久住町 (薩摩川内市)

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久住町
東郷町南瀬との間を結ぶ久住橋
東郷町南瀬との間を結ぶ久住橋
久住町の位置(鹿児島県内)
久住町
久住町
久住町の位置(日本内)
久住町
久住町
北緯31度51分17.3秒 東経130度22分47.5秒 / 北緯31.854806度 東経130.379861度 / 31.854806; 130.379861
日本の旗 日本
都道府県 鹿児島県の旗 鹿児島県
市町村 Flag of Satsumasendai, Kagoshima.svg 薩摩川内市
地域 川内地域
人口
2015年10月1日現在)
 • 合計 69人
等時帯 UTC+9 (JST)
郵便番号
895-0004
市外局番 0996
ナンバープレート 鹿児島
運輸局住所コード 46514-0111[1]

久住町(くじゅうちょう[2])は、鹿児島県薩摩川内市[3]。旧薩摩国薩摩郡樋脇郷久住村薩摩国薩摩郡平佐郷久住村薩摩郡平佐村大字久住薩摩郡川内町大字久住薩摩郡川内町久住町川内市久住町郵便番号は895-0004[4]。人口は69人、世帯数は29世帯(2015年10月1日現在)[5]

地理[編集]

薩摩川内市の中央部、川内川の下流域に位置している。川内川は字域の北端を蛇行して流れており、字域の北方には東郷町南瀬、南方から西方にかけては中村町、東方には樋脇町倉野が接している。

字域の中央部を鹿児島県道394号山崎川内線が東西に通っている。また、中央部には中世入来院氏の居城であった久住城跡があり、城の麓を中心に集落が散在している。また、久住城の南面には磨崖仏がある。城跡の東部にある台地は基盤整備が行われ広大な畑地が造成されている。字域内には岩川、山之口、麦木場の3つの溜池が所在している。

川内川には当町から東郷町南瀬を結ぶ久住橋が架かっている。この久住橋は2006年に発生した平成18年7月豪雨によって橋桁ごと流失したが[6]、国の補助を受け2010年8月8日に復旧した[7]

町名の由来[編集]

「久住」という地名は当地が楠元から倉浦に通じる山越にあたる地であり、「越す」が「くし」に転訛したことに由来しているとされている[8]。また、久住は久重とも書かれる。

小字[編集]

小字は、江ノ口、古川、田切山、池田、麦木場、中鶴、里井場ヶ迫、河消、河鶴、宇之勢、落シ、迫畠、岩河、山ノ口がある[9]

歴史[編集]

久住の成立と中世[編集]

久住という地名は南北朝期より見え、薩摩国薩摩郡のうちであった。建徳2年の渋谷重門から渋谷重頼への譲状には「一所 久中村」と見えるが、応永13年の渋谷重頼から渋谷菊五郎丸への譲状からは「一所 久住村」と見える[8]

近世の久住村[編集]

江戸時代には薩摩国薩摩郡樋脇郷(外城)のうちであったが、延宝9年までは清色郷と呼称していた。

万治2年以降には樋脇郷は薩摩藩の直轄領となるが、久住村及び中村(現在の中村町)、楠元村(現在の楠元町)の3ヶ村は平佐郷を領していた北郷氏の持切名であった為、明治2年に樋脇郷から平佐郷に編入された[8]。村高は「天保郷帳」では206石余、「旧高旧領取調帳」では150石余であった[8]

町村制施行以後[編集]

1889年(明治22年)に町村制が施行されたのに伴い、平佐郷の区域より平佐村が成立し、それまでの久住村は平佐村の大字「久住」となった。1929年(昭和4年)には平佐村が隈之城村、東水引村が合併し川内町が成立し、川内町の大字となった[8]

