについては各社とも同じ施設を利用、高松東港については当社のみ別の場所に自社施設を設けていた(共同運航相手の日本海運は、関西汽船・加藤汽船が管理していたターミナルビルの一部を間借りしていた)。

船舶[編集]

第八十二玉高丸 - 高松港
第二しょうどしま丸 - 土庄港
おりいぶ丸 - 土庄港(1999年、関西急行フェリー時代の塗装)
あずき丸 - 高松港(1999年、関西急行フェリー時代の塗装)
スーパーマリン - 高松港(2012年)
ひかり - 高松港(2012年)

就航中の船舶[編集]

  • 玉高丸(第八十五玉高丸・第八十七玉高丸) - フェリー
    ○第八十五玉高丸 1990年10月21日竣工、同年10月就航、2001年6月改装(698総トン→819総トン)・2004年9月改装(770総トン→852総トン)、最高速力14.41ノット。
    ○第八十七玉高丸 1992年9月12日竣工、同月15日就航、2001年9月改装(699総トン→853総トン)
    (以下、共通の諸元)全長68.26m、幅14.30m、深さ3.69m、主機:マキタ GNLH-630M×2 1912kW、航海速力13.5ノット。
    旅客定員300名。車両積載数:トラック(8t換算)22台。讃岐造船鉄工所建造。
    高松⇔宇野航路に就航。※詳細は、玉高丸を参照。
  • しょうどしま丸(第一しょうどしま丸・第二しょうどしま丸・第七しょうどしま丸) - フェリー
    ○第一しょうどしま丸 2000年9月25日竣工、同日就航、999総トン、旅客定員490名。
    ○第二しょうどしま丸 2003年3月27日竣工、同日就航、994総トン、旅客定員430名。
    ○第七しょうどしま丸 2001年10月1日竣工、同月8日就航、998総トン、旅客定員490名。
    (以下、共通の諸元)全長71.8m、幅14.3m、深さ3.69m、主機:ニイガタ 6M30BFT×2 2646kW、航海速力13.5ノット、最高速力15.6ノット。
    車両積載数:トラック(8t換算)20台。讃岐造船鉄工所建造。
    高松⇔小豆島航路に就航。バリアフリー対応として第二しょうどしま丸は車椅子用リフトを、第七しょうどしま丸はエレベーターを搭載[14]
  • おりいぶ丸 - フェリー
    1997年6月竣工、同年7月就航、2000年改装。988総トン、全長65.03m、幅14.40m、深さ3.79m、主機:ダイハツ 6DKM26×2 2648kW、航海速力14.5ノット、最高速力16.7ノット。
    旅客定員492名。車両積載数:乗用車60台、トラック(8t換算)20台。藤原造船所建造。
    岡山⇔小豆島航路に就航(2012年3月15日までは姫路⇔小豆島航路)。
  • 第八おりいぶ丸 - フェリー
    1994年6月竣工、同年7月就航、2000年改装。998総トン、全長61.26m、幅14.40m、深さ4.09m、主機:ダイハツ 6DKM28×2 2942[kW]、航海速力15.5[kt]、最高速力17.1[kt]。
    旅客定員492名。車両積載数:乗用車60台、トラック(8t換算)20台。藤原造船所建造。
    高松⇔宇野航路に就航(2014年3月22日から。それまでは姫路⇔小豆島航路)。
  • 第三おりいぶ丸(2代目)[15] - フェリー
    2012年3月8日進水、同4月17日竣工、同4月29日就航。1275総トン、全長71.9m、幅14.4m、深さ4.5m、主機:ニイガタ 6M31BFT×2 2646kW、航海速力14.5ノット、最高速力16.4ノット。
    旅客定員490名、車両積載数:乗用車56台。藤原造船所建造[16]
    姫路⇔小豆島航路に就航。船内にエレベーター・バリアフリー設備のほか、女性専用席、キッズルーム(ドライバールームを兼ねる)も設置。オリーブをイメージしたグリーンの席を採用[17][18]
  • あずき丸 - フェリー
    1990年12月竣工、1991年1月就航、2000年改装。965総トン、全長57.51m、幅14.70m、深さ3.99m、主機:ニイガタ 6MG28HX×2 2942kW、航海速力15.5ノット、最高速力17.1ノット。
    旅客定員492名。車両積載数:乗用車60台。藤原造船所建造。
    小豆島航路の予備船。2010年6月12日の宇高連絡船メモリアルクルーズにも起用された[19]。船内にエレベーターを搭載[14]
  • スーパーマリン(3代目) - 高速船
    2011年9月29日竣工、同10月5日就航。95総トン、全長29.50m、幅5.80m、深さ2.30m、主機:小松製作所 12M140 AP-2×2 2420ps、航海速力27ノット、最高速力30.51ノット[20]
    旅客定員140名。瀬戸内クラフト建造。[21]
    高松⇔小豆島航路に就航。※詳細は、スーパーマリンを参照。
  • ひかり(3代目) - 高速船
    1994年9月竣工(当航路での就航は2008年12月16日[22])。38総トン、全長21.0m、全幅4.7m、深さ2.0m、主機:GM 12V-71TA×2 1250ps、航海速力25ノット、最高速力29.0ノット。
    旅客定員98名。三保造船所建造。
    高松⇔小豆島航路に就航。 第十二かもめ(今治高速船)→第十二西日光(三原観光汽船)→ひかり。
  • オリーブマリン - 高速船
    19総トン、旅客定員72名。
    小豆島 - 直島・犬島臨時航路に就航。


