大聖寺駅
| 大聖寺駅 | |
|---|---|
駅舎(2006年10月)
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| だいしょうじ - Daishōji | |
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◄牛ノ谷 (5.7km)
(4.1km) 加賀温泉►
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| 所在地 | 石川県加賀市熊坂町イ136 |
| 所属事業者 | 西日本旅客鉄道(JR西日本)* |
| 所属路線 | ■北陸本線 |
| キロ程 | 130.2km(米原起点) |
| 電報略号 | タイ |
| 駅構造 | 地上駅 |
| ホーム | 2面3線 |
| 乗車人員 -統計年度- |
877人/日(降車客含まず) -2011年- |
| 開業年月日 | 1897年(明治30年)9月20日 |
| 備考 | 業務委託駅 みどりの窓口 有 |
大聖寺駅(だいしょうじえき)は、石川県加賀市熊坂町にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)北陸本線の駅である。
朝晩には一部の特急列車が停車する。小松駅ほど多くはないが、金沢方面へ折り返す普通列車の始発駅としても設定されている。このため、福井県の芦原温泉駅と当駅までの間(細呂木駅・牛ノ谷駅)の普通列車は本数が少ない。
なお、北陸本線において金沢支社直轄となっている駅は当駅から倶利伽羅駅までの各駅で、隣の牛ノ谷駅から福井寄りは同支社福井地域鉄道部の管轄であり、当駅はその指令上の境界とされている。
かつては当駅から北陸鉄道山中線が、山中温泉・山代温泉方面へ延びていた。
目次 |
駅構造 [編集]
単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線、計2面3線のホームを有する地上駅。駅舎は単式の1番のりば側にあり、島式の2・3番のりばへは跨線橋で連絡している。
小松駅が管理し、ジェイアール西日本金沢メンテックが業務を受託する業務委託駅である。みどりの窓口設置駅。
| ホーム | 路線 | 方向 | 行先 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | ■北陸本線 | 下り | 金沢・富山方面 | |
| 2 | ■北陸本線 | 下り | 金沢・富山方面 | 待避・始発列車のみ |
| 上り | 福井・大阪・米原方面 | 待避列車のみ | ||
| 3 | ■北陸本線 | 上り | 福井・大阪・米原方面 |
- 列車運転指令上では、1番のりばが「下り本線」、2番のりばが「中線」、3番のりばが「上り本線」とされる。2番のりばは金沢方面からの折返し列車や、当駅で特急の通過待ちを行う列車が使用する。
- 土曜・休日には当駅始発の臨時列車(金沢行き)が設定されている。
利用状況 [編集]
- 1日平均乗車人員
- 1994年度(平成6年度) 1,502人
- 1995年度(平成7年度) 1,448人
- 1996年度(平成8年度) 1,437人
- 1997年度(平成9年度) 1,372人
- 1998年度(平成10年度) 1,347人
- 1999年度(平成11年度) 1,309人
- 2000年度(平成12年度) 1,283人
- 2001年度(平成13年度) 1,239人
- 2002年度(平成14年度) 1,214人
- 2003年度(平成15年度) 1,182人
- 2004年度(平成16年度) 1,143人
- 2005年度(平成17年度) 1,105人
- 2006年度(平成18年度) 1,070人
- 2007年度(平成19年度) 1,058人
- 2008年度(平成20年度) 1,047人
- 2009年度(平成21年度) 985人
- 2010年度(平成22年度) 942人
- 2011年度(平成23年度) 877人
駅周辺 [編集]
- 加賀市役所
- 加賀市民会館
- 加賀郵便局
- 大同工業本社工場
- APAホテル加賀大聖寺駅前
- 国道8号
- 国道305号
- 石川県立大聖寺高等学校
- 石川県立大聖寺実業高等学校
バス路線 [編集]
- 加賀温泉バス
- 山代温泉・山中温泉行き
- 塩屋・市民病院行き
歴史 [編集]
加賀市の中心地に建つ駅だが、ほとんどの特急は隣の加賀温泉駅に停車している。以前、当駅は加賀温泉郷への窓口として、動橋駅・粟津駅と共に特急が手分けして停まっていた。1960年代末期には特急「雷鳥」・「しらさぎ」が大聖寺駅と動橋駅の両駅に停車するダイヤとされていたことが特急の格やスピードアップの観点から問題視されたことから、作見駅が加賀温泉駅と改称され加賀温泉郷の入口として一本化された。それ以降は急行以下の列車が停車するのみとなり、1982年(昭和57年)に急行が廃止されたため再び特急停車駅に返り咲いたが、その後も現在に至るまで特急の停車はごく一部の列車のみとなっている。この経緯については、鉄道と政治の停車駅争奪戦の節を参照されたい。
- 1897年(明治30年)9月20日 - 官設鉄道の福井駅 - 小松駅間延伸時に開業(一般駅)。
- 1909年(明治42年)10月12日 - 線路名称制定、北陸本線所属駅となる。
- 1982年(昭和57年)11月15日 - 貨物の取扱を廃止(旅客駅となる)。
- 1985年(昭和60年)3月14日 - 荷物の取扱を廃止。
- 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、西日本旅客鉄道(JR西日本)の駅となる。
隣の駅 [編集]
※特急「しらさぎ」「おはようエクスプレス」「おやすみエクスプレス」(「しらさぎ」は上り一部のみ停車)の隣の停車駅は各列車記事を参照のこと。
北陸鉄道 大聖寺駅 [編集]
概要 [編集]
山中線の乗換駅で、国鉄の南側に位置していた。山中線の始発駅は当駅ではなく山中駅であり、動橋駅で接続する動橋線 (後の山代線)、粟津駅で接続する粟津線とともに温泉の最寄駅を始発駅としていたが、片山津線だけは国鉄との接続駅の動橋駅が始発駅であった。
駅構造 [編集]
国鉄の駅舎・ホームとつながる跨線橋を降りたところに1面2線のホームがあり、国鉄の1~3番に続けて4・5番の表示がされていたが、4番線は国鉄の側線で主に貨物列車の待避に使われており、山中線の電車は5番線に発着していた。加南線では唯一国鉄との接続線があり、直江津方で線路がつながっていた。中間改札が設けられていたが、北鉄側には独自の出入口はなかった。
歴史 [編集]
- 1900年(明治33年)5月16日 - 山中馬車鉄道の河南駅から当駅までの間が開業。当初は三木村駅を名乗っていた。
- 1913年(大正2年)
- 1943年(昭和18年)10月13日 - 会社合併により北陸鉄道成立。同社の駅となる。
- 1971年(昭和46年)7月11日 - 加南線全線廃止により廃駅となる。
廃止後 [編集]
ホームと跨線橋、山中線の線路が撤去されているが、敷地はそのまま残されて資材が置かれ、4番線の線路には除雪用車両が留置されている。
隣の駅 [編集]
- 北陸鉄道
- 山中線
- 帝国繊維前駅 - 大聖寺駅
関連項目 [編集]
外部リンク [編集]
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