1940年昭和15年)2月10日に鹿児島県公報に掲載され、同日に施行された「Wikisource-logo.svg 薩摩郡川内町、町名改稱竝區域變更」(鹿児島県告示)により「薩摩郡川内町大字久住ヲ廢止シ其ノ區域ヲ久住町(クジユウチヨウ)ト改稱ス」が鹿児島県知事によって許可され、薩摩郡川内町大字久住の区域を以て川内町の町「久住町」が設置された[3]。翌日の2月11日には薩摩郡川内町が単独で市制施行川内市となった[10][8]

2004年(平成16年)10月12日川内市東郷町入来町祁答院町樋脇町下甑村上甑村鹿島村里村が新設合併し薩摩川内市が設置された[11]。この市町村合併に伴い設置された法定合併協議会において川内市の町・字については「現行通りとする。」と協定されたため、名称の変更は行われずに薩摩川内市の町となった[12]

人口[編集]

以下の表は国勢調査による小地域集計が開始された1995年以降の人口の推移である。

統計年 人口
1995年(平成7年) [13] 111
2000年(平成12年) [14] 102
2005年(平成17年) [15] 89
2010年(平成22年) [16] 85
2015年(平成27年) [5] 69

施設[編集]

寺社[編集]

  • 日枝神社

小・中学校の学区[編集]

市立小・中学校に通う場合、学区(校区)は以下の通りとなる[17]

町丁 番地 小学校 中学校
久住町 全域 薩摩川内市立平佐東小学校 薩摩川内市立川内中央中学校

交通[編集]

道路[編集]

一般県道

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ 自動車登録関係コード検索システム”. 国土交通省. 2021年4月26日閲覧。
  2. ^ 本市の町名一覧について”. 薩摩川内市. 2020年8月8日閲覧。
  3. ^ a b 薩摩郡川内町、町名改稱竝區域變更(昭和15年鹿児島県告示第98号、昭和15年2月10日付鹿児島県公報号外所収、Wikisource-logo.svg 原文
  4. ^ 鹿児島県薩摩川内市久住町の郵便番号”. 日本郵便. 2021年5月2日閲覧。
  5. ^ a b 国勢調査 / 平成27年国勢調査 / 小地域集計 46鹿児島県”. 総務省統計局. 2021年5月30日閲覧。
  6. ^ 2006年7月豪雨による九州南部の被害等について(速報) - 社団法人土木学会
  7. ^ 8月8日 久住橋開通式 - 薩摩川内市HP 2010年11月5日閲覧。
  8. ^ a b c d e f 角川日本地名大辞典編纂委員会 1983, p. 254.
  9. ^ 角川日本地名大辞典編纂委員会 1983, p. 1105.
  10. ^ 川内市設置(昭和15年内務省告示第38号、昭和15年1月30日付官報所収、Wikisource-logo.svg 原文
  11. ^ 市町村の廃置分合(平成16年総務省告示第590号、Wikisource-logo.svg 原文
  12. ^ 町名・字名の取り扱いについて”. 川薩地区法定合併協議会. 2020年8月8日閲覧。
  13. ^ 国勢調査 / 平成7年国勢調査 小地域集計 / 小地域集計 46鹿児島県”. 総務省統計局. 2021年5月30日閲覧。
  14. ^ 国勢調査 / 平成12年国勢調査 / 小地域集計 46鹿児島県”. 総務省統計局. 2021年5月30日閲覧。
  15. ^ 国勢調査 / 平成17年国勢調査 / 小地域集計 46鹿児島県”. 総務省統計局. 2021年5月30日閲覧。
  16. ^ 国勢調査 / 平成22年国勢調査 / 小地域集計 46鹿児島県”. 総務省統計局. 2021年5月30日閲覧。
  17. ^ 薩摩川内市 義務教育”. 薩摩川内市役所. 2010年8月9日閲覧。

参考文献[編集]

  • 角川日本地名大辞典編纂委員会『角川日本地名大辞典 46 鹿児島県』角川書店、1983年。ISBN 978-4040014609

座標: 北緯31度51分17.3秒 東経130度22分47.5秒 / 北緯31.854806度 東経130.379861度 / 31.854806; 130.379861