かつて就航していた主な船舶[編集]

加藤汽船「神戸丸」(元 四国フェリー 神戸丸(3代目))(高松東港、2001年)
関西急行フェリー「しわく2」(高松港)
「ふぇにっくす2」(高松港)
  • 神戸丸 (初代)
    1970年10月竣工・就航。2927.57総トン、全長91.40m、幅19.20m、主機関出力8000馬力、航海速力18.7ノット、最高速力20.04ノット。単胴船。
    旅客定員637名。車両積載数:乗用車60台、トラック(8t換算)。四国ドック建造。
    「ニュージャンボフェリー」に就航。1等特別室が比較的多く設けられていた[要出典]。1981年、「第一神戸丸」に改名。1982年、大韓民国(韓国)に売却。
  • 神戸丸 (2代)
    1982年4月竣工、同年5月就航。3269.71総トン、全長115.81m、幅19.80m、主機関出力8200馬力、航海速力18.5ノット、最高速力20.33ノット。単胴船。
    旅客定員670名。車両積載数:乗用車59台、トラック(8t換算)60台。讃岐造船鉄工所建造。
    「ニュージャンボフェリー」に就航。1等特別室が比較的多く設けられていたほか、1等室専用の浴室が設けられていた[要出典]。1991年、「第一神戸丸」に改名。同年、韓国に売却。ニュージャンボフェリーでの就航時に近い状態のまま就航していたが、現在も使用されているかは不明[要出典]
  • 神戸丸 (3代)
    1991年9月26日竣工、同年10月14日就航。3,717総トン、全長110.50m、幅23.00m、主機:マキタ 8L35MC×2 8090kW、航海速力19.5ノット、最高速力22.41ノット。単胴船。
    旅客定員470名。車両積載数:乗用車50台、トラック(8t換算)60台。讃岐造船鉄工所建造。
    「ニュージャンボフェリー」に就航。1等特別室が比較的多く設けられていたほか、カラオケボックスが設けられていた[要出典]。船体には青いラインに赤のSマークが塗装されていた。また、ファンネルは同社の特徴的なデザインではなく一般的なデザインであった。
    1998年の航路廃止にともない係船後の2000年、ジャンボフェリーりつりん2」火災事故によるドッグ入りの代船(のち、臨時便用)として加藤汽船に移籍し就航。2003年4月より予備船となったが同航路が加藤汽船から新会社(ジャンボフェリー)に移管された同年10月に引退[要出典]。2004年、韓国に売却され、船名を変更のうえ鹿洞-済州島の航路などに就航している[要出典]
  • 第五しょうどしま丸(2代目)
    1988年12月9日、高松-宇野航路の「第八十一玉高丸」(初代)として竣工。828総トン、全長68.26m、幅14.30m、深さ3.69m、主機:マキタ GNLH-630M×2 1912kW、航海速力13.5ノット、最高速力14.58ノット。
    旅客定員480名。車両積載数:トラック(8t換算)。讃岐造船鉄工所建造。
    1997年11月:第八しょうどしま丸に改名(岡山⇔土庄航路/旅客定員300名→480名)
    2000年1月:津国汽船へ貸船(高松⇔宇野航路/698総トン→816総トン)
    2004年2月:第八十玉高丸に改名
    2009年7月:第五しょうどしま丸に改名(岡山⇔土庄航路)
    2012年3月:インドネシアの会社に売却され「MASAGENA」と改称。インドネシアへ回航中に屋久島沖の太平洋上で高波を受けて機関室が浸水し自力航行不能となった[23]が、沈没の可能性は低いもよう[24]
  • 玉高丸
    ※詳細は、玉高丸を参照。
  • しわく1、しわく2
    関西急行フェリー(当時)が瀬戸大橋開業時に丸亀⇔与島⇔下津井航路の高速艇として就航。同航路から撤退後は高松-土庄航路に就航した。
