向田町 (薩摩川内市)

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向田町
薩摩川内市立川内小学校
薩摩川内市立川内小学校
向田町の位置(薩摩川内市街内)
向田町
向田町
向田町の位置(鹿児島県内)
向田町
向田町
向田町の位置(日本内)
向田町
向田町
北緯31度48分34.1秒 東経130度18分43.9秒 / 北緯31.809472度 東経130.312194度 / 31.809472; 130.312194
日本の旗 日本
都道府県 鹿児島県の旗 鹿児島県
市町村 Flag of Satsumasendai, Kagoshima.svg 薩摩川内市
地域 川内地域
人口
2015年10月1日現在)
 • 合計 332人
等時帯 UTC+9 (JST)
郵便番号
895-0025
市外局番 0996
ナンバープレート 鹿児島
運輸局住所コード 46514-0503[1]

向田町(むこうだちょう[2])は、鹿児島県薩摩川内市[3][4]。旧薩摩郡川内町向田町川内市向田町郵便番号は895-0025[5]。人口は332人、世帯数は150世帯(2015年10月1日現在)[6]

地理[編集]

薩摩川内市の西部、隈之城川及び平佐川に挟まれた位置にある。字域の北方は東向田町西向田町、南方は隈之城町、東方は鳥追町宮崎町、西方は冷水町が接している。

西部には国道3号が南北に通り、付近には薩摩川内市立川内小学校がある。川内小学校付近より国道3号の隈之城バイパスが旧国道3号と分岐している。また、東部には鹿児島県道36号川内郡山線が南北に通り、南端で鹿児島本線と交わっている。

河川[編集]

  • 隈之城川
  • 平佐川

字名の由来[編集]

「向田」という地名は国府や国分寺のある対岸大小路から見てこの地を指して「川向いの田」であったことに由来している[7]

歴史[編集]

前史[編集]

向田という地名は南北朝時代より見え、薩摩国薩摩郡のうちであったが、近世になると隈之城郷東手村の小字となった。

東手の小字としての向田[編集]

明治10年代に東手村から「向田町」として分立したが、その後1889年(明治22年)の町村制施行時に再び東手に編入され隈之城村大字東手の小字となった。1929年(昭和4年)に隈之城村が平佐村及び東水引村が合併し川内町になったのに伴い、川内町東手の一部となった。

川内町の市制施行と東手からの分立以降[編集]

1940年昭和15年)2月10日に鹿児島県公報に掲載され、同日に施行された「Wikisource-logo.svg 薩摩郡川内町、町名改稱竝區域變更」(鹿児島県告示)により「同郡同町大字東手ヲ廢止シ其ノ區域中(中略)字大坪、原田、五反田、永田、菱川、神田、水畔、江崎、若松原、中水流、下水流、竹場、江川田、巾畠、流寄、仮屋、新町、横町、中町、堀田、上町、平池、上平池、石次郎、菅牟田、井穴、藤原、樋口、諏訪平、鋒本、東平、北平、町口、坂元、西平、月形平、安之上、巣山、腰掛、水流、淵之上、月形ノ區域ヲ向田町(ムカウダチヨウ)ト改稱ス」が鹿児島県知事によって許可され、薩摩郡川内町大字東手のうち大坪、原田、五反田、永田、菱川、神田、水畔、江崎、若松原、中水流、下水流、竹場、江川田、巾畠、流寄、仮屋、新町、横町、中町、堀田、上町、平池、上平池、石次郎、菅牟田、井穴、藤原、樋口、諏訪平、鋒本、東平、北平、町口、坂元、西平、月形平、安之上、巣山、腰掛、水流、淵之上、月形の区域を以て川内町の町「向田町」が設置された[3]。翌日の2月11日には薩摩郡川内町が単独で市制施行川内市となった[8][7]

1965年(昭和40年)4月1日に向田町の一部の区域において住居表示に関する法律に基づき街区方式による住居表示が実施されることとなった[9]。それに伴い同日付で町名・地番の変更が行われ向田町の区域の一部より向田本町東向田町西向田町神田町若松町東開聞町西開聞町が設置された[7]

