都町 (薩摩川内市)

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都町
薩摩川内都インターチェンジ
都町の位置(鹿児島県内)
都町
都町
北緯31度46分36秒 東経130度17分52.8秒 / 北緯31.77667度 東経130.298000度 / 31.77667; 130.298000
Flag of Japan.svg 日本
都道府県 鹿児島県
市町村 薩摩川内市
地域 川内地域
人口
2011年4月1日現在)
 • 合計 492人
等時帯 UTC+9 (JST)
郵便番号
895-0043

都町(みやこちょう Miyako-Chō)は、鹿児島県薩摩川内市大字[1]。旧薩摩郡川内町大字西手の一部、川内市都町郵便番号は895-0043。人口は492人、世帯数は205世帯(2011年4月1日現在)[2]

都という地名は古代に屯倉が置かれた所と伝えられている「宇都」に由来している[3]

地理[編集]

薩摩川内市西部、都川中流域に位置している。字域の北方には中福良町、北方から西方にかけては青山町、南方にはいちき串木野市芹ケ野、いちき串木野市金山、いちき串木野市金山下、いちき串木野市荒川、東方には木場茶屋町尾白江町が接している。

字域の東端を南九州西回り自動車道が南北に通っており、薩摩川内都インターチェンジが所在している。北方には都川が東西に流れており、対岸には青山町、中福良町が接している。西端には鹿児島県道313号荒川川内線が南北に通っている。

歴史[編集]

前史[編集]

都という地名は鎌倉期頃に見え、薩摩国薩摩郡のうちで、薩摩国図田帳には薩摩郡のうちに「都浦十町」という記述があるのが都という地名の初見であると考えられている[4]。また都は宮古とも書かれている。また都の地は薩摩国府が最初に置かれた場所であったという説がある。

鎌倉期以降からは都という地名は現れず、江戸期には現在の都町にあたる区域は西手村に含まれている。西手村は1889年明治22年)に町村制が施行されたのに伴い、隈之城村の大字となり、1929年昭和4年)に川内町の大字となっている。

分割以後[編集]

1940年(昭和15年)に川内町が市制施行するのに伴い、川内町西手の一部より分割され、川内市の大字「都町」として成立した[4]1993年平成5年)に都町字南及び字本領の各一部を青山町に編入し、青山町字原田の一部を都町に編入した[5]

2004年には川内市等が新設合併し薩摩川内市となったのに伴い、薩摩川内市の大字となった。

字域の変遷[編集]

実施後 実施年 実施前
川内市都町 1940年昭和15年) 川内町大字西手の一部
都町の一部 1993年平成5年) 青山町字原田の一部
青山町の一部 都町字南及び字本領

施設[編集]

寺社
  • 都八幡神社
  • 日枝神社

小・中学校の学区[編集]

市立小・中学校に通う場合、学区(校区)は以下の通りとなる[6]

大字 番地 小学校 中学校
都町 全域 薩摩川内市立隈之城小学校 薩摩川内市立川内南中学校

交通[編集]

道路[編集]

高速道路
県道

脚注[編集]

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  1. ^ 川薩地区合併協議会 町・字の取り扱いについて
  2. ^ 統計データ(町別住民基本台帳人口) - 薩摩川内市公式ウェブサイト 2011年4月25日閲覧。
  3. ^ 角川日本地名大辞典 46 鹿児島県』角川書店 p.763
  4. ^ a b 『角川日本地名大辞典 46 鹿児島県』角川書店 p.609
  5. ^ 平成5年鹿児島県告示第121号(字の区域の変更、平成5年1月27日付鹿児島県公報第590号所収)
  6. ^ 薩摩川内市 義務教育”. 薩摩川内市役所. 2010年9月21日閲覧。

関連項目[編集]

座標: 北緯31度46分36秒 東経130度17分52.8秒