    70.00総トン、全長27.00m、幅5.20m、深さ2.40m、主機:GM 16V-92T1×2 1471kW。瀬戸内クラフト建造。
    • しわく1 1988年2月竣工、最高速力32.88ノット。
    • しわく2 1988年4月竣工、最高速力33.37ノット。
  • ふえにつくすおりいぶ
    関西急行フェリー(当時)が高松⇔土庄航路航路高速艇として就航。
    全長26.40m、幅5.20m、主機:GM 16V-92TI×2 1417kW。瀬戸内クラフト建造。
    • ふえにつくす 1986年7月竣工、68.00総トン、深さ2.45m、最高速力31.67ノット。
    美咲フェリーの新上五島⇔佐世保航路に就航中
    • おりいぶ 1987年7月竣工、67.00総トン、深さ2.40m、最高速力34.29ノット。
  • ふぇにっくす1ふぇにっくす2
    小豆島急行フェリー(当時)が高松⇔土庄航路航路高速艇として就航。
    • ふぇにっくす1
      1975年竣工。74総トン、全長22m、幅4.60m、深さ2.30m、旅客定員80名、最高速力23.2ノット。鈴木造船建造。
  • スーパーマリン
    いずれも高松⇔土庄航路に就航。
    • スーパーマリン(初代)
      1989年3月31日竣工、4月就航。118総トン、全長29.19m、幅6.40m、深さ2.80m、主機:ヤンマー 16LAK-ST1×2 2206kW、最高速力32.5ノット。三保造船所建造。
      1993年9月:旅客定員を100名→162名に変更。
      1996年2月:スーパーマリン1に改名。
      1996年7月:フィリピンへ売却。
    • スーパーマリン(2代目)
      1996年6月20日竣工、7月就航。161総トン、全長33.99m、幅6.70m、深さ2.95m、主機:MTU 16V396TB83×2 2900kW、旅客定員152名、航海速力30ノット、最高速力35.0ノット。三保造船所建造。
      2011年10月売却。
    • スーパーマリン1
      2000年7月28日竣工、8月就航。171総トン、全長34.00m、幅6.70m、深さ2.96m、主機:MTU 16V396TB83×2 2900kW、旅客定員148名、最高速力33.3ノット。讃岐造船鉄工所建造。
      2010年に売却。
    • スーパーマリン2
      2003年1月6日竣工、同日就航。181総トン、全長34.15m、幅6.79m、深さ2.88m、主機:MTU 16V396TB83×2 2900kW、旅客定員188名、最高速力33.02ノット。瀬戸内クラフト建造。
      2008年の減便時に売却。
  • ひかり、ひかり2号
    • ひかり(初代)
      1975年2月18日竣工、3月5日就航。70.91総トン、全長21.50m、幅4.80m、深さ2.30m、主機:カミンズ×2 917kW、旅客定員90名、最高速力28.0ノット。三保造船所建造。
      1984年:ヤンマー社開発の高速ディーゼル1,000psの1・2号機に換装(最高速力28→36ノット)
      1985年11月26日:ひかり2号と改名。
      1985年12月28日 - 1986年1月7日:日本国有鉄道四国総局宇高船舶部へ賃貸。
      1986年2月5日:中国へ売却。
    • ひかり(2代目)
      1985年11月29日竣工、12月3日就航。59総トン、全長24.31m、幅5.00m、深さ2.50m、主機:ヤンマー×2 1471kW、旅客定員90名、最高速力35.57ノット。三保造船所建造。
      1991年3月5日:ほうらい汽船へ売却。