2004年(平成16年)10月12日川内市東郷町入来町祁答院町樋脇町下甑村上甑村鹿島村里村が新設合併し薩摩川内市が設置された[10]。この市町村合併に伴い設置された法定合併協議会において川内市の町・字については「現行通りとする。」と協定されたため、名称の変更は行われずに薩摩川内市の町となった[11]

町域の変遷[編集]

以下の記述は『角川日本地名大辞典 46 鹿児島県』角川書店 617頁の記述に基づく[7]

変更後 変更年 変更前
向田町(新設) 1940年昭和15年) 大字東手(一部)
向田本町(新設) 1965年(昭和40年) 向田町(一部)
東向田町(新設)
西向田町(新設)
神田町(新設)
若松町(新設)
東開聞町(新設)
西開聞町(新設)

人口[編集]

以下の表は国勢調査による小地域集計が開始された1995年以降の人口の推移である。

統計年 人口
1995年(平成7年) [12] 503
2000年(平成12年) [13] 431
2005年(平成17年) [14] 375
2010年(平成22年) [15] 358
2015年(平成27年) [6] 332

施設[編集]

教育[編集]

寺社[編集]

  • 南方神社
  • 本国寺
  • 福昌禅寺

小・中学校の学区[編集]

市立小・中学校に通う場合、学区(校区)は以下の通りとなる[17]

町丁 番地 小学校 中学校
向田町 全域 薩摩川内市立川内小学校 薩摩川内市立川内中央中学校

交通[編集]

隈之城バイパスの始点から鹿児島方面を望む

道路[編集]

一般国道
主要地方道

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ 自動車登録関係コード検索システム”. 国土交通省. 2021年4月26日閲覧。
  2. ^ 本市の町名一覧について”. 薩摩川内市. 2020年8月8日閲覧。
  3. ^ a b 薩摩郡川内町、町名改稱竝區域變更(昭和15年鹿児島県告示第98号、昭和15年2月10日付鹿児島県公報号外所収、Wikisource-logo.svg 原文
  4. ^ 町・字の取り扱いについて”. 川薩地区合併協議会. 2021年1月24日閲覧。
  5. ^ 鹿児島県薩摩川内市向田町の郵便番号”. 日本郵便. 2021年1月24日閲覧。
  6. ^ a b 国勢調査 / 平成27年国勢調査 / 小地域集計 46鹿児島県”. 総務省統計局. 2021年1月24日閲覧。
  7. ^ a b c d 角川日本地名大辞典編纂委員会 1983, p. 617.
  8. ^ 川内市設置(昭和15年内務省告示第38号、昭和15年1月30日付官報所収、Wikisource-logo.svg 原文
  9. ^ 川内郷土史編さん委員会 1980, p. 655.
  10. ^ 市町村の廃置分合(平成16年総務省告示第590号、Wikisource-logo.svg 原文
  11. ^ 町名・字名の取り扱いについて”. 川薩地区法定合併協議会. 2020年8月8日閲覧。
  12. ^ 国勢調査 / 平成7年国勢調査 小地域集計 / 小地域集計 46鹿児島県”. 総務省統計局. 2021年1月24日閲覧。
  13. ^ 国勢調査 / 平成12年国勢調査 / 小地域集計 46鹿児島県”. 総務省統計局. 2021年1月24日閲覧。
  14. ^ 国勢調査 / 平成17年国勢調査 / 小地域集計 46鹿児島県”. 総務省統計局. 2021年1月24日閲覧。
  15. ^ 国勢調査 / 平成22年国勢調査 / 小地域集計 46鹿児島県”. 総務省統計局. 2021年1月24日閲覧。
  16. ^ 薩摩川内市教育委員会 2020, p. 38.
  17. ^ 薩摩川内市 義務教育”. 薩摩川内市役所. 2010年9月3日閲覧。

参考文献[編集]

  • 川内郷土史編さん委員会『川内市史 下巻』川内市、1980年。
  • 角川日本地名大辞典編纂委員会『角川日本地名大辞典 46 鹿児島県』角川書店、1983年。ISBN 978-4040014609
  • 令和2年度薩摩川内市の教育 (PDF)”. 薩摩川内市教育委員会. 2020年8月9日閲覧。

関連項目[編集]

座標: 北緯31度48分34.1秒 東経130度18分43.9秒 / 北緯31.809472度 東経130.312194度 / 31.809472; 130.312194