乗場への交通[編集]

高速道路割引施策に伴う影響[編集]

高松・宇野航路については、2010年2月12日、同航路を運航する四国フェリーと国道フェリーの両社がそろって、高速道路の大幅割引のため経営が成り立たない事を理由に、同年3月26日最終便をもって航路の運航を終了することを発表した。この決定に先立ち、両社での事業統合も模索したが交渉が決裂していた[26]

同航路に従事する従業員は船員65人を含めた97名で、同社によると、航路撤退による人員削減は避けられずグループ内で雇用できるのは一部にとどまるとした[27]

しかし、同年3月4日、国道フェリーが国土交通省四国運輸局に申請していた航路廃止届を取り下げたのに引き続き、その後を追うようにして、四国フェリーもまた廃止届を取り下げた[28]ことから、宇高航路は2社体制のままで当面の間運航されることとなった。

その後、2012年8月24日に国道フェリーが同年10月18日から休止することを四国運輸局に届け出をおこない(既に同社は同年6月から終夜運航を廃止し減便していた)、届け出通りに運行を休止した。これにより宇高航路については当面現状のまま運航を継続することを表明している四国フェリー1社のみとなった[29]。なお、これに先立ち10月1日から運賃を改定した。一般旅客は390円から670円と71%の値上げ、自転車・二輪車・軽自動車・乗用車も数百円の値上げとなる[30][31]

社歌[編集]

  • 入出航時の案内放送前後に、混声合唱の社歌が挿入されることがある。この社歌は4番まであり、歌われている航路は1番が廃止されたニュージャンボフェリー(神戸丸)、2番が小豆島航路(しょうどしま丸)、3番が宇高航路(玉高丸)である(4番は会社そのもの)[32]

参考文献[編集]

  • 日本のカーフェリー -その揺籃から今日まで- (世界の艦船 別冊) - 海人社(2009年3月) ISBN 4910056040393
  • 日本の旅客船 Passenger Ships of Japan- 日本内航客船資料編纂会(1976年10月)
  • 創立五十周年 四国フェリーグループ 船舶半世紀 - 創立五十周年を記念して自社制作された書籍。《非売品》(2006年発行)

脚注[編集]

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  1. ^ 宇高航路、12年3月まで継続 四国フェリー[リンク切れ] - 日本経済新聞 Web刊 2011年6月10日、記事本文より
  2. ^ a b 物流、生活… 経済界「深刻な影響」/宇高航路廃止 -四国新聞2010年2月13日の添付画像より
  3. ^ 四国フェリーが小豆島高速を吸収合併 - 四国新聞2001年7月18日、2012年5月11日閲覧
  4. ^ 高速艇の減便を受けて、土庄町に船舶会社である株式会社オリーブラインが2008年11月11日に設立。2009年3月からの高速艇就航を目指した。(航路確保へ島民が船舶会社「オリーブライン」設立 - 四国新聞(2008年11月12日付))この動きに先駆けて小豆島急行フェリーが小型高速船を使って便数をほぼ倍増させ減便前と変わらなくなったためオリーブラインは就航出来ていない。(オリーブライン今春就航断念/土庄東港-高松港 - 四国新聞(2009年4月1日付))。2012年4月には代わって「小豆島エンジェルライン」が土庄東港と高松港の間で就航した(「土庄東~高松」間の新規旅客定期航路を許可 - 国土交通省四国運輸局2012年2月16日)。
  5. ^ 第八十玉高丸はその後、「第五しょうどしま丸」に船名変更の上、岡山-土庄航路に転籍している。
  6. ^ 宇高航路来月で廃止/フェリー2社撤退 - 四国新聞(2010年2月13日付)
  7. ^ 四国フェリーも廃止届を撤回へ - 山陽新聞2010年3月11日12時31分。なお、同じく廃止届を申請していた宇高国道フェリーは、同年3月4日に事業廃止届を撤回している(「宇高航路」一転存続へ/フェリー1社が廃止撤回 - 四国新聞(2010年3月4日付)。
  8. ^ a b 4月から宇高航路の運航を子会社に移管/四国フェリー - 四国新聞2013年3月29日
  9. ^ 高松・宇野ともJRの駅へは四国フェリーのほうが近かった。また、国道30号の本州側の終点(宇野駅前交差点)にも近い。
  10. ^ この場合は快速マリンライナー』も岡山駅 - 宇野駅間の運転となる。
  11. ^ 四国フェリーグループ・よくある質問(フェリー利用について)
  12. ^ 日本海運パンフレット お客さま各位 日本海運株式会社 昭和61年12月27日 12月27日からお車なしでご乗船ができるようになりました
  13. ^ ジャンボフェリーは、神戸港・高松東港とも港に備え付けられている吊り上げ式スロープで積み下ろしをしている。
  14. ^ a b 四国フェリー よくある質問
  15. ^ 初代は1983年建造の船(699総トン)に名付けられていた(2001年日本船舶明細書から削除)。(日本のカーフェリー -その揺籃から今日まで- p214、海人社2008年)
  16. ^ 世界の艦船2012年7月号 p.179「新造船紹介」 海人社
  17. ^ 「第三おりいぶ丸」29日から就航へ/四国フェリー - 四国新聞 2012年4月24日
  18. ^ 姫路・小豆島航路に新造フェリー就航-9年ぶり、バリアフリー対応も - 姫路経済新聞 2012年4月25日
  19. ^ 往時の姿再現/宇高就航100周年記念クルーズ - 四国新聞 2010年6月13日
  20. ^ 世界の艦船』2012年1月号 (海人社)「新造船紹介」より
  21. ^ 新造高速艇が就航、コスト低減/高松―土庄間- 四国新聞2011年10月6日
  22. ^ 高速艇、高松間を増便へ/小豆島急行フェリー[リンク切れ]- 四国新聞2008年12月11日
  23. ^ “売却され回航の元フェリー漂流、海保が救助活動”. 読売新聞. (2012年3月26日). http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20120326-OYT1T00456.htm 2012年3月27日閲覧。 
  24. ^ 旅客船漂流 船員を救助 屋久島沖 - 南日本新聞(2012年3月27日付)
  25. ^ 2010年9月30日までは両備バス444,445,492系統 新岡山港行きに乗車し終点下車(新岡山港出航便に接続するのは492系統のみ)
  26. ^ 宇高航路来月で廃止/フェリー2社撤退 - 四国新聞(2010年2月13日付)
  27. ^ 全従業員109人解雇 - 四国新聞(2010年2月19日付)
  28. ^ 四国フェリーは、2010年3月11日に廃止届を取り下げた。※出典:四国フェリーも廃止届を撤回へ - 山陽新聞(2010年3月11日付)
  29. ^ 宇高航路、10月から運航休止へ/国道フェリー - 四国新聞 2012年8月25日
  30. ^ 宇高航路の運賃値上げ 四国フェリー 10月1日から - 山陽新聞2012年9月14日
  31. ^ 四国フェリー、宇高航路を値上げ 収益悪化で来月 - 日本経済新聞2012年9月14日
  32. ^ 会社概要 - 四国フェリーグループ(当該ページ末尾に聴取リンクあり)

外部リンク